第8話 魔導列車の旅

 レバノン公爵家が開く誕生日パーティーに参加すべく、私は生まれて初めて魔導列車に乗車していた。


 前世の新幹線ほどは速くない、蒸気機関車が蒸気の代わりに魔力の残滓を撒いてる感じのその列車に、私は「おお〜」とはしゃぎながら窓の外を眺めている。


「ねえねえお兄様、こんな風に魔力を出して、魔物が出たりしない? 大丈夫?」


「列車から放出する魔力は、魔物化を防止するために、より広範囲に薄く拡散するよう特殊な処理が施されている、問題ないさ。……それよりアイミュ、ちゃんと座ってろ、はしたないぞ」


「はーい」


 対面に座っているお兄様に指摘され、私は大人しくシートに座り直す。


 前世の電車に比べたら結構揺れるのに、お構い無しに読書しているお兄様をじっと眺め、酔わないのかなぁ、なんて素朴な疑問を抱いていると……それに気付いたお兄様が、不意に顔を上げた。


「どうした、何か話したいことでもあるのか?」


「んー? お兄様、こうして見るとイケメンでカッコイイなーって」


「ぶっ!! げほっ、ごほっ」


「……大丈夫?」


 まさかそんなに驚かれるとは思ってなかったから、正直私の方がびっくりしたよ。


 そんな私に、お兄様は恨めしげな眼差しを送る。


「全くお前という奴は……間違っても見知らぬ男にそんなことを言うなよ。妙な勘違いをされたら面倒なことになるからな」


「しないよ、それくらい私も分かってるもん。ただ、これからお祝いに行くご令嬢って、お兄様の婚約者候補なのかなーって思ったら、気になっちゃって」


 相手の令嬢は、私より二つ年上の十四歳、お兄様より一つ下という、ほぼ同年代の相手らしい。


 王族と公女様で家格も十分釣り合ってるし、候補くらいには入ってるだろう。


 そんな私の予想を裏付けるように、お兄様は頷く。


「今回招かれたのが俺だったのも、当然そういう意図あってのことだろうな」


「だよねー。……あれ、その口ぶりだと、私ってもしかして招待されてないの?」


「お前にもそろそろ同年代の友人が必要だろうと、俺が捩じ込んだ」


 まさかのお節介が発覚して、私は目を丸くする。


 そんな私に、お兄様は呟いた。


「俺も、いつまでお前の相手をしてやれるか分からないからな……今のうちに、繋がりを作っておこうと思ったんだ」


「それは……お兄様が国王になるための教育で忙しくなるから、ですか?」


「いや、国王は姉さんに任せるよ。俺の仕事はこっちだ」


 そう言って、お兄様は腰の剣を軽く叩く。


 ……この世界は、どの国も常に魔物の脅威に晒されている。

 その上で、生物学的に女性より男性の方が強力な魔法を操れるとなれば、たとえ王族であろうと可能な限り男は戦場に立たなきゃいけなくて……結果的に、残された女性が王様になって国を纏めるようなケースも多い。


