第31話 アイミュ救出作戦

「息巻いたはいいものの……どうすりゃいいんだよ、これ!!」


 生まれて初めて魔装鎧マギアデバイスを纏ったエレンは、ニーナと炎竜の近くで立ち往生していた。


 炎竜の内部に突入すると簡単に言うが、そもそもとして炎竜のサイズが大きすぎる。

 ただの炎の塊でしかない今の炎竜の体内へ、空も飛べない身でどうやって飛び込めばいいのか、その方法が思いつかない。


 更に、周囲にはニーナが放った小型の──それでも人間の大人くらいの大きさはあるが──人型スライムも数多くいるため、近付くことさえ難しかった。


「くそったれ……!! 邪魔だぁ!!」


 迫り来る人型スライムを、杖で殴って破壊していく。

 こちらも誕生したばかりで脆いのだろう、さほど苦労なく倒せることにホッとする……が、いくらなんでも数が多すぎた。


「こんの……!! せめて息吹ブレスでも吐けりゃ……!!」


 魔物化モンスターアウトしていた時の切り札だった、口内に魔力を収束して放つ、極寒の息吹。

 レーザービームの如きその一撃が使えれば、このスライム達を一網打尽に出来るだろう。


 しかし今は……と思った時、手にした杖の先端が突如開き、大砲のように変形した。


「うおわっ!? ……え、これもしかして、そういうアレか?」


 試しに、魔物化した時の感覚のままに魔力を操作してみる。

 すると、瞬く間に杖の先端に青白い光が収束し──一気に解き放たれた。


「だあ!?」


 極寒の息吹が辺り一面を銀世界へと書き換え、スライム達を根こそぎ物言わぬ氷像へと貶める。


 ただ、あまりの反動の大きさ故にバランスを崩した結果、余った力は上空へと流れていき……炎竜と戦うニーナの体へと直撃した。


『あら……? ふふふ、エレンちゃんじゃない、その格好はどうしたのかしら? あなたにも、単なる魔物を超えた“魔人”へ至る道は拓けていたっていうのに……どうしてそんなオモチャで遊んでいるの?』


「ふざけんな!! 私はもう、魔人なんかにはならない!! お前のくだらない実験に付き合うのは、もうたくさんなんだよ!!」


『くだらない……?』


 それまで愉しげに笑っていたニーナの雰囲気が、一変する。


 だが、エレンはそれがどうしたとばかりに、力の限り叫んだ。


「お前はずっと、人が魔物に襲われることのない世界を作るんだって言ってた。私だってそれを最初は信じてたんだ。けど、違う!! ニーナ、お前はただ、この世界を壊したかっただけだ!! 自分を救ってくれなかったこの世界が憎くて憎くて仕方なくて、圧倒的な力て復讐してやりたかった、ただそれだけだ!!」


『知ったような口を……!!』


「知ってるさ。誰よりもニーナの傍にいたのは、この私なんだからな!!」


『っ、黙りなさい!!』


 ニーナの体が変形し、鋭く尖った無数の槍を作り出す。

 漆黒の雨のごとく降り注ぐそれを回避するエレンへ、更なる追撃とばかりに巨大な槌のごとき触手を生成する。


「だからこそ、もうニーナの言うことは聞かないし、絶対にニーナをここで止めてやる。私にはまだ、この世界でやり残したことがあるんだからな!!」


『なら、そのちっぽけな願いごと、ここで叩き潰してあげるわ!!』


 槌状の触腕が振り抜かれ、大地が砕ける。

 いくら魔物化しかかった体に魔装鎧を纏っているとはいえ、こんなものが直撃すれば即死だ。


 ゾッと背筋を駆け抜ける悪寒を感じながら、エレンは慌ててその場から距離を取る。


『逃がさない……!』


『オレ様を相手に余所見とは、余裕だな!!』


『っ!?』


 エレンに気を取られた隙を突いて、炎竜がニーナへ攻撃をしかける。


 炎の腕でスライムの体を掴み、火力を上げて炙っていく。

 更に口内へと炎を凝縮し……一気に解き放った。


『グオォォォォ!!』


 圧倒的な熱量を誇る光線が、ニーナの体を蒸発させんばかりの勢いで放たれる。


 自分では到底発揮出来ない凄まじい威力に、これは決まってしまったのでは、とエレンは一瞬考えるが……飛び散った破片が再集結し、ニーナは瞬く間に再生していく。


 その過程で炎竜の体に組み付き、炎もろとも取り込み始めた。


『グゥゥゥ!?』


『あははは! ほらほら、頑張らないと、せっかく復活したのに消滅しちゃうわよ?』


 その光景を見て、エレンは小さく呟いた。遊んでやがる、と。


 炎竜でさえ、今のエレンでは到底勝ち目がなさそうだというのに、ニーナはその上を行っているのだ。


「冗談抜きで、このままだと世界が終わっちまうぞ……!! どこにいるんだよ、王女様!!」


 今にも取り込まれそうな炎竜を観察しながら、エレンは叫んだ。


 あの炎の中に飛び込んでアイミュに取り付くにせよ、闇雲に突入しては焼け死んで終わりだろう。もっと細かく、居場所を特定しなければならない。


『もう終わりなの? だとしたら期待外れね』


『グ、グウゥ……!!』


 そうこうしている間に、炎竜の放つ炎がどんどん弱まっていった。

 今にも消えてしまいそうなその状況を見て、エレンは歯を食い縛る。


「ふっざけんなぁぁぁぁ!!!!」


 杖の先に込めた凍結の魔力を、全力で砲弾として放つ。

 それは狙い違わずニーナの体を穿ち、一瞬だけ炎竜への拘束を緩ませる。


 何とか離脱した炎竜に向け、エレンは叫んだ。


「おい、クソ王女!!!! お前言ったよな?

