第11話 氷狼との対峙

 上手く会場を抜け出した私は、魔力溜まりの発生地点へ向かった。


 私の脱走がバレるまで多少時間はかかると思うけど、あまり悠長にはしてられない。サクッと終わらせちゃおう。


「《変身チェンジ炎竜フレアドラゴン》!!」


 炎の鎧を纏った私は、レーナのナビゲートを受けながら現地へ向かう。

 予想通り、領都の目と鼻の先にある小さな森が発生地点だったようで、このまま魔物災害スタンピードにまで発達したら大変なことになるところだ。


 どこか淀んだ森の空気は、密度を増した魔力の気配がそう感じさせてるのかな?


「よし、それじゃあここの魔力を回収して、ちゃっちゃと帰ろう。どうすればいい?」


『事前に渡しておいた、スライムの魔輝核クオーツを手の甲にセットしてください。それで新機能が解放されますよー』


「うん、分かった」


 魔石を砕いて《超過暴走オーバードライブ》を発動するための機構とは別に、魔輝核をはめ込むための穴が手の甲に空けられている。


 そこにセットするのは、スライムの魔輝核。魔力溜まり抜きで街中にも自然発生するほぼ唯一の魔物で、小さな虫を食べるのが限界という非常に弱い存在だ。


 子供でも安全に仕留められるので、魔石を集めるのにも苦労はないけど……代わりに、魔輝核を錬成しても強度が足りなすぎて、どうしても一発で壊れちゃうんだってさ。


 今回はこの力で、魔力溜まりの魔力を回収し、不自然な災害発生の手口を掴む切っ掛けにする。


「《装着セット魔粘体スライム》!! 《暴食吸収グラトニードレイン》!!」


 突き上げた掌に、装着したスライムの魔輝核に、周囲の魔力が吸収されていく。


 よし、これで──


「あら、なんでこんなところに人がいるのかしら?」


「え……?」


 まさか誰かに話し掛けられるとは思ってなくて、虚を突かれる。


 目を向ければ、そこには黒髪黒目、白衣の女性が立っていて……。


「レー……ナ……?」


『いや違いますよ……“あんなの”を私と一緒にしないで貰えます?』


 通信の向こうでレーナは否定してるけど、それでもなお本人だと思うくらいにそっくりだ。


 戸惑う私に、目の前に立つ女性は「へえ」と笑みを浮かべた。


魔装鎧マギアデバイスなんて着けてるからもしかして、と思ったけど……あなた、レーナの被検体なのね? それなら邪魔されるのも理解出来るわ、あの子はお姉ちゃんのことが嫌いだったから」


「お姉ちゃん……?」


「あら、聞いてないの? 私はレーナと一緒に魔装鎧を開発した共同研究者にして、双子の姉……ニーナよ」


「っ……!?」


 魔装鎧の開発者がレーナ一人じゃないことも、追放された魔法科学者が一人じゃないことも知ってたけど……まさか、こんなところで出てくるなんて!?


「でもそうなんだ、レーナは魔装鎧の研究を続けてたのね……ふふ、しかも見たところ、リミッターを付けて“あの時”の事故が起こらないように気を使うなんて、正直──」


 そう言って、ニーナと名乗ったその女性は白衣の裏から何かの薬品が入った瓶を取り出し……無造作に、地面へと放り投げた。


「──ガッカリだわ」


 砕けた瓶から薬品が溢れ、魔力が渦を巻く。


 やがてそれが収まった時、そこには一体のゴブリンが出現していた。


「魔物が……生まれた!?」


『アイミュ様、その女をとっ捕まえてください、そいつが近頃続く魔物災害スタンピードの元凶で間違いない!!』


「う、うん!」


 一体何が起きているのか、なぜ魔物を生み出しているのか、それで何をしようとしているのか……疑問ばかりが頭の中をぐるぐるして纏まらないけど、とにかく捕まえなきゃいけないっていうのは分かる。


 ニーナは次々と薬品を撒いてゴブリンを生み出してるけど、キングゴブリンくらい強力な個体を生むにはあの薬品以外にも下準備がいるんだろう、弱い個体ばっかりだ。


 これなら、押し通れる!!


「てやぁぁぁ!!」


 翼と足から炎を噴き、一気にゴブリン達の懐へ。

 正拳突きで一体を仕留め、左右から迫る個体の拳をそれぞれ回避したら、その頭を掴んで地面に叩き付けた。


 衝撃で地面が割れ、他のゴブリン達も一斉にバランスを崩す。

 その隙を逃さず、一気に殴り倒して数を減らしていった。


「ふふふ、やるわね。まだ若そうなのに、魔装鎧を纏ってそれだけ動けるなんて、よっぽど才能があったんでしょう。でも……」


 そうやって、私がゴブリンの対処に時間を取られている間、ニーナは逃げなかった。


 逃げずに、空へと魔法を放ち……光が、弾ける。


「それが、魔装鎧の限界よ」


「な、何?」


 光に引き寄せられるように、森の奥から足音が迫ってくる。


 警戒して構えを取る私の前に、やがて巨大な氷の塊が飛来した。


「ふふふ、この子が私の現時点での最高傑作……“エレン”ちゃんよ」


「グルルル……」


 ただの氷の塊だと思ったそれは、四本の足を持つ巨大な狼の形をしていた。

 青い輝きを灯した眼に睨まれて、私はゾッとする寒気に襲われる。


「本当は、レバノン家に集まった精鋭騎士達を相手にどれだけやれるのか、そのデータを集めようと思っていたのだけど……魔装鎧の適応者相手なら、有象無象の騎士を相手にするより良いデータが取れそうだわ。精々遊んであげてね」


