第30話 一筋の希望
ニーナと炎竜の激突は、本人達だけでなく地上にも甚大な被害をもたらした。
千切れ飛んだ炎の腕が山火事を起こし、飛び散ったニーナの体液が新たな人型スライムを生み出して人を襲う。
次々と倒されてはスライムに取り込まれ、化け物に変異していく地獄絵図によって、徐々にパニックが広がりつつあった。
「くそっ!! 何なんだよこれ、こんなのがニーナの作りたかった世界なのかよ!!」
アイミュと出会い、話をして、自分の願いと向き合って……ようやく自らの行いを省みることが出来るようになったエレンは、目の前の光景を見て改めて確信する。こんなのは、間違っていると。
だが……。
「私に……何が出来るってんだ……」
仮に
無力感に打ちひしがれるエレンだったが、そんな彼女にレーナが声をかけた。
「一つだけ、手がないこともないですよ」
「っ、何かあるのか!?」
「アイミュ様を正気に戻して、あなたと力を合わせるんです。ぶっちゃけ、グラトニーヒューマスライムなんて伝説の魔物を相手にしては、フレアドラゴンもフェンリルも力不足ですが……二対一なら、あるいは」
「二対一って……けど、あのバカをどうやって元に戻すんだ?」
「これを使います」
そう言ってレーナが取り出したのは、アイミュの変身用デバイスとは別の、新しいもう一つの腕輪だった。
「
「装着者のって……あいつの体、今あのドラゴンの腹の中にあるんだぞ? どうやってそこまで行くんだよ?」
「そこは……あなたの氷狼の力に期待するしかありませんね」
「……マジかよ」
まだ不完全な状態とはいえ、炎竜の体は常人が触れれば骨すら残らないほどの超高温だ。いくら氷の力を操る氷狼フェンリルといえど、中途半端な魔物化しか出来ないエレンが生きて辿り着けるかは怪しい。
「一応、こちらの新型はアイミュ様だけでなく、あなたが使うことも念頭に置いて開発してあります。ニーナの魔物化なんかより安定して強力な力を発揮出来るので、計算上はあの炎の中でも耐えられる……はずですが、当然ながら試運転すらしていない試作品、想定通りの動作をしてくれるかは分かりません」
更に、と。
「このデバイスは現状一つしかないので、アイミュ様を正気に戻すには、あの炎の中でこれを外す必要があります。このデバイスの援助がなくなり、命の危機に瀕した状態に陥れば……氷狼の力が限界まで引き出され、そのまま正気を失ってしまうかも……」
「分かった、そいつを寄越せ」
説明も途中だったが、エレンはそのデバイスを奪い取り、自身の腕に装着した。
やけに大きくてガバガバのそれに、思わず顔を顰める。
「おい、なんでこんなに大きいんだよ」
「試作品ですもん、サイズは完成品で合わせればいいからと、余裕をもって作ったんです」
「にしたってデカすぎだろ……腕二本は入るぞ。戦闘中に落ちないだろうな……?」
「そんなことより……いいんですか?」
ほぼ初対面の研究者が開発した試作品の力をぶっつけ本番で頼ること、アイミュの体を核に復活した炎竜に突っ込むこと、その炎の中でデバイスを外して、無防備な状態を晒さなければならないこと。
ざっと考えただけでも三度は命の危険に直面し、運よく全てを切り抜けられたとしてもアイミュを助けられるかは分からない。
そんなギャンブルに本気で挑むつもりかと問いかけるレーナに、エレンはぶっきらぼうに答えた。
「あいつならこういう時、躊躇しないだろ。だったら私もやる……あのバカに負けてられるか!! 大体、私はあいつに負けた借りをまだ返してないんだよ、それまでに死ぬなんて許さねえ!!」
対抗意識を剥き出しにして、暴れ回る炎竜を睨み付けるエレン。
そんな彼女に、レーナは頭を下げた。
「……アイミュ様のこと、よろしくお願いします」
「ああ、任せろ。そっちも気を付けろよ」
現状レーナのいる場所は、まだ統率の取れている騎士達によって辛うじて平穏が保たれている。
しかし、それも長くは持たないことは明白だ。
心配の言葉を残したエレンに、レーナは思った。
アイミュ様の言った通り、案外根は優しい子なんだな、と──
「……で、これってどう使うんだっけ……確かあいつはこう……」
ぶかぶかの腕輪を構え、エレンは告げる。
氷狼の力を手に入れてから初めて。自分でもニーナでもない、誰かのために。
「《
エレンの全身から、魔力が噴き出す。
漆黒の魔力が氷雪へと変じ、手足を覆う。
そうして誕生したのは、黒とは真逆の純白の鎧だった。
更に、腕の先に収束した魔力が細長く伸び、身の丈を超える長大な杖を構築する。
純白の魔法使い。まさにそう呼ぶに相応しい出で立ちとなったエレンは、そのまま走り出す。
「行ってくる!」
その背中を見送りながら、レーナは祈った。
どうか、アイミュも……そしてエレンも、無事に帰って来て欲しいと。
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