第28話 最後の実験
エレンちゃんと一緒にニーナさんに会いにいく……とは言ったものの、困ったことに私は謹慎処分中だ。
こっそり抜け出すのは私のお家芸ではあるけど、今回ばかりはお兄様も本気で私を監視させてるし……エレンちゃんが脱走なんてなったら大問題だろう。
そしたら、エレンちゃんは「私に考えがある」って言って、それで……。
「ニーナ・ディストピアの居場所を教える代わりに、現地にはアイミュを同行させろ、だと……? ふざけているのか、貴様は!!」
現在、対峙したお兄様にめちゃくちゃ怒鳴られていた。
私は萎縮するばっかりなんだけど、エレンちゃんはそんなの知ったことかとばかりに鼻で笑っている。
「ふざけてなんかねえよ。私は不勉強だから口で場所を説明なんか出来ねえし、言っちゃなんだがお前らのことはあんまり信用してない。俺が教えるって約束したのは王女様だからな、勝手についてくんのは勝手だが、王女様がいないなら教える義理はないってだけだ」
「そんなことを言って、アイミュを危険な場所に引き摺り出して奪うつもりじゃないだろうな……!?」
「別に、嫌ならいいんだぜ。自力で見つけな、見つけられるもんならな」
「このっ……!!」
「ふ、二人とも、落ち着いて!」
今にも殴り合いが始まりそうな空気を破って、私が間に割って入る。
ただ話し合いに来ただけなのに、喧嘩はダメだよ!
「お兄様、私なら大丈夫だから、一緒に行かせて!」
「大丈夫なわけがあるか! お前は自分の体がどれほど危うい状態にあるのか、分かっているのか!?」
「分かってるよ! でも、エレンちゃんともこうして友達になれたんだし、ニーナさんとだって、ちゃんと話せば戦わずに済むかもしれない、その可能性を捨てたくない!」
「いや待て、私は別にお前の友達になった覚えはないぞ!?」
やいのやいのと、三人で議論(?)をぶつけ合う。
話は平行線で、全然前に進まなかったんだけど……ついに、お兄様が折れた。
「はあ……分かった、連れて行こう。だが、今回だけだからな!!」
「うん! ありがとうお兄様!」
「ただし……相応の制限はかけさせて貰うぞ。二人ともな」
へ? と目を丸くする私には反応せず、お兄様は騎士の一人に人を呼びに行かせる。
そうしてやって来たのは……案の定というか、レーナだった。
ニコニコ笑顔でやってきた彼女に、ちょっとだけ嫌な予感を覚えていると……ガチャン、と。
私の腕に、手枷がかけられた。
「……ほえ?」
隣を見れば、エレンちゃんも同じものをかけられている。
どういうこと? と首を傾げる私に、お兄様は私の腕輪を取り出して見せながら、淡々と告げた。
「まず、
「
「そうです! そしてこの手枷こそが、私が王子殿下に頼まれて超特急で作った、魔物化防止のための特殊な処置が施された代物なのですよ。これなら、一般的な魔封じの枷よりも確実に、魔物化の侵食を防ぐことが出来ますよ。当然、変身も出来なくなりますが」
「それは分かったけど……なんで私も枷なの?」
別に腕輪型でも良かったよね? と問う私に、レーナ様はお兄様を指差した。
「彼のご要望ですので」
「お兄様!?」
「腕輪型にしたら、お前は自分で勝手に外して動き回るだろうが! 絶対にそういうことをさせないという意図が伝わるように、その形で作らせた」
「そ、そんなぁ」
これじゃあなんだか、私も犯罪者になったみたいだよ。
そう思って肩を落としていると、隣で同じ格好になったエレンちゃんと目が合って……思わず噴き出してしまった。
「……何を笑ってんだよ」
「いや、だって……これはこれで、お揃いでいいかなって思っちゃって。そしたら、自分で可笑しくなっちゃった。あはは」
「……変なやつ」
笑顔の私に、エレンちゃんは呆れ顔で溜息を溢す。
そんな私達を、お兄様は複雑そうな眼差しで見つめていた。
「……これだから余計に質が悪いんだ、アイミュは」
「これを天然でやってるんですから半端ないですよねー」
「へ? 二人とも、何の話?」
