第13話 迷いと正義

 レバノン領での戦いは、誰にも知られることなく幕を閉じ……なかった。


 いやまあ、屋敷の近くであれだけ派手に大暴れして、誰も気付かない方がおかしいよね。


 その現場でボロボロの状態で発見された私は、当然ながら何があったのか聞かれて……散歩していたら、ここで“ブレイズ”と魔物の戦いに巻き込まれたというカバーストーリーを話すことに。


 身長ごと別物に変身しているお陰もあって、私がブレイズかもしれないなんて疑いを持つ人は誰もいなかったんだけど……代わりに、ブチ切れたお兄様を宥めるのが大変だった。


 ブレイズめ、よくも俺の妹を巻き込みやがったな!! みたいな感じで。


 ブレイズは私を巻き込んだんじゃないよ、私を守ってくれたんだよ! って説明しても、なかなか分かってくれなかったんだよね。


 でも、それだけお兄様が私のことを想ってくれてるってことだから、正直嬉しかった。


 それに……私が頑張った甲斐あって、リエラさんのパーティーは最後まで無事に終わったみたいだし。

 守りたかったものは、ちゃんと守れた。それについては、本当に満足だ。


 ……満足しただけで終われたら、良かったんだけど。


「はあ……」


 レバノン領から、王城にある自分の部屋に戻って来た私は、ベッドの上で寝転がる。

 《限界突破リミットブレイカー》を使った反動もあって、全身包帯まるけ。寝返りを打つだけで結構痛い。


 けど、それすら無視して私はゴロゴロと何度も転がっては頭を悩ませ続けた。


「あの子……一体何だったんだろう……」


 思い浮かぶのは、私が戦った氷の狼。その中から出て来た、銀髪の女の子。

 同い年くらいに見えるその子は、戸惑う私を拒絶し、次こそは殺すと宣言した。


 その理由も、分からないままに。


「なんで……あんなこと、したんだろう……」


 私が知っているアニメのラスボスは、確かに"ニーナ"と名乗っていたけど……とても人間には見えない、化け物だった。魔物達の王、魔王を名乗って、世界を侵攻していったんだ。


 けれど、私が対峙した相手はどう見ても人間で、レーナの双子の姉だっていう。

 そんな彼女が"最高傑作"って呼んだのがあの子……"エレン"ちゃん。


「う~……」


 魔物を狩って、ラスボスを倒せばこの国も平和になって終わるって、そう思ってた。ううん、その考え自体は今も変わらない。


 けど、相手が単なる魔物でも化け物でもなく、言葉を交わせる人間なんだって分かっただけで、これまでみたいに殴れる自信がなくなっちゃった。


 エレンちゃんを、それと知らずに殴った時に目にした血の色が、未だに頭にこびりついて離れないんだ。


「あ~~~!」


 自分でもよく分からなくなって、頭をかき乱しながら大の字になる。

 そうしていると、部屋の扉がガチャリと開く音がした。


「アイミュ、様子を見に来たのだけど……大丈夫?」


「あ、お姉様……」


 寝転がったまま目を向ける私の下へやって来たお姉様は、ベッドに腰掛け私の頭を膝に乗せる。


「どこか痛むところは? 力になれることがあったら何でも言ってね」


「ありがとう、お姉様。けど、大丈夫だよ」


「とてもそうは見えないけれど? こんなに眉間に皺を寄せていたら、せっかくの可愛い顔が台無しよ?」


 お姉様の指が私の眉間に触れ、ぐにぐにと揉み解すように動く。

 ふにゃあ、と抜けた声を漏らす私に、お姉様はくすくすと笑みを溢した。


「本当に、大丈夫だよ。……いやその、確かに体は痛いんだけど、それはあんまり関係なくて……」


「体じゃないのなら、心の問題かしら?」


「…………」


 お姉様の声を聞いていると、自然と心の中の言葉が浮かび上がって来る感じがする。

 それに逆らう気も起きないまま、私は気付けばお姉様に吐き出していた。


「お姉様……もし、誰かを傷付けるような悪いことをしている人がいたとして……止めるためにその人を傷付けるのは、正しいことなのかな……?」


 曖昧なたとえ話だし、お姉様を困惑させちゃうかな、と思ったんだけど……私の話を聞いたお姉様は、笑うこともなく真剣に答えてくれた。


「そうね……どんな理由であれ、相手を傷付けるのは悪いことだわ。正義のためだろうと何だろうと、それが悪いことだっていう意識を失ってはいけないと思う」


 けどね、と呟きながら、お姉様は私をそっと撫でる。


「良いことだけが、相手に対する優しさとは限らないとも思うわ」


「……? それって、どういうこと?」


「たとえば、そうね……もしアイミュが間違った道に進もうとしていたら、私はあなたを傷付けることになってでも止めようとする。私が悪いことをした分、アイミュがするはずだった悪いことが少なくなるのなら……それもまた、優しさって言えるんじゃないかしら?」


「お姉様が、私のために悪い子になってくれるってこと?」


「そう。良いことだけじゃなくて、悪いことも半分こ。そうしたら、アイミュがもう一度道を選び直すことも出来るかもしれないでしょう? 私と一緒に」


 もちろん、今のはたとえ話よ、とお姉様は微笑む。


「悪いことも、半分こ、かぁ……えへへ、ありがとうお姉様、私、少し元気が出たかもしれない」


 まだ、人を殴ることへの躊躇が全くなくなったわけじゃないと思う。

 けど、お姉様のお陰で、私なりの正義を拳の中で握り締められそうだ。


「力になれたのなら良かったわ。……あ、そうそう。レバノン家のお嬢さんから、アイミュ宛てに手紙があるわよ」


「リエラさんから?」


「本当は直接伝えたかったけど、あなたが怪我で話せない状態だったから、手紙にしたんですって。起きたら渡してくれって、ルグウィンが預かっていたらしいわ」


「……なるほど」


 それを口実にして、お兄様と話したかったんだろうなぁ、なんて微笑ましく思いながら、私はお姉様から渡された手紙を開いて内容を確認する。


 貴族らしい、長くて回りくどい言い回しが多いけど、要約すると……。


『お体の具合は大丈夫ですか? もし問題ないのでしたら、一度お見舞いに行きますから招待状を送ってくださいな。約束ですからね!!』


「ふふっ……分かってますよ」


 必死な文面を見て思わず笑ってしまいながら、私はこの世界で生まれて初めて貰った友達からの手紙を、大事に畳んで机に仕舞う。


 ……エレンちゃんやニーナのことは、すごく気になる。

 本音を言えば、今すぐにでも部屋を飛び出して殴り込みに行きたいくらいだ。


 けど、私自身《限界突破リミットブレイカー》の反動でしばらく戦えそうにないし、肝心の居場所を見つけ出す術が私にはない。


 一度心を落ち着けて体を癒すためにも、途中で抜け出してしまったリエラさんの誕生日パーティーの続きを開くのもいいかも。


「お姉様、リエラさんに招待状を書きたいんですけど、どうやって書けばいいんですか?」


「もう、アイミュったら、先生から習ったでしょう? ちゃんと覚えなきゃダメよ?」


「あ、あはは……ごめんなさい」


「仕方ないわね、今日は私が教えてあげるから、次からは自分で書けるように、しっかり覚えてね」


「うん! ありがとう、お姉様!」


 こうして私は、リエラさんを王城に招くため、招待状を書き始めるのだった。

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