第10話 レバノン家の誕生日パーティー
お兄様に、ものっすごい泣かれてしまった。
隠れて戦った挙句、帰ろうとしたところで不意打ちされて、戻って来るのに時間がかかっちゃったんだよね……お兄様、列車から飛び降りてまで戻ろうとしてたし、本当に焦ったよ。
でも、列車に乗っていた人に被害はなかったみたいだし、そこは頑張った甲斐があったかな。
みんな無事で良かった良かった──
「あいだだだだだ!? ニア、痛いーー!!」
「我慢してください、ちゃんと処置しなければ痕が残りますよ」
襲撃された列車で何とかレバノン公爵領まで到着したんだけど、負傷者は全員駅の休憩室を占領するような形で、地元の医者に治療されていた。
当然、私もかなりの怪我をしたから、衝立で仕切られたベンチの上で手当てを受けてるんだけど、やってくれてるのはメイドのニアで……やり方が結構容赦ない。
なんでも、王家付きのメイドになるのに医療の心得も必要らしくて、魔物と戦う騎士団にも同行したことがあるんだってさ。
だから腕は確かなんだろうけど、出来ればもうちょっと優しくやって欲しいな~~?
「……無事で良かったです。本当に」
「ニア……うん、ありがとう」
ニアは乗車中、私がお兄様と兄妹水入らずの時間を過ごせるようにって、隣の車両にいた。
そのことを後悔しているような口ぶりに、私の胸中から罪悪感が湧き上がる。
──このまま、
魔装鎧はかつて死人すら出した危険な試験兵装だ、正直に話したら絶対に私はそれを纏えなくなるって思ってたけど……そんな我儘のために、これ以上みんなに心配をかけていいのかな……。
「アイミュ様?」
「あ、ううん、なんでもない」
何を考えてるんだろう、私は。
この国の破滅の未来を知っているのは私だけ。
具体的に何が起こって国が滅ぶのかまでは分からない以上、私が直接戦う力を持っておくことは理に適ってる……はず。
そう自分に言い聞かせて、治療を終えた体をドレスで包んだ私は休憩室を後にする。
すると、外で待っていたお兄様が、私を見て安堵の息を漏らした。
「アイミュ、怪我は大丈夫か? まだ痛むか?」
「平気だよ、ニアがちゃんと治してくれたから。今すぐ訓練だって出来ちゃうよ!」
普段時間がある時に相手をして貰っている、体術の特訓。
その構えを取って元気さをアピールすると、お兄様は私の頭をいつになく優しい手付きで撫でてくれた。
「それを聞いて安心したよ。だが、訓練はちゃんと完治するまでは無しだ。公爵家の誕生日パーティーも……こんなことがあったんだ、今回は参加を見送ったっていい」
お兄様……いつもいつも私に厳しいけど、こうやって心配して貰えると、やっぱり優しい人なんだなって実感出来る。
本音を言えば、貴族の社交場なんて私みたいな“お転婆”には荷が重いし、休めるものなら休みたい。
でも。
「本当に大丈夫だから、気にしないで。私もちゃんと参加するよ!」
「そうか……無理はするなよ」
「うん!」
実は、今回の列車襲撃についてレーナと連絡を取ったところ、困った考察を聞かされたんだ。
──これまでと違って、明らかに最初から明確な目的を持って魔物の群れをけしかけられてるって。
どういう手段で魔物を発生させているかは分からないけど、今までは“発生させること”が目的だったのに、今回は“魔物を使って何をするか”まで考えられているんじゃないかって。
……実験が進んで、“敵”の計画が次のステップに移ったかもしれない。
そうなると、大勢の貴族や王族さえも集まるパーティー会場は、格好の標的になる可能性があるんだって。
もちろん、予想に予想を重ねた、確証のないただの推測に過ぎない。散々警戒した挙句、全然関係のないところが襲われる可能性だって十分にある。
それでも……レーナの予想を信じなかったことでお兄様を危険に晒すくらいなら、信じたけど盛大に空振りして、徒労に終わってくれた方が遥かにマシだ。
「お姉様も、お兄様も……この国も全て、思い通りになんてさせない」
今度こそ、私は大事なものを守り抜くんだ。そのために、魔装鎧を纏ったんだから。
改めて自分自身の原点を思い出した私は、誰も見ていないところで小さく拳を握り締めた。
「ほえー、ここがレバノン公爵家……すっごい立派なお屋敷だな〜」
予想外のトラブルもあったけど、何とかパーティーに参加出来た私は、会場となったお屋敷の中で興味津々にあちこち歩き回っていた。
