第29話 ニーナの過去と新たな魔人
ニーナが変貌したスライムの怪物は、その村を一瞬で地獄の底へと叩き落とした。
正体不明の人型のスライムが無数に放たれ、人を襲い……その体を取り込んでは、分裂を繰り返しているのだ。
しかも……分裂したその個体には、取り込まれた人間の面影が見える。
『ウ……ウァ……』
「いやぁぁぁぁ!!」
「助けてくれぇぇぇ!!」
「どうして……今年の贄は、もう差し出したはずなのに!! う、うわぁぁぁ!!」
自分の狙い通りに人を魔物に変えられているという結果に満足しつつも、逃げ惑う人々の叫び声には嫌悪感を覚える。
この村には昔から、魔物を統べる神……“魔神様”に生贄を捧げるという風習があった。
近年こそ、魔物の発生原理がある程度突き止められたことで対策が進み、国内どの場所でもある程度騎士団の援助が受けられるようになってきたが……ほんの十年ほど前までは、こういった辺境の村はどこも自力で身を守らなければ、騎士の到着まで到底生き延びられない、そんな状況下で生きていた。
しかし、自衛するにしても限度がある。普段は畑仕事に精を出している者に、魔物と戦って打ち勝つことなど出来はしないのだから。
その結果生まれたのが、“魔神様への供物を捧げる”という因習だ。
人の肉を魔神様に捧げることで、どうかこの村は襲わないでください──と祈るだけの、くだらない儀式。
なまじ、その“生贄”を捧げる場所が場所だけに、その生贄に釣られて村近辺のの魔物がおびき出され、ここ以外の別の集落へ向かってしまうという最悪の効果があったがために、ここの村人達はその因習を信じ切ってしまっていたのだ。
もっとも……そういった理論立った形でこの因習を理解出来たのは、ニーナが王立魔法技術研究所に入った後だったのだが。
『本当に、くだらない……』
運命の日、生贄に選ばれたのはニーナ達の母親だった。
それがどうしても納得出来なかったニーナ達双子は、母親をこっそり助けようと“祭壇”へ向かったのだが……その結果、目の前で母親が魔物に食い殺される光景を目にしてしまったのだ。
恐らく、その時から既にニーナは狂ってしまったのだろう。
誰に指摘されるまでもなく、ニーナは自らを客観的にそう評する。
だが同時に、それがどうした、とも思う。
『感謝しなさい、もう二度と生贄なんて必要なくなるわよ。あなた達全員、あなた達が恐れていた魔物になるのだから!!』
国をも滅ぼした伝説のスライムと化したニーナは、狂笑を上げる。
今日この時、忌まわしい過去への区切りを付け、望む未来へ向けて歩き出すのだと。
『あら……?』
そんな彼女の前で、凄まじい火柱が天に昇って屹立した。
そこから放たれる途方もない力の波動に、ニーナはスライムで作られた漆黒の顔を歓喜に歪める。
『ああ……ついに生まれるのね。“一人目”が』
『グオォォォォ!!』
火柱がそのまま炎の翼となり、紅蓮の竜が誕生する。
まだ完全な復活というわけではないのだろう、その体は魔力から変異した肉ではなく、魔力そのものを炎と化して無理やり構築している状態だ。
しかし、この状態が長く続けば、やがてはその炎がより適した形で定着するだろう。
そうなった時こそ、炎竜……フレアドラゴンの完全復活と言える。
それも、より高次元の存在として。
『フレアドラゴン、と呼べばいいのかしら? 私の言葉、理解出来る?』
『──ああ、出来るとも。ようやく目覚めたその矢先に、ちょうどいいエサが転がっているとは、何とサービス精神旺盛なことか。ククク、“アイミュ”にも感謝しなければな』
『ふふふ、あらやだ、私は誰かのエサになるほど安い女じゃないわよ』
炎竜との会話を楽しみながら、ニーナはその現象にこの上ない興味をそそられる。
ただの魔物であったはずの炎竜のその一部が、アイミュの肉体と融合し復活する過程で、人と変わらぬ高度な知性を得た。宿主となったアイミュの自我とは、全く別に。
人を魔物へと変異させ続ければ、その中から
(でも、この方が都合が良いかもしれないわね)
ニーナの目的は、この世界から人を駆逐し、魔人だけの世界に作り変えることだ。
その意味では、人の“知性”はあれど“倫理観”は持ち合わせていない新たな人格というのはちょうどいい。
唯一の難点は、魔物に近しい好戦的な人格故に、同じ魔人だろうと仲間とはみなさないことか。
『ならば抗ってみせろ!! 新たな肉体が完成するまでの余興にはちょうどいい!!』
『あははははは!! こちらこそ、ちょうどいいわ。あなたを降して、“魔王”へと至るための第一歩としまひょう!!』
炎竜の鉤爪がニーナを切り裂き、切り裂かれたニーナの体が再生と同時に漆黒の針を無数に飛ばす。
それらが炎竜の体に突き刺さり、小さなスライムとなって体内を侵食しようと試みるが……一気に上昇した炎竜の体温によって、一匹残らず灰となった。
『グオォォォォ!!』
『あははははは!!』
こうして、地上で逃げ惑う人間達のことなどお構いなしに、怪物達の一大決戦が幕を開けるのだった。
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