第27話 少女達の決意

 エレンちゃんがいるっていう、牢屋代わりのテント……布地に硬化系の魔法を施して、ちょっとやそっとの攻撃では壊れないようになっているそこに、私はやって来た。


 私の血を抜いて、何本か瓶に詰めて持ってきたから、これを飲んで貰えば少しは時間が稼げるはず。


 ……と、そう思ったんだけど。


「これは……」


 中に入った私は、その光景に息を呑んだ。

 エレンちゃんは腕に魔封じの枷を嵌められた上で、椅子に縛り付けられていたんだけど……それでもなお力任せに暴れたのか、椅子の足は折れてるし、地面も何ヶ所か穴が空いていて、そこに倒れ込んでいた。


 その上、テントのあちこちに血痕が付いていて……無理に暴れたせいで怪我をしたエレンちゃんの血なんだと、すぐに分かった。


「エレンちゃん!」


「ダメです、不用意に近付いては!」


 駆け寄ろうとした私を、見張りの騎士が押し留める。


 その声が聞こえたのか、倒れたままだったエレンちゃんがぴくりと反応し、顔を上げた。


「お前……! 何しに、来やがった……! うぐっ、げほっ!」


「薬……とは違うけど、エレンちゃんの症状を和らげられるものを持ってきたの。これを飲めば……」


「そんなの、いらねえ!! どっか行け!! ……ぐぅ!!」


 思い切り叫んだ直後、エレンちゃんは頭を地面に叩き付けた。


 魔封じの枷なんて関係ないって言わんばかりの怪力が地面に穴を空け、額の皮膚を裂いて血が飛び散る。


 けど……傷付いたエレンちゃんの額を黒い魔力が覆ったかと思えば、次の瞬間には傷が癒えていた。


 その代わり、エレンちゃんの顔から氷のような小さな結晶が飛び出て、悲鳴を上げる。


「ぐあぁ!!」


「無理しないで! このままじゃ、エレンちゃんは完全な魔物になっちゃうよ!」


「は、はは……いいじゃねえか、それで。私にはお似合いの末路だ」


「そんな悲しいこと言わないでよ! エレンちゃんだって、まだ生きてやりたいこと、何かあるんじゃ……」


「ねえよ!! ニーナに見捨てられた私には、もう何も残ってないんだ!! ……もう、放っといてくれよ、このまま、死なせてくれ……!!」


 ボロボロの体で、血と涙を流しながら叫ぶエレンちゃんの痛々しい姿に、私は口を閉ざす。


 ……エレンちゃんは、信じていたニーナさんに捨てられたせいで、自暴自棄になってる。


 やっぱり、このまま放っておくことなんて出来ない。多少強引にでも血を飲ませないと。


 そう思って一歩踏み出そうとした時、私の手から小瓶が取り上げられてしまった。


「アイミュ、お前は謹慎だと言ったはずだぞ。俺が代わりにやるから、そこにいろ」


「お兄様!?」


 今はまだ、逃げたニーナさんの捜索の指揮や周辺地域との連絡で忙しいはずのお兄様が現れたことに、私は驚く。


 お兄様は、そんな私と目を合わせることもなく、ズカズカとエレンちゃんの下へ向かう。


「なんだよ、こっち来んな……!?」


 抵抗しようとするエレンちゃんを押さえ付けて、無理やり瓶を口に突っ込む。


 あまりにも暴力的な飲ませ方に、私や見張りの騎士すら呆然とする中、お兄様は一方的に告げた。


「放っておいて欲しい? このまま死にたい? ……残念だが、お前が犯した罪はそれが許されるほど軽いものじゃない。俺が許すまで、決して死ぬな。命令だ」


「っ……!!」


 咳き込むエレンちゃんをそのままに、お兄様がテントを出ていこうとする。

 最後まで私とは目を合わせようとしないお兄様に、一抹の寂しさと見えない壁を感じていると……一言だけ、私への言葉を残してくれた。


「後は、任せた」


「え……」


 一度も振り返ることなく去っていくお兄様を見送りながら、今の一連の行動の意味を考える。


 ……もしかして、私がエレンちゃんと和解したがっているのを知って、わざと憎まれ役を……?


