第16話 炎竜VS氷狼

「はあぁぁぁ!!」


 迫るゴブリンを殴り飛ばし、ただの魔力へと還元していく。


 ……前回の戦いの時に集めた魔力をレーナが解析して、この魔物達は“魔薬”を元に、より魔物の発生を促進しやすいように改造された薬品を使って生み出されていることが分かってる。


 お姉様がみんなの生活をより豊かにするためにって、頑張って開発してくれた薬を、みんなを傷付けるような形で利用されている現実が、腹立たしくて仕方ない。


 けど……!!


「私怨は、今は飲み込む。飲み込んで……話し合いたい!!」


「グオォォォ!!」


 ゴブリン達に対処しようとして動きの鈍った私目掛けて、エレンちゃんの放つ無数の氷柱が迫ってくる。


 飛び退くように回避すると、それを狙っていたかのようにゴブリン達が私に飛び掛かってきた。


 しかも、攻撃じゃなく、拘束して動きを封じ込めるような形で。


「ちょっ、これは……!?」


 魔物が、エレンちゃんを援護するように連携を取ってる……!?


 はっとなって顔を上げると、未だ逃げずに近くにいるニーナさんが、その手に不気味な輝きを放つ小さな杖を持ち、満足そうに私を見ていた。


 このゴブリン達……ニーナさんの意思で動いてるの!?


「やりなさい、エレンちゃん」


「グオォォォ!!」


 氷狼の口内に魔力が収束し、極寒のレーザーとなって放たれる。


 ゴブリン諸共、回避も出来ない私にそれは直撃し、一瞬で氷漬けにされてしまう。


「アハハハ!! 魔装鎧マギアデバイスと私の魔物化モンスターアウト、魔物の力を人に与えるという点では同じだけれど……大きな制限をかけてなお、反動によって体に負荷がかかる魔装鎧では、素の肉体までもを魔物へ近付けたエレンちゃんには到底敵わない。自明のことよ」


 どんどん遠ざかっていく意識の中、ニーナさんの言葉が聞こえてくる。


 確かに、魔装鎧と魔物化では、出力には大きな差があるかもしれない……。


「だと、しても!!」


「っ!?」


 完全に意識が途絶える前に、力付くで氷を砕き、腕を一本だけ自由にする。


 そこに嵌め込まれているのは、スライムの魔輝核クオーツだ。


「《暴食吸収グラトニードレイン》……!!」


 周囲の魔力を吸収するこの機能だけど、流石にエレンちゃんの冷気ビームを防ぐことなんて出来ない。


 だけど、ここにはそのビームに巻き込まれて既に消滅した、ゴブリン達の魔力がある。


 それを吸収して……私のデバイスへ!!


「《超過暴走オーバードライブ》!!!!」


 爆炎で全身を包み込み、冷気ビームによって氷漬けにされかけた体を解放する。


 流石に予想外だったのか、目を丸くしているニーナさんへ、私は肩で息をしながら口を開いた。


「魔装鎧は、出力では魔物に及ばないかもしれない……けど、人に扱える範囲に力を制限しているからこそ、こうして色んな機能を組み合わせて、単体の魔物には出せない力だって発揮出来る。レーナが一生懸命作り上げてくれたこの鎧は、オモチャなんかじゃない!! 人を、この国を守る私の力だ!!」


『アイミュ様……』


「ふふふ、そう、ただの被検体の癖に、随分とレーナを信用しているのね。私のことは、狂った化け物みたいな目で見ていたのに、妬けちゃうわ」


「そんな風には思っていません。ただ……どんなに立派な目的があったとしても、関係ない人を巻き込んで犠牲にするようなやり方は間違ってるって、そう思うだけです」


 人を魔物にする是非とか、その危険性とか……そういう話は難しくて、私にはよく分からない。


 だけど、その研究の過程でたくさんの人を犠牲にしようとするニーナさんのやり方は、絶対に認めない!!


「あら、人類の進歩のために犠牲が必要だなんて、当然のことでしょう?」


「それは決して、犠牲になった命への免罪符にはなりません!! はあぁぁぁ!!」


 超過暴走オーバードライブの出力はそのままに、ニーナさんへ向けて突っ込んでいく。


 魔物を操るその杖だけでも破壊しないと、と思ったんだけど、すぐに氷狼状態のエレンちゃんが間に割り込み、その前足で私の拳を受け止めた。


「くっ……!!」


「犠牲になった命への免罪符にはならない、ねえ……それなら、あなたの魔装鎧を作り上げる過程で犠牲になった、あの騎士はどうなの? 彼を犠牲にしてその鎧を改良したレーナも、それを纏うあなたも、私と同じ罪人になっちゃうわね?」


「っ……うわぁ!?」


 エレンちゃんの力に押し込まれて、私の体が吹っ飛ばされる。


 派手に地面を転がった後、私は体を起こして……ガントレットを開いた。


「確かに、私のこの鎧も、あの人の犠牲の上に成り立っています。けど……あの人は自分の意思で、私やお姉様、王都に住む大勢の人々のために命懸けで戦ってくれたんです。魔装鎧にも、ましてやレーナに殺されたわけでもない」


 レーナは、あの騎士のことを何も話そうとしない。

 けど、これまで一緒にやって来た限り、レーナは本当に命の危険があるような実験や運用をする時には、ちゃんと事前に警告してくれていた。


 だからきっと、あの騎士も……自分の命があの戦いで尽きることを分かっていて、それでもこの鎧を纏ってくれたんだ。


「あの人の戦いを、意志を、私は忘れない。この鎧と一緒に背負って、最期までみんなを守るために戦ってみせる! だからこそ……何の覚悟もない、ただいつものように明日が来ることを信じて生きている人達を平然と傷付けるあなたのやり方を、私は認めない!!」


