第12話 リリナの研究所訪問
アイミュが全力を振り絞って謎の少女との激闘を乗り越えた翌日、王都への帰路に着いた頃──レーナの研究所に、一人の訪問客が現れた。
ルナトーン王国第一王女、リリナ・レム・ルナトーンである。
「ようこそ王女殿下! この通り研究に使う物以外何もないチンケな場所ですので、大したおもてなしも出来ず申し訳ありません」
「いいのよ、レーナさん。今回は私が無理を言って押し掛けたんだもの」
にこにこと笑みを浮かべながら座るリリナに、レーナは内心で冷や汗を流していた。
相手は、王国中にその名を轟かせる内政の天才である。
革新的な農法を発明したことによる土地の再生にばかり目が行くが、“発明”ではなく“内政”で有名になった王女が、見た目通りの人畜無害な性格をしているはずがない。
これは絶対に何か掴まれてるなと、レーナは憂鬱な気持ちになる。
「本日はどのようなご用件でしょう? 生憎とボクは王立研究所を追い出された身ですので、殿下が興味を寄せるような研究はありませんが……」
「あら、そんなことはないと思うわよ? 私にとって何よりも関心があるのは、アイミュのことだもの」
「…………」
圧がやべえ、とレーナは心の中で呟いた。
逃げ出したい気持ちが湧き上がってくるが、ここで逃げ出してどうにかなる相手なら苦労は無いだろう。
考えに考えた末、レーナは……両手を挙げて、降参の意思を示した。
「分かった、分かりましたよ、何が聞きたいんですか? 何でも聞いてください」
「ふふ、物分かりが良い人は好きですよ。では、一番重要なところから……アイミュの様子はどう? 大丈夫なの?」
その“大丈夫なのか”という問いには、様々な意味が含まれているとレーナは感じた。
アイミュがここに何度も出入りしていることに不都合は生じていないか、
何より、そうした裏の意図をレーナなら察せられるはずだと、この短いやり取りの間で見抜かれている。
流石は次期国王にもっとも近いとされる天才王女だと、レーナは脱帽した。
「大丈夫ですよ、そこはちゃんと配慮してますので。ただ……アイミュ様はちょっと、元気過ぎるのが悩みどころですね」
魔装鎧にはリミッターもある以上、アイミュであるなら“普通に”使う分には何も問題は無い。
昨日のように、無茶ばかり繰り返せばその限りではないが。
「……そう。全く、アイミュは……昔から、変わらないわね」
懐古、心配、歓喜、悲哀……様々な感情が入り交じるリリナの瞳に、レーナはしばし口を閉ざした。
やがて心の整理がついたのか、リリナが再度話しかける。
「レーナさん、私は近頃頻発している大規模な
「それは、ボクとしては構いませんけども……なんでまた、内密に?」
「この一連の事件の裏には、我が国の中枢に根ざす何者かの手引きがあると考えているからよ」
あっさりと断言するリリナに、レーナはあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。
ボクとアイミュ様の関係より、よっぽど直接口にしたらまずい話なんじゃ? とレーナは思ったが、リリナにそれを気にした様子は無い。
「えーと……一応聞きますけど、根拠は?」
「魔物災害発生の中心と思われる場所をくまなく調査した結果、とある特殊な薬品が使用された痕跡を複数確認したの。それは、王族の名で厳格に流通を制限しているはずの代物。その名は……」
「魔薬、ですか」
先んじてその名を口にしたレーナに、リリナも頷く。
「魔薬は本来、土に大気中の魔力を吸収・撹拌させることで、不毛の土地でも作物が育てられるようにするための薬品よ。けれど、過剰な投与は土地の再生だけでなく、魔物の発生を促進してしまうリスクもある。だからこそ、その流通と使用には細心の注意を払ってきたつもりだった」
「それが、気付かないうちに横流しされてしまっていたわけですね」
「ええ、情けないことに、ね」
悔しげに手を握り締めるリリナを見て、さしものレーナも同情する。
国を豊かにするためにと開発したものが、今まさに国を苦しめる元凶となっているのだ、その心中はとても穏やかではいられないだろう。
