第17話 ニーナの野望とエレンの思い
アイミュとの戦いから撤退した後、ニーナとエレンの二人は迷わず隠れ家へと帰還していた。
王国と隣国との国境付近にある、放棄された砦。
そこに足を踏み入れたニーナは、脇に抱えたエレンを研究室へ運び込み、ベッドの上に放り投げる。
「くぅっ、はあっ、ウッ、アァ……!! ニーナ……薬……!!」
「分かってるわよ、少し待ってなさい」
胸を押さえ、全身から黒い魔力が薄らと滲むエレンに、ニーナ自ら調合した特殊な薬を用意する。
試験管のような小さな瓶に入ったそれを受け取ったエレンは、勢いよく嚥下し……大きく肩で息をしながら、何とか落ち着きを取り戻した。
「はあっ、はあっ、はあっ……ありがとう、ニーナ……」
「あなたは私の大事な被検体なんだから、これくらい当然よ」
「ニーナ……」
嬉しそうに頬を緩めるエレンの頭を、ニーナはそっと撫でる。
全幅の信頼と、少しばかり照れの混じったその眼差しに、まるで慈母のような優しい表情で応え……その耳元で囁いた。
「だからこそ……あなたには、もっと強くなって貰いたいの。分かるわね?」
「っ……!!」
緩み切っていたエレンの体に、緊張が走る。
しかし、すぐに歯を食いしばり、決意の眼差しでニーナを見つめた。
「ああ……私は、ニーナのためなら何でもする。今度こそ、絶対にあいつを倒す!!」
「ふふ、頼もしいわね。じゃあ……早速、コレを食べてちょうだい」
そう言ってニーナが渡したのは、魔石を精錬して作られた
それも、ゴブリンやオークなどのような弱い魔物ではなく、ドラゴンに準ずるような強力な個体の魔石から作られた代物だった。
貴族ですら容易には手に入れられない高級品だが、エレンがこれを渡されるのは今日が初めてではない。
ニーナの下に引き取られてから、ほぼ毎日のようにこれを渡され、摂取している。
全ては、魔物の力をその身に宿すために。
「っ……!! あぐっ……!!」
意を決して、エレンは魔輝核に喰らい付く。
普通の人間であれば、魔石を直接体内に取り込むと、そこに宿った膨大な魔力によって体を壊し、最悪の場合死に至る。まして、強力な魔物の魔石を、更に純度を高め精錬した魔輝核となれば猶更だ。
しかし、エレンの体は何年も前から数多の薬品を投与され、数多くの魔石を喰らい続けて来たことで、これに耐えられるまでに変化を果たしていた。
まるで、魔物のように。
「っ~~~~!! ぐっ、あぁぁぁぁぁ!!!!」
悲鳴を上げ、先ほどまでの比ではないほどにのたうち回る。
だが、ニーナは先ほどのように薬を渡すこともなく、苦しむエレンをじっと見つめていた。
「ふふふふ、人が魔物になるためには、その肉体を魔力に喰わせて、置き換えていかなきゃいけない……その過程は激しい苦痛を伴うけれど、大丈夫。私が完璧に調整したから、痛みを乗り越えさえすれば確実に魔物へと近付くことが出来るわ」
エレンに言って聞かせるように、自分自身の理論を確認するように、ニーナは呟く。
その顔には、文字通り血反吐を吐きながら苦しむエレンに対する罪悪感など微塵も浮かんでいなかった。
「ただ人を怪物にするだけなら、魔石を喰わせ続ければ勝手に変貌するわ。けれど、私が目指すのは理性ある怪物……魔物の力と、人の知性を合わせた新人類……"魔人"。魔物なんかには決して負けることのない、この世界の新たな支配者を作り出すこと。だから、エレンちゃんが理性を失わないように、慎重に慎重を重ねて魔物へとその体を近付けて来た」
それなのに、と。
ニーナは先ほど目にした光景を思い出し、歓喜の眼差しで天井を振り仰ぐ。
「アイミュ・レナ・ルナトーン……!!
ニーナは既に、ブレイズの正体に気付いていた。
魔装鎧の開発をしているとすればレーナ以外に考えられず、そのレーナを支援している者の名を調べれば、自然と行き着く先はアイミュしかいなかったからだ。
そして……アイミュが発揮していた力は、いくら魔装鎧を纏っていてもあり得ない物だった。
その体が魔物に変異しかけているとしか思えないのだが、魔装鎧を使った程度で変異を起こすとは到底思えず、彼女自身の言動からも魔物化に伴う副作用が何一つとして見いだせない。
一体何が起こっているのか、その体を隅々まで調べ尽くしたいという衝動に駆られる。
「待っていてね……すぐに迎えに行ってあげるから。ふふふふ……あははははは!!」
幼い少女の悲鳴が響く部屋の中で、ニーナの狂笑が響き渡る。
そんな彼女の人目も憚らない叫び声に、エレンは小さく歯を食いしばっていた。
(ちくしょう……私も、頑張ってるのに……なんでニーナは、あいつの話ばっかり……!)
エレンの父親は、端的に言ってクズだった。
元は優秀な騎士だったらしいのだが、魔物との戦いで負傷したことで現役を退き、以降は酒に溺れる毎日。
そんな父の面倒を見切れなくなった母は気付けばエレンを残して失踪し、支えを失った父もまたエレンを捨てた。まだ、エレンが七歳だった頃の話だ。
そうしてひとりぼっちになったエレンを拾ったのが、ニーナだった。
(私には、ニーナしかいないのに……!!)
ニーナには、エレンに対する愛情などない。ただ、都合の良い被検体として見ているだけだ。
それでも、エレンにとっては唯一自分に手を差し伸べてくれた存在だからこそ、彼女のために身を削って魔物化の施術を受け続けて来た。
それなのに。
(アイミュ・レナ・ルナトーン……お前は、絶対に……私が、倒す……!!)
悲鳴を上げながら、心の中でエレンは固く決意するのだった。
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