第15話 救援と姉妹対談
私が現場に到着した時、既に馬車は横転し、騎士達が周りで戦っているところだった。
けれど、全方位魔物に囲まれた状況で守りきるには、流石に無理がある人数だったみたい。
既に何人か倒れていて……今まさに、防御の穴を突いて壊れた馬車に取り付いたゴブリンが、中からリエラさんを引きずり出したところだった。
「いやぁぁぁぁ!!」
『ギェギェギェ……!!』
リエラさんをその場で喰おうとしているのか、ドレスを引き裂いて大きく口を開けるゴブリン。
生き残った騎士の人達もそれに気付いてはいるけど、他のゴブリン達が睨みを利かせていて動けないみたい。
すぐに助けないと!!
「このまま突っ込む!!」
『待ってくださいアイミュ様、その速度で地上に激突したら、近くにいる一般人は衝撃で死にますよ!!』
確かに、レーナの言う通りだ。今回は前回みたいに勢い任せの体当たりなんてしたら、リエラさんまで巻き込んでしまう。
でも……ここで私が安全に減速なんてしてたら、リエラさんはゴブリンに喰い殺されるだろう。もう一秒の猶予もない。
「だったら、迷わない……最速最短で、助けてみせる!!」
『アイミュ様!?』
ギリギリのところまでロケットの速度を保ったまま、地上に接近して……空中で体勢を捻り、逆噴射によって急制動をかける。
「うおぉぉぉぉ!!」
止まれ……間に合え……!!
祈るような気持ちで雄叫びを上げ、火の玉になって降ってくる私に気付いたのか、ゴブリンがリエラさんを襲うのを止めて空を見上げる。
その瞬間、何とか落下の勢いを殺し切った私の蹴りが、その体を吹き飛ばした。
「よし……!! 大丈夫ですか!?」
「あ、あなたは……?」
自分がまだ生きているのが信じられないとばかりに、着地した私を呆然と見つめるリエラさん。
以前会った時は私より歳上のお姉さんって感じだったけど、今は私の方が背が高くなっているのもあって……恐怖に怯えたその瞳は、彼女がまだまだ子供なんだってことを思い出させる。
そんなリエラさんを安心させるように、傷付けないように……私は、その頭をそっと撫で、微笑みかけた。
「通りすがりのヒーローだよ。もう大丈夫だから、安心して」
「あ……」
まだ何か言いたそうだったリエラさんをその場に置いて、私はすぐに周囲のゴブリン達の掃討に入る。
ボロボロの騎士達を庇いながら、拳と蹴りで次々とゴブリンを倒していくんだけど……数が多い!!
「騎士の皆さんは、リエラさんを連れて王都へ急いでください!! ここは私が抑えます!!」
「し、しかし……」
「急いで!! 今はリエラさんの身の安全が最優先でしょう!?」
「っ……感謝する!!」
騎士の人達が、倒れた仲間や腰の抜けたリエラさんを連れ、王都へ向かって移動を開始する。
徒歩では時間がかかるだろうけど……人がいなくなれば、私も思いっきりやれるから。
『アイミュ様……ボクはあなたのことをまだ甘く見ていたみたいです。ぶっちゃけ人がいる中でもあんな無茶をやらかすとは思ってませんでした』
「私だってやりたくはなかったよ。でも……私、決めたから」
拳を握り、炎を纏う。
獲物を取り逃してなるものかと追いかけようとするゴブリン達の前に飛び出した私は、渾身の一撃で吹き飛ばした。
「誰かが傷付くのを黙って見過ごすくらいなら……私が誰かを傷付けることになってでも、迷わずこの手を伸ばすって!!」
ゴブリンを蹴散らしながら叫ぶ私に、レーナは『お人好しですねえ』と一言だけ呟く。
それを軽く聞き流しながら、数だけやたらと多いゴブリンを殴り倒していって……不意に、頬を撫でる冷気を感じ取った。
「っと……!!」
咄嗟にその場を飛び退くと、私がいた場所に氷の柱が何本も屹立した。
ギリギリのところで回避した私は、すぐに顔を上げて……いつの間にかその先にいた、銀髪の女の子と黒髪の研究者を見つめる。
「エレンちゃん……ニーナさん……!!」
「あら、私の名前を覚えてくれていたのね、嬉しいわ」
「…………」
全く心にもなさそうな喜びの言葉を紡ぐニーナさんと、無言で佇むだけのエレンちゃん。
そんな二人の前で、私は構えを解いて向かい合った。
「教えて、どうしてこんなことをしてるの?」
「へえ、そっちから聞いてくれるのね」
「理由があるなら、知りたいと思うから。知って、私が力になれることがあるなら、力になりたい」
誰かが傷付くのを見ているくらいなら、この拳を振るうことを躊躇うつもりはない。
けど、それは悪い人なら誰でも彼でも殴るっていう意味じゃないんだ。
やっぱり、言葉で分かり合えるものなら分かり合いたい。同じ人間なんだから、拳に訴えるのは最後の手段だ。
「ふふふ、嬉しいこと言ってくれるわね。でも残念、私はあなた自身に興味はないの、私が話したいのはレーナの方よ。……どうせ聞いているんでしょう?」
『……アイミュ様、
レーナに言われるがまま、私の耳についた通信具に触れて魔力を通し、音声が外にも聞こえるようにする。
これで、レーナも会話に参加できるはずだ。
『それで、ニーナはボクと何を話したいんですか?』
「簡単な話よ。レーナ、あなたも私の研究に協力しなさいな」
まさかの引き抜きの提案に私はびっくりして目を丸くするんだけど……レーナにとっては予想通りだったのか、返って来た反応は溜息だった。
『そんなことのために、レバノン家の馬車を襲ったと?』
「そんなこととは失敬ね、私にとっては結構大事なことなのよ?」
「え……」
引き抜き交渉……それだけのために、リエラさんの馬車を?