 魔石を放り込み、閉じる。

 膨大な魔力が鎧を駆け巡り、炎となって私の全身から噴き上がった。


「《超過暴走オーバードライブ》!!」


 背中からはロケットを生やし、右腕のガントレットも大きく巨大化する。


 まだ完全解放ではないけど、かなりキツイ状態だ、長くは持たない。


「エレンちゃんは、どうなの!?」


「…………」


「そうやって魔物の力を得て、ニーナさんに従って戦ってるのは、あなたの意思なの!?」


 私の呼び掛けに、エレンちゃんは無言のまま。

 もう一度呼びかけようと、そう思ったところで……その氷の巨体が少しずつ口を動かし、声を紡ぎ始めた。


「当たり、前だ……私は、ニーナのためなら……化け物にだって、なってやる……誰だろうと、殺してやる……!!」


「どうしてそこまで!? その力を使い続けたら、体だけじゃない、心まで魔物になるかもしれないのに!!」


「知るか……!! 実の親にゴミみたいに捨てられて、死にかけていた私に手を差し伸べてくれたのは、他でもない、ニーナだけなんだよ……!! ニーナのためなら、私は命なんていらない……!! ニーナのこと、何も知らない癖に……さっきから、好き勝手言ってんじゃねえ!!」


「っ……!?」


 エレンちゃんの魂の叫びに、私は一瞬怯まされる。


 まさか、そんな事情があったなんて……知らなかった。


魔物化モンスターアウト中に人の言葉を話せるようになるなんて……ふふ、やっぱり実戦を重ねることほど、有意義な時間はないわね。想像以上の成長ぶりだわ。偉いわよ、エレンちゃん」


「ニーナ……」


 ニーナさんにとっても予想外の状況だったのか、エレンちゃんを労っている。


 その言葉に、嬉しそうな反応を示すエレンちゃんを見て……私は、改めて腰を落とし、構えを取った。


「そういうことなら、もう遠慮はいらないね。お互いに納得するまで、戦おう、エレンちゃん」


「何が“そういうこと”なんだよ、意味わかんねえよ」


「ただ言葉を重ねるだけじゃ、もう二人には届かないって分かったから。それなら、全力でぶつかり合って、戦って……拳に込めたこの想いで語り合おう」


 私の言葉に、エレンちゃんは驚いたようなリアクションを見せる。


 氷狼状態で表情も分からないのに、そういうことはしっかり伝わってくる分かりやすい仕草に、こんな状況なのに笑みが溢れた。


「戦って、殴り合って……痛みも、罪も、半分こ。そうしたら、今度こそもう一度、顔を合わせて話し合おう」


「っ……勝手なことばっかり、言ってんじゃねぇぇぇ!!!!」


 氷狼の口に、これまでで一番じゃないかってくらいの冷気が収束していく。


 それに応えるように、私も右の拳と背中のロケットへと魔力を注ぎ、全力の一撃を放つための構えを取る。


「喰らいやがれぇぇぇ!!!!」


 エレンちゃんの放った冷気の極太ビームが、青白い発光を伴いながら放たれる。


 同時に、私も地面を蹴り飛ばし、真正面からそれに殴り掛かった。


「はあぁぁぁぁ!!!!」


 激突する拳とビーム、炎と冷気。

 拮抗した力がぶつかりあい、火花を散らす光景に、ニーナさんの驚きの声が混ざった。


「真正面から、半覚醒状態のエレンちゃんに拮抗している? そんなこと、魔装鎧で出来るはずが……いえ、まさか……」


 私とエレンちゃんが全力を振り絞ってぶつかり合う中、ニーナさんはそのすぐ近くで高笑いを上げる。


「あははは!! まさか、こんなところでこんな逸材に出会うなんてね!! 今はもはや、レーナよりもあなたが欲しくなって来たわ!!」


 何をもって心変わりしたのか、突然そんなことを言い出した。


 けど、それに反応する余裕は私にはない。

 エレンちゃんとの力比べが、そろそろ終わりに近付いていた。


「くっ、うぅぅ!!」


「このっ、こいつ……!!」


 ジリジリと、私が冷気を押し込んでいく。

 けれど、エレンちゃんも最後の意地だとばかりに出力を上げて、お互いの力が膨れ上がって……エレンちゃんまであと少しまで迫ったところで、耐え切れずに大爆発を引き起こした。


「うわぁぁ!?」


「ぐわぁぁ!!」


 私が吹き飛ぶのと同じように、エレンちゃんも体を覆っていた氷狼が砕けて地面を転がっていく。


 お互いに距離が出来て、何とか体を起こそうともがいていると……遠くから、砂煙を上げながら近付いて来る馬に乗った一団がいることに気が付いた。


「あら……時間切れみたいね。仕方ない」


「ニーナ……ごめん、私……」


「いいのよ、収穫はあったから」


 倒れたエレンちゃんに杖が向けられると、その小さな体がふわりと浮き上がる。

 そのまま自分自身をも浮遊させたニーナさんは、倒れたままの私を見下ろしながら呟いた。


「またね、ブレイズさん……いえ、アイミュ・レナ・ルナトーン殿下? 私の夢のために、あなたを必ず手に入れてみせるわ」


「っ……なんで、私の名前……!」


 問いかけるも、それに対する答えはなく。空の彼方へと飛び去っていく。

 手を伸ばしても届かない悔しさに歯噛みする私を励ますように、レーナからの声が耳に届いた。


『そこにいると騎士に鉢合わせます、アイミュ様もここは退きましょう』


「……うん、分かってる」


 こうして、ニーナさんとエレンちゃん、二人との二度目の邂逅は、両者痛み分けのような形で幕を閉じるのだった。

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