「ま、待って……!!」


 言いたいことだけ一方的に告げて、ニーナは踵を返す。


 それを追いかけようと走り出して……そんな私の前に、エレンと呼ばれていた氷狼が飛び込み、前足のひと振りで私を弾き飛ばした。


「うわぁぁぁ!! ぐっ、けほっ……!!」


 あまりの威力に、一瞬意識が飛びそうになった。

 地面を転がって木に叩き付けられた衝撃と痛みがギリギリのところで私を現実に繋ぎ止めてくれたのを認識しつつ、私は立ち上がる。


「つぅ……! 何なの、この魔物……!?」


『氷狼、フェンリル……に似たような感じがしますけど、そのものじゃなさそうです。いや、まさか……いくらなんでも、それは……』


 レーナは何か心当たりがありそうだけど、確証が持てないのか口ごもる。


 予想でもいいから教えて欲しい、って言おうと思ったんだけど、あまり悠長に話している暇はなかった。


 その氷狼が、私に突っ込んできたのだ。


「くうぅ!!」


「グオォォォ!! 」


 速い。力も明らかに私より上なのに、この巨体で私より速いなんて反則だよ!!


 こんなので、お兄様達を襲撃しようとしてたなんて……許せない。


「絶対に、ここで仕留める!!」


『アイミュ様、何を!?』


 ガントレットを開き、魔石を放り込む。

 一つ、二つ、そして……三つ目!!


「《魔石装填チャージ》……《限界突破リミットブレイカー》ぁぁぁぁ!!!!」


 ニーナが指摘していた通り、私の魔装鎧にはリミッターが付いてる。それを解除するための鍵になっているのが魔石で、使うほどに段階的にそのリミッターが外れていく。


 三つ目は、リミッターの完全解除。私も十秒以上使えば命の保証は出来ないってレーナから言われている、諸刃の剣だ。

 旧式デバイスなら、尚更。


「だとしても!!」


 それなら、十秒以内に決着をつければいいだけだ。

 決着をつけて、早くニーナを追わないと……これ以上、何かを仕掛けられる前に!!


「うおぉぉぉぉ!!!!」


 全身に炎を纏った私は、氷狼に突っ込む。

 それに対応するように繰り出された前足に、私は拳を合わせて迎撃した。


 砕け散る氷。驚愕の色を宿す氷狼の瞳。


 よし……これなら、いける!!


「グオォォォ!!」


「逃がすかぁ!!」


 氷狼が前足を氷で再生させ、距離を取ろうとする。

 パワーで押し切れないと見てスピード勝負に出たのかもしれないけど、今の私ならスピードでも十分こいつについていける。


 そう思って、真っ直ぐ飛び出して……。


『アイミュ様、罠だ!!』


「えっ……?」


 途中でくるりとこちらを向いた氷狼の口内に、青白く輝く膨大な魔力が渦巻いていることに気付いた。


 距離を取ろうとしたのは、この一撃を放つのに必要な魔力を練り上げる時間を稼ぐため……!? しかも、私に気付かれないように顔を隠して。


 こいつ……知性がある!?


「オォォォォン!!」


「あぁぁぁぁぁ!!」


 咆哮と共に絶対零度のレーザーが放たれ、私を襲う。

 それに対して、私は全身から炎を噴き上げて防いでみたんだけど……それでも、このまま氷漬けにされそうなくらい寒い。


「負ける、もんか……」


 魔装鎧を纏ったこと、本当にこのまま家族に内緒にしていていいのかどうか、迷ってることはたくさんある。


 けれど……家族を守るために、家族みんなが愛するこの国を守るために魔装鎧を纏った、その気持ちに偽りはない。


 このレバノン領を、お兄様の婚約者になるかもしれないリエラさんの大切なパーティーを、こんな魔物なんかに……!!


「めちゃくちゃにされて、たまるかぁぁぁぁ!!!!」


 炎の勢いを限界を超えて引き上げ、拳に一点集中。


 氷のレーザーごと、真正面からぶち抜く!!!!


「《炎拳ブレイズブラスター》ぁぁぁぁ!!!!」


 渾身の一撃が氷狼の攻撃を貫き、その体に届く。

 氷を打ち砕き、肉体をバラバラにして──


「……へ?」


 鮮血が、舞った。


 私じゃない。目の前の氷狼から、魔物だと思っていたそれから、血が噴き出したんだ。


「なんで……」


 魔力だけで構成された魔物の体に、血は通わない。

 もし通っているとすれば、それは……魔物じゃないってことを意味する。まして。


 砕けた氷狼の中から、小さな女の子が血を吐きながら飛び出してくれば、疑う余地もない。


 地面を転がり、力無く倒れ伏すその子の前で、私は呆然と立ち尽くした。


「わ、私は……何を……」


 魔物だと思って殴った。倒すつもりで、容赦なく、全力で。


 だから……私は、今、この子を……この手で……。


「ぐっ、うぅ……!!」


「っ、気が付いたの!? 大丈夫!?」


「近付く、な……!!」


「きゃあ!?」


 慌てて駆け寄ろうとする私に向けて、女の子が片手を振るう。


 それに合わせて繰り出された氷の礫に吹き飛ばされた私は、そのまま地面を転がっていく。


「今日は……はぁ、ぜぇ……油断した、だけだ……次は、必ず……お前を、殺す……!!」


「あ……待って……」


 そのまま走り去っていく女の子に向けて、私は小さく手を伸ばそうとして……力尽きて、変身が解けた。


「どうして……こんな、ことを……」


 そんな私の問い掛けは誰に届くこともなく、虚空に消えていくのだった。

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