 だとしたら、お兄様が託してくれたこの役割、ちゃんと全うしないと。


「エレンちゃん」


「…………」


「椅子……新しいのに、替えよっか」


 見張りの騎士に頼んで、エレンちゃんの縄を一度解いて貰い、新しい椅子に座らせる。


 その対面に、私も椅子を用意して腰掛けた。


「エレンちゃん、さっき言ってたよね。ニーナさんに捨てられたから、私にはもう何もないんだ、って」


 私の血を飲まされて落ち着いたからか、完全に力が抜けてしまって顔を俯かせているエレンちゃんは、なかなか反応を示さない。


 それでも根気よく待っていると、やっと口をきいてくれた。


「……それが何だよ」


「えーとね……ニーナさんとあんな風に別れる前は……何を一緒にしたかったのかな? って思って」


「そんなこと知って、どうするんだよ……」


「言ったでしょ? 私、エレンちゃんと分かり合いたいんだ。そのために……少しでも、あなたのことが知りたい」


「……私は分かり合いたいなんて思ってねえよ」


「うん。だから待つよ、エレンちゃんの気が変わるまで」


 私がそう言うと、「呆れたやつ……」と小さく呟く声が聞こえた。


 そして、宣言通りまたしばらくエレンちゃんの言葉を待っていると……ボソボソと、ゆっくり話し始める。


「……二人で、町を歩いてみたかった」


「うん」


「一緒にレストランとか行って……薬でも栄養剤でもない、普通のご飯を食べてみたかった」


「……うん」


「服とかも買って、お洒落して、料理だって覚えて……ニーナに、もっと……胸を張って人に自慢出来るようなことで、褒めて貰いたかった……っ!!」


 顔を俯かせたエレンちゃんが、嗚咽を漏らす。


 本当に、当たり前のことを当たり前にしたいっていう、ただそれだけの願いを聞いていると、私まで涙が出てきそうだ。


「頑張れば、いつか……って、そんなバカみたいな夢を見て、突っ走って……挙句の果てにはこれだ。ははっ、笑えるよな、本当に……」


「……笑わないよ。素敵な夢だと思う」


「はっ、同情はやめろよ」


「違うよ! ……いや、同情の気持ちがないわけじゃないけど……私の夢は、そういう小さな幸せを守れるヒーローになることだから。その大切さは、よく知ってるつもり」


 当たり前の幸せは、ある日いきなり崩れ去ることがある。

 魔物がいて、いつ危険に巻き込まれるかも分からないこの世界なら、尚更だ。


「エレンちゃん、今の話、ニーナさんにしたことはある?」


「……ねえよ、ニーナの願いは今あるこの世界をぶっ壊すことなんだぞ、聞いてくれるわけねえだろ。もし聞いてくれたとしても、それはあいつの願いが叶って、この世界が終わった後だ」


「私も……正直、そうかもしれないって思う。でも、一度も挑戦しないで終わったら、それこそ一生後悔が付き纏うって思うんだ」


 ニーナさんがしてきたことを考えれば、たとえ和解出来たとしても、エレンちゃんと二人で町を出歩く日なんてもう二度と来ないかもしれない。


 それでも……本当にこのままお別れになったら、エレンちゃんは前に進めなくなる。そんな気がする。


「当たって砕けて、一度気持ちに踏ん切りを付けないと、どんな未来も選べない。だから、エレンちゃんの明日のために、一緒に会いに行こう、ニーナさんのところへ! 今度こそ、分かり合うために!」


 そう言って手を差し伸べると、ようやくエレンちゃんは顔を上げてくれた。


 本当に理解出来ないって、そんな感じの表情を浮かべながら。


「お前さ……私がニーナに会ったら、もしかしたらまたニーナのところに戻って敵になるかもとか、そんな事考えないのか?」


「ニーナさんと話して、エレンちゃん自身が自分の未来を決めたのなら、仕方ないよ。その時は、お互いの正義を懸けて、最後まで戦おう」


「……本当に、変なヤツ」


 涙を拭ったエレンちゃんが、私の手を痛いくらい強く握り返す。


 これまで以上に強い決意を、瞳に宿して。


「分かったよ、お前のバカに付き合ってやる。私の本当の気持ちがどこにあるのかを確かめて……フラフラと流されるばっかりだった私に、ケリを付けてやる」


「うん! ありがとう、エレンちゃん!」


 こうして私とエレンちゃんは、それぞれの願いのために、もう一度戦場に立つ決心をするのだった。

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