「何でもないですよー。アイミュ様の変人ぶりは、敵から見ても変わらないんだなって言ってただけです」
「酷くない!?」
何でもないと言いつつ全部暴露してくれたレーナに、私は抗議の声を上げる。
そんな私達に、エレンちゃんはもう一度……誰にも聞こえないような声で、呟いた。
「本当に……変なやつ」
エレンちゃんの案内を受けて、私達……より正確には、お兄様の指揮を受ける騎士団が向かったのは、辺境にある小さな村だった。
長閑で平穏で、人もほとんどいなくて……ここが最後の実験場になるって言われても、にわかには信じられない。
同じことを思ったのか、お兄様も疑いの眼差しでエレンちゃんを見る。
「本当にここで合っているのか?」
「絶対にいるとは言えねえよ。でも、ニーナは……最後の実験はここでする、ここから世界を変えるんだって、そう言ってたからよ」
「…………」
「レーナ、どうしたの?」
村に着いてから、どうも様子がおかしいレーナに声をかける。
すると、彼女にしては妙に歯切れ悪く「いや……」と口を開いた。
「……ここ、ボクとニーナの故郷なので。正直、また戻ってくるとは思ってませんでしたよ」
「え……そうなの?」
「はい。楽しい思い出も……最悪の思い出も、全部ここにあります」
そう語るレーナの表情には、明らかに緊張の色が滲んでいる。
何かが起こるって、誰もがその雰囲気を感じ取っていると……村の方から、声が聞こえてきた。
「あら、あなたもちゃんと覚えていたのね。もう忘れちゃったかと思っていたわ」
ニーナ・ディストピア。一連の事件の主犯にして、レーナの双子の姉だ。
その姿を視認した瞬間、お兄様と騎士達が一斉に抜剣する。
「ニーナ・ディストピア。お前には魔薬の不正取引及び、魔物災害を故意に引き起こした容疑がかけられている。大人しく投降しろ、さもなくばここで斬り捨てる!!」
「あら、王子様はせっかちね。これが最後の機会になるのだから、もう少しゆっくりお喋りしてもいいと思うのだけど?」
「最後って……どういう意味ですか」
私の質問に、ニーナさんはニヤリと笑みを浮かべる。
底知れない闇を感じるその眼差しにゾッとする私へ、ニーナさんは明日の天気を答えるように気軽に言い放った。
「今日、この国は終わるからよ。……ああ、移動時間を考えたら、一日じゃあ無理かしら? でもまあ、誤差みたいなものよね」
「ふざけるな!! そんなことを誰が……」
「もうやめてくれ、ニーナ!!」
お兄様の声を遮って、エレンちゃんが前に出た。
今まで見たこともないような、迷子の子供のような表情をしたエレンちゃんは、ニーナさんへ必死に呼び掛ける。
「こんなこと続けても、みんなが傷付いて、ニーナのこと嫌いになるばっかりで、何にも良いことなんかないじゃないか!! 私はニーナに……ニーナと一緒に幸せになりたくて、そのために頑張ってきたんだよ!! もっと普通に、みんなが当たり前にやってるようなことして、本当の家族みたいになりたくて……だから……!!」
「悪いけど、家族ごっこには興味がないの。言ったでしょう? あなたは私の“被検体”だって。それ以上でも、それ以下でもないわ」
エレンちゃんの必死の呼び掛けを、ニーナさんはあっさりと切り捨てる。
呆然とするエレンちゃんに、更なる言葉を浴びせかけた。
「あなたは、私の研究を完成させるための材料なの。分かったら、もう二度と私にそんなくだらない話をしないでちょうだい」
「くだらないなんてこと、ない!!」
もう我慢出来ないと、私も叫ぶ。
今にも倒れそうなエレンちゃんを枷の嵌められた手でなんとか支えながら。
「エレンちゃんはただ、自分の幸せを、自分の願いを口にしただけだ!! それを笑う権利なんて、たとえ育ての親だろうと絶対にない!!」
「別に笑ったつもりはないわよ? ただの被検体に、そんな感情は不要だっていうだけ」
そう言って、ニーナさんは懐から薬を取り出した。
魔物を誕生させる源、魔造薬だ……!!