リエラさん本人もあと一歩で死ぬところだったし、何より……。
護衛の騎士の中には、犠牲になった人もいるのに。
『ボクの研究目標は魔装鎧の完成であって、ニーナの研究には興味ありません』
「嘘ね。本当は分かっているでしょう? 魔装鎧では私達の望みを叶えるのは不可能だって」
「望み……?」
「人類を、魔物の脅威から解放する。それが私達姉妹の望みよ」
壮大な望みを語られて、私は何も言えなくなる。
その間、レーナは何も否定の言葉を紡ぐことはなくて……つまり、それがニーナさんの望みであると同時に、レーナの望みなのも本当なの?
「知ってる? この世界では、毎年何千、何万……あるいはそれ以上の人間が、魔物によって命を落としているのよ。私達はね、そうした悲劇を永久に終わらせようと思っているの」
「な……そんなこと、どうやって……!?」
魔物は、魔力から自然と生まれ落ちるこの世界独自の怪物だ。
魔力があるところに誕生し、魔力がないところには生まれない。
けれど、大気中だけでなく、ありとあらゆる物質の構成に魔力は利用されている以上、この世界から魔力を失くすことなんて不可能で……魔力が失くならない以上、魔物を完全に根絶することもまた不可能だ。
それなのに、魔物の悲劇を完全に終わらせるなんて、どうやったら……。
「簡単よ。魔物がこの世界からいなくならないのなら、人類の方を魔物にしちゃえばいいのよ」
「……え?」
何を言っているのか分からなくて、私は口を開けたまま固まってしまう。
そんな私に、今のは聞き間違いじゃないんだって教えるように、ニーナさんは語り続けた。
「人が魔物に蹂躙されるのは、人が魔物より弱いから。だから、人が魔物と同じ……いいえ、それ以上の存在となって逆に支配してやるの。そうすれば、もう二度と魔物のせいで命を落とす人はいなくなるわ」
「そんなこと、出来るわけが……」
「そうでもないわよ? 実際、こうして一人は出来たもの。ねえ、エレンちゃん?」
「…………」
呆然とする私の前で、エレンちゃんはニーナさんの言葉に頷く。
そして、それを証明するように……どこからともなく取り出した魔石を、口の中に放り込んだ。
「ウォォォォォン!!」
エレンちゃんの体が氷に包まれ、巨大化していく。
やがて、主に付き従うようにその場に伏せる氷の巨狼が誕生したその光景に、ニーナさんは満足そうに頷いた。
「凄いでしょう? 今はまだ相当な手間暇をかけないとこのレベルには達しないんだけど……そう遠くないうちに、全人類に魔物化の力を与えてみせるわ」
そのために、と。
ニーナさんは微笑む。
「あなたには、また私の助手をして欲しいのよ、レーナ。もう一度一緒に研究しましょう?」
『……悪いですけど、ボクは“魔物から人を守るための装備”を作りたいのであって、“人を魔物にしてまで被害をなくしたい”わけじゃない』
レーナがどう答えるのかと思っていたら、想像していたよりもずっと冷たい声が聞こえてきて、背筋をゾクッと悪寒が駆け抜けた。
今この場にあるのは声だけだけど……直接その姿を目にしていたら、絶対に激怒していただろうって分かるほどに。
『第一、生きるために延々と魔力を喰らい続けなきゃいけない生物にして……最初は良くても、そう遠くないうちに強くなりすぎた力に理性を呑み込まれて、同族を襲い始めるのは目に見えてるでしょう。魔物に殺さなれない代わりに、人同士で殺し合う怪物だけの世界にするのがニーナの望みなんですか?』
「一方的に殺されるばかりの世界よりは、ずっと良いわ」
恐ろしい未来予想図を聞かされてなお、迷うことなく断言してみせたニーナさん。
そんな彼女に、レーナはハッキリと告げた。
『……前にも言いましたけど、もうあなたの思想にはついていけない。ボクは、あくまでボクの信じる研究を完成させます』
「そう……なら仕方ないわね」
ニーナさんが懐から瓶を取り出し、足下へ投げる。
砕けた瓶から溢れた液体が次々とゴブリンを生み出していき、それに続くようにエレンちゃんも氷狼の姿で構えを取った。
「それなら、悪いけどあなたの
『……すみません、アイミュ様。身勝手なのは分かってるんですけど、お願い聞いて貰っていいですか?』
「何?」
迫る魔物達を相手に構えを取る私に、レーナはただ一言……シンプルなお願いを口にした。
『あの馬鹿な姉を……止めてください』
「任せて。私もまだ、聞かなきゃいけないことが残ってるから」
そう答えた私は、拳を握り締めて前へと踏み出した。
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