挨拶はここに来た時に一通り終わらせてあるので、後は終わるまでここの料理を堪能しつつ……何か起こった時のために、脱出路を確認しておくくらいかな。
普段はレーナが(勝手に)騎士団の通信をジャックして情報収集してくれてるけど、今回は騎士団よりも私達の方が先に気付く可能性だってあるわけだし、ちゃんと警戒しておかないと。
「あら、アイミュ王女殿下。我が家のパーティー、ご堪能頂いておりますか?」
「んむ?」
口に食べ物を詰め込みながら振り返ると、そこにいたのは紫色のウェーブがかった髪を持つ、少し年上の女の子だった。
ついさっき顔を合わせたばかりなので、流石に名前はすぐに分かる。
レバノン公爵家令嬢、リエラ・レバノン。今日の主役だ。
「んくっ……はい、料理がどれも美味しくって、すごく楽しませて貰ってますよ!」
「そ、そのようですね……」
口に入っていたものを飲みこんで答える私に、リエラさんは若干顔を引き攣らせている。
まあ、私の顔くらい大きなお皿を持って、その上にタワーみたいに料理を積み上げてるわけだし、気になるのは当然だよね。
でも仕方ないじゃん、魔装鎧の起動はお腹が空くんだよ、多分。
「こほん。元気なのは良いことですが、もう少し節度を持った方が良いのではなくて? あなたも王族なのですから、その名を貶めるような真似は慎むべきですわ」
「うぐ……」
まさかお兄様以外の人にまで苦言を呈されるとは思ってなくて、思わず目を逸らしてしまう。
そんな私に、リエラさんは更に詰め寄って来た。
「いいですか、あなたの評判はあなただけのものではないんです。あなたが何かをしでかすと、それがそのまま兄上であるルグウィン殿下の評判にまで響くのですよ、少しは自覚なさったら?」
「うぐぐ……」
ぶっちゃけ、何も言い返せない。
私の"お転婆姫"っていう呼び名は王都の人達にはそれなりに人気があるんだけど、王族としてそれはどうなんだっていう声も同じくらい大きいから。
ただ、そうやって手厳しいことを口にするリエラさんを見て、ちょっとだけ気になることがある。
少し、探りを入れてみようかな?
「お兄様にも、いつも怒られています。お兄様は私と違って模範的な王族で、頭も良くて、何より強いですから。ここに来るまでの間に私達の乗る列車が魔物の襲撃を受けたのは既にご存知かと思いますが、お兄様は誰よりも前に出て私達を守ってくださったんですよ。本当にカッコよかったです」
「ふふふ、そうですわよね。ルグウィン殿下ほど素敵な殿方もおられません。だからこそ、実の妹であるあなたもしっかりしなければならないのですわ!」
私がお兄様をベタ褒めすると、これ以上ないくらい分かりやすく頬を染めて……そこから一転し、私を糾弾する。
もはや誰が見ても明らかなその態度に、私はついニヤケ顔になってしまう。
「何を笑っているんですの? 私は真剣に話しているんですのよ!」
「あはは、ごめんなさい」
リエラさんが、お兄様の婚約者候補だっていうのは知っていたけど……リエラさんもお兄様のことを好いてくれているみたいで、正直ホッとした。
お兄様の立場じゃ、結婚相手なんてほぼ選べない。だからこそ、お兄様のことを大切にしてくれそうな人が候補者になってくれているのは嬉しい。
「私、リエラさんともっと仲良くなりたいです。もっとお話しましょう!」
「私の話を聞いておられますの!?」
笑う私に、ぷんすかと怒りを露わにするリエラさん。
少しばかり弛緩した空気の中、リエラさんと話を続けようとして……ふと、視界の端で騎士の人達が険しい表情で何か耳打ちしている姿を目にした。
もしかして、と思っていると……私の
『アイミュ様、どうやらレバノン公爵領で魔力溜まりの発生が確認されたみたいなんですが……そっちの様子はどうです?』
「うん……直接確認してはいないけど、その通りだと思う」
小声で通信に答える私に、リエラさんは「何をボソボソと独り言を呟いてますの?」と眉を顰めているけれど……悠長に説明している時間もない。
「すみません、急用が出来たので、私はここで!! 今度、王城でお話しましょう、招待状書きます!!」
「あっ、ちょっと!?」
リエラさんへの言い訳もそこそこに、私は走り出す。
今日という今日こそは、魔力溜まりが
そんな決意を胸に、会場を飛び出すのだった。
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