「もうお喋りは十分でしょう? それじゃあ始めましょう、私の一世一代の……この世界を根本から作り変える、最後の実験を……!?」
魔造薬を地面に叩き付けようとしたニーナさんの腕が、一閃の下に切断される。
血が噴き出し、ニーナさんの悲鳴が響く中、ゆっくりと落ちていく魔造薬を受け止めたのはお兄様だった。
「そんなこと、させると思うか? 横流しされた魔薬の量から考えても、これが最後の一本であるはず。お前の悪巧みもここまでだ、ニーナ・ディストピア!!」
倒れたニーナさんへ、お兄様が剣を突き付ける。
私達のいるところからニーナさんまで、かなり距離があったのに、それを一瞬で……やっぱり、お兄様ってすごい……。
「ふ、ふふふ……」
「何が可笑しい?」
そんな状況なのに、ニーナさんは血を流す腕を押さえながら笑っている。
不気味な雰囲気に誰もが固唾を飲んで見守る中……突如ニーナさんから伸びた槍状の何かが、お兄様の胸を貫いた。
「かはっ……!? お前、その、体は……!?」
「ふふふふ……あははははは!!!!」
立ち上がったニーナさんの腕……切断されたはずのそこから、ドス黒いスライムみたいなものが生えていた。
意味が分からなくて固まってしまった私達に誇示するように、ニーナさんはお兄様の体ごとそれを掲げる。
「あなた達、まさか私が生身のままだと思っていたの? エレンちゃんや王女殿下を使って実験していたのは、自分の体だけ人間のままでいたかったからだとでも? ……そんなわけないじゃない」
ニーナさんが“腕”を振るうと、お兄様の体が投げ飛ばされる。
全く受け身も取らないまま落下したお兄様のところへ、半ば無意識に駆け寄っていくと……素人目にも致命傷だって分かるくらい、大量の血が流れていた。
「私の最終目的は、“この手で”世界を変えることだもの。最後は自分を改造するなんて、当然のことでしょう!!」
──《
どこにでもいるスライムが、国一つ呑み込むほどに成長した果てに稀に辿り着くという、伝説の個体。
その名を呟いたニーナさんは、全身から黒いスライムを噴き出しながら、ビルよりも大きくその体を肥大化させていく。
更にそれに合わせて、ニーナさんがさっき撒き散らした血が寄り集まって、無数の人型スライムへと形を変えていった。
『さあ行きなさい、我が子達……この世界の人間を、一人残らず喰いつくしなさい!! 新たな命への糧として!!』
誕生した人型スライム達が、村人達を襲い始める。
それを見て、騎士達もお兄様をやられた怒りと騎士としての使命感を胸に、戦いを始めたんだけど……私はその状況を認識しながら、なぜか何も感じなかった。
「アイ、ミュ……」
「っ、お兄様……!!」
その声が聞こえたことで、私はやっと現実に意識が戻ってきた。
けど……お兄様の声は弱々しくて、今にも消えてしまいそうなロウソクの火に思える。
「お前の、こと……守ってやりたかった、だけ、なのに……それだけの、ことが……どうして、こんなに……難しいんだろう、な……」
自嘲するように、お兄様が笑う。
まるで……最期の言葉を伝えようとするかのように。
「出来の悪い兄で、ごめんな……せめて、お前だけでも……無事で、いて……」
その言葉を最後に、お兄様は再び目を閉じた。
ただゆっくりと広がっていく血溜まりを、私はただ見つめることしか出来ない。
「くそっ……!! おい、ニーナの片割れ!! この手枷外せ!!」
「何をするつもりですか!?」
「私の力で、この王子の傷口塞ぐんだよ!! 応急処置くらいにはなるだろ、早くしろ!! ……おい王女様、お前もボサッとしてないで……!?」
エレンちゃんが何かを叫んでいるけど、私にはそれに反応する余裕はなかった。
心が何かに塗り潰されるように、燃えるような“熱”を感じる。
熱の正体は何だろうと考えて、すぐに分かった。
これは、“怒り”だ。
身も心も、理性も、何もかもを燃やし尽くす、憤怒の炎。
──オレ様を出せ。そうすれば、オマエの望みを叶えてやる。殺したいんだろう? アイツを。さあ、呼べ……オレ様の名を!!
「うぐっ、あっ、あァ……!!」
「お、おい、どうしたんだよ……?」
私を戒めていた手枷が、音を立てて砕け散る。
何が起きたのかと目を見開くエレンちゃんやレーナの前で……私は、内なる声に促されるまま、無意識の内に叫んでいた。
「《
全身が、紅蓮の炎に包まれる。
それを最後に、私の意識はプツンと途絶えた。
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