「私はこれから、その“裏切り者”を炙り出さないといけない。その間、あなたには魔薬による被害を抑える術を模索して貰いたいと思っているの」
「抑える、というと……」
「より素早く災害発生の予兆を掴む方法でも、発生した災害を鎮圧する特効薬でも……あなたが開発している新兵器の“完成”でも、なんでもいいわ。必要な支援があれば、私からも手配します」
とにかく被害の拡大を食い止められればいいと、リリナは語る。
為政者として語るその言葉に、レーナは率直な疑問をぶつけた。
「被害を食い止めるために必要なら……アイミュ様のことも見逃すと?」
「“王女”として、それが国のために最善だというのなら黙認するわ」
けれど、と。
リリナは変わらぬ笑顔を浮かべたまま、淡々と告げた。
「もし何かあったら……“個人的”に、許さないけれどね」
「…………」
やっぱ怖いこの人、とレーナは内心で呟く。
もっとも、それで尻込みするような大人しい性格なら、最初からアイミュに
「あー……支援してくださるのはありがたいです。お礼ってわけじゃないですけど、今分かっていることを共有しますね。一連の事件の“実行犯”について」
「……!! 教えてちょうだい」
ここに来て初めて驚いた表情を見せるリリナに、レーナは少しだけ勝ち誇る。
早くして? と言わんばかりに睨まれたレーナは、すぐに纏めたばかりの資料をテーブルへ広げた。
「ニーナ・ディストピア。私の双子の姉で、王立魔法技術研究所の元職員。魔装鎧の開発にも関わっていました」
「なるほど、行方知れずだったその人が、魔薬を使って事件を起こしていたと……元職員なら、その頃から密かに後ろ盾となる人物を持っていた可能性が高いわね。心当たりは?」
「そこまでは流石に。何を狙ってこんな事件を起こしたのかも、正直よく分かりません、ただ……」
「ただ?」
「……“誰も魔物の脅威に怯えなくていい世界を作る”。私とニーナが研究者になった動機は、それでしたね」
今となっては懐かしいと、レーナは笑う。
幼い頃、 レーナとニーナの二人は、両親を魔物に食い殺される様を目の前で目撃してしまった。
それ以来、姉妹揃って魔物を憎み、どんな手を使ってでも魔物を根絶させて見せると誓い合ったのだ。
(まあ、魔力がこの世に存在する限り、魔物が根絶されることはないわけで……子供らしい夢物語でしたけど)
今もニーナがあの夢を持ち続けているかどうかは分からない。
しかし、アイミュのデバイス越しに目にしたニーナの眼差しからは、あの頃の熱を未だ失っていないように見えたのだ。
(いや、むしろあの頃よりも、ずっと……)
「情報提供、感謝するわね。それじゃあ、私はこれで」
「ありゃ、もういいんですか?」
双子の姉が実行犯だと告発したのだ、もっと色々詰められると思っただけに、レーナとしては拍子抜けだった。
そんな彼女に、リリナは「ええ」と軽く頷く。
「聞きたいことは聞けたし、確認したいことも確認出来たから。あなたとは、“仲良く”なれそうで良かったわ」
「ははは……それはどうも」
リリナが研究所のドアを開けると、そこには数人の騎士が完全武装で待機しており、顔を見せたリリナに労いの声をかけていた。
(この人、ボクが実行犯の可能性も、アイミュ様を都合の良いモルモットにしてる可能性も考慮して、いつでも武力行使出来るように準備してたんだね……)
モルモットの部分については、持ちつ持たれつではあっても半分事実なので、微妙に否定しづらいのだが……少なくとも、リリナからはギリギリセーフの判定が貰えたと思っていいのだろう。
ホッと胸を撫で下ろすレーナに、「あ、そうそう」とリリナは告げた。
「この研究所に、信頼出来る医療魔法使いを一人派遣するから、健康には“くれぐれも”気を付けてね」
それじゃあ、と去っていくリリナを見送りながら、レーナは思う。
──アイミュ様、ついさっき《
その懸念が脳裏に浮かんだレーナはこの後、どうやって誤魔化せばいいのだろうかと必死に頭を働かせることになるのだった。
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