未来のために、明日のために戦うんだってよ!! それがなんだ? そんなとこで一人ぐーすか眠って、後のことは全部私に丸投げか? ふざけんな!!!! そんなクソトカゲに負けてないで、とっとと目を覚ましやがれ!!!!」


『クソトカゲ……? それは、オレ様のことを言っているのか? 小娘』


 体を起こした炎竜が、エレンの方へ目を向ける。

 それに怯むこともなく、エレンは堂々と言い返した。


「他に誰がいるってんだクソトカゲ!! あんだけ派手に登場しておいて、いざ戦ってみりゃあニーナに手も足も出てねえじゃねえか!! そんな情けないザマ見せるくらいなら、とっととクソ王女の中に引っ込め!! 邪魔なんだよ!!」


『貴様……言わせておけばァァァ!!!!』


 憤怒のままに、炎竜の体が火力を増し、その力を限界以上に高めていく。


 それを見て、エレンは小さく「よし」と拳を握った。


(あのクソトカゲが私の魔物化と同じ理屈なら、力の供給源はまだクソ王女のはずだ。肉体が完全じゃない今、こんだけ力を振り絞れば……!! よし、見付けた!!)


 炎竜の体の中心に、微かに輝く光を見付け出す。

 後はあそこに突っ込むだけだと、エレンは杖を握り直した。


『そこまで言うのならば、見せてやろう!! このオレ様の、炎竜の底力をなァァァ!!』


『ふふふ……!! そうこなくっちゃ面白くないわ。さあ、私のこの体にどこまでのことが出来るのか、もっと試させてちょうだい……!!』


 より一層の火力を纏って突撃する炎竜を、全身から棘を生やした漆黒の体で迎え撃つニーナ。その渦中に、エレンは迷わず飛び込んだ。


「今だ……!! うおぉぉぉぉ!!!!」


 杖を振るい、氷の盾を築き上げることで、化け物同士の激突によって生じた流れ弾をやり過ごし、ニーナの体に取り付いた。


 漆黒の触手を凍り付かせて足場とし、一気に駆け上がっていく。


 当然すぐにその動きに気が付いたニーナは、炎竜と対峙しながら片手間で対処する。


『ちっ……邪魔よ!!』


 ニーナの体表から次々とスライムが誕生し、エレンへと襲い掛かる。

 それらを蹴散らしながら、エレンは慎重に距離を測っていた。


(まだだ、もう少し……!!)


 炎竜を焚き付けたことでアイミュの居場所は分かったが、代わりに炎竜それ自体の火力が上がってしまった。

 ただ飛び込むだけでは、確実に途中で力尽きてしまう。出来る限り最大限の速度で、一気にアイミュの下まで突っ込まなければ。


「喰らえ、《氷砲アイスキャノン》!!」


 体を駆け上がりながら、氷の砲弾をニーナの顔面……に似た部位へと叩き込む。


 大した力はないかもしれないが、それでもニーナの動きを僅かに鈍らせる効果くらいはあったようで……その隙を、炎竜が見逃すはずもない。


『貰ったぞ!!』


 絶好のチャンスだとばかりに、炎竜がその全身を使ってニーナを焼き付くそうと飛び掛かる。


 その瞬間を狙って、エレンはありったけの魔力を杖に込めた。


「ぶちかませ……!! 《氷閃砲光アイスブレイカー》ぁぁぁぁ!!!!」


 杖の先から放たれた凍結の息吹が、ニーナの体を凍結させる──と同時に、その反動によってエレンの体を吹き飛ばす。


 こちらへ突っ込んでくる炎竜に向かって、真っ直ぐに。


「うおぉぉぉぉ!!!!」


 全身を冷気で覆い、炎の中を突き進む。

 文字通り全身が焼けていく痛みに耐えながら、必死に手を伸ばし続け──やがてその先に、光に包まれ宙に浮かぶ、金髪の少女を見つけ出した。


「やっと……届いたぞ!!!!」


 アイミュの体にぶつかりながら急制動をかけ、抱き締める。

 纏っていた冷気を氷の壁に変え、炎竜からアイミュを隔離するように纏わせて……一瞬だけ熱気が弱まったところで、自らの腕輪を外す。


「これで、戻って来やがれ……!! クソ王女ぉぉぉぉ!!!!」


 エレンの腕輪が、アイミュに嵌められたその瞬間。

 爆発的な光が、炎を押しのけてその空間を満たしていった。

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