 特に私達は、お姉様が飛び抜けた内政の才能を持っているから、そのまま王に……っていうのは、私も分かる。


 分かるけど……。


「……どうした、アイミュ?」


 私が席を立ってお兄様の膝の上に移動すると、お兄様が驚いた声を上げる。


 それをスルーして、私はお兄様の胸に体を預けた。


「ちゃんと長生きしてくださいね、お兄様。私がおばあちゃんになる前にいなくなったりなんてしたら、許しませんから」


 いつも口うるさくて、怒ってばっかりで、訓練になると容赦のない鬼畜で……私の将来を誰よりも案じてくれている、優しいお兄様。


 そんなお兄様には、幸せになって欲しい。


「アイミュ……」


 言葉に迷うように私の名前を口にしたお兄様が、私のことをそっと撫でる。


 約束はしてくれないの? と抗議するように見上げる私に、お兄様は苦笑を浮かべて……。


 ガタンッ!! と列車が大きく揺れた。


「きゃっ!?」


「何事だ!!」


 お兄様が咄嗟に私を抱き抱え、腰の剣に手をかける。

 そのカッコ良さに惚れ惚れする暇もないままに、私達の乗る車両へ、使用人の一人が慌てた様子で駆け込んで来た。


「魔物の襲撃です!! ブラックバットの群れが、この列車を襲撃しております!!」


「ブラックバットだと!? 数は!?」


「百か、二百か、それ以上か……とても数え切れません!! 現在この列車に乗っていた騎士の方々が対応しておりますが、長くは持たないと──」


 その瞬間、窓ガラスが割れて一体の魔物が車両に入り込んで来た。


 黒い体を持つ、大きなコウモリ。それが迷わずその使用人に組み付いて……凶悪な牙を首に突き立てようとする。


「うわぁぁぁぁ!?」


「させるかッ!!」


 お兄様が引き抜いた剣を投げ飛ばし、今まさに使用人の命を奪おうとしていたブラックバットを貫く。


 列車の壁に磔にされたブラックバットは、しばらく逃れようともがき苦しんだ末、力尽きるようにその体を魔力に変えて消えていった。


「た、助かりました、ルグウィン殿下……」


「呆けている暇はないぞ、早く動け」


「へ……?」


 動けと言われても、とばかりに呆然とする使用人へ、お兄様は鋭く一喝した。


「乗客を全員、第一車両へ集めろ!! 第二車両以下を切り離し、魔物に対する囮とする!!」


「えぇ!? し、しかし、第二車両には燃料である魔石が載せられており、それを切り離してしまうと……」


「燃料など魔物さえやり過ごせばどうとでもなる!! 天井なり壁なりに穴を空ければ、魔物達の目は間違いなくその魔石に向くだろう、その間に振り切るんだ!! 急げ!!」


「は、はいぃ!!」


 お兄様の怒声を聞いて、使用人は弾かれたように這って前の車両を目指す。


 確かに、魔物は自身の体を維持するため、より多くの魔力を狙って襲撃してくる。


 より多くの魔力を持ち、弱いものを優先して狙うという魔物のロジックを元に考えるなら、ただの石ころでありながら人間並の魔力を持っている魔石は、確かに魔物にとってこれ以上ないほどの餌だろう。


 お兄様の口ぶりから察するに、その魔石にも魔物達を呼び寄せないように工夫がされてたんだろうけど……多分、壁に穴が空くとそれが解けるんだろう。


 その上で、囮に使うと。


「アイミュ、お前も急げ」


「お兄様は!?」


「俺はここでブラックバットと戦い、時間を稼ぐ」


 そう言うと、お兄様は天井を魔法で撃ち抜いて風穴を空け、跳び上がった。


「心配するな、こんなところで死ぬつもりはない」


「うん……お兄様、気を付けて……!」


 そう言って、私も先頭車両を目指して走り出す。


 もちろん、このまま逃げるつもりなんてない。お兄様の目がなくなったところで、私は──列車から飛び降りた。


「《変身チェンジ》・炎竜フレアドラゴン!!」


 列車が現在走っているのは、ちょうど山と山の間を抜ける峡谷地帯だった。

 レールが敷かれた高い橋の上から飛び降りた私は、その途中で光に包まれ、真紅の鎧を装着する。


 手足が伸び、背中に炎の翼が展開したところで、それに点火。勢いよく、列車の上に舞い戻った。


「やあぁぁぁ!!」


「っ、お前は……まさか、ブレイズ!?」


 群がっていたブラックバットを蹴散らして、お兄様の傍に着地する。


 私を見て驚いているお兄様へ、私は一言だけ告げた。


「私も手伝う。今は目の前の敵に集中して」


「……分かった、そうしよう」


 お兄様が剣に魔力を纏わせて震えば、光の斬撃が宙を飛び回るブラックバットを斬り裂いていく。


 それに負けじと、私も拳と蹴りで蹴散らすんだけど……数が多すぎて、手が回らない。


 せめて、レーナの新型デバイスの調整が終わってればなぁ……!!


 私が今装着しているのは、旧型デバイスだ。《超過暴走オーバードライブ》の負荷も大きいし、出力だって一段劣るし、何より稼働時間に制限がある。


 一応、魔力溜まり採取のための機能だけは出発前に突貫で付けてくれたんだけど、一回で壊れて使えなくなるって話だったし……既に魔物が発生し終えたこの場面じゃ、意味が無い。


 ここは、お兄様の作戦が遂行されるまで、ここで誰よりも魔力を撒き散らして目立つしかないか!


「ルグウィン殿下!! 乗客の移乗完了しました、いつでもいけます!!」


「よし……!! おいブレイズ、お前も来い!!」


 騎士達が頑張ってくれたのか、思いの外早く移乗が終わり、車両の切り離し準備も終わったみたい。


 とはいえ、私とお兄様が戦っている場所は最後尾の車両だ、ここから先頭まで移動するには時間がかかるし、何よりせっかく引き付けたブラックバットまで連れていくことになる。


 それなら……!!


「行くのは……あなただけだよ!!」


「なっ……!?」


 お兄様の腕を掴み、先頭車両に向けて投げ飛ばす。


 上手いこと騎士達がお兄様をキャッチしてくれたのを確認した私は、思い切り叫んだ。


「第二車両への穴は私が空ける、早く切り離して!!」


「バカな、お前はどうする気だ!?」


「私は自力で空を飛んで撤退出来る!! いいから急いで!!」


 お兄様がいなくなったことで、ブラックバットの私に対する圧が増えた。


 手足が引っ掻かれ、肩に噛み付かれて、痛みに堪えながらそれを全て振り解く。


 そんな私を見てお兄様も意を決したのか、騎士達へ指示を出した。


「っ……!! 切り離せ!!」


「はっ!!」


 車両が一度大きく揺れ、先頭車両だけが離れていく。


 それを確認した私は、魔石が積み込まれた第二車両まで飛んでいき……拳一閃、風穴を空けた。


『キキキキ!!』


 お兄様の読み通り、車両の中から顔を覗かせた魔石の山に目が眩んだのか、私を無視してそれに殺到するブラックバット達。


 そこまで確認したところで、私も急いでその場から離脱した。


「私がいなくなってることに気付かれる前に、戻らないと、ね!!」


 透明化の魔法を自分にかけながら、私は大急ぎでお兄様のいる先頭車両へと飛んでいく。


 しかし……透明化の魔法は、本当に少し相手の目を誤魔化すくらいしか効果がない。


 そう、例えば……既に私と敵対していた魔物には、ほとんど意味がない魔法なのだ。


『キキェーーー!!』


「っ、しまっ……!!」


 魔石にしかもう目が向いていないだろうと油断した私の下に、一体のブラックバットが飛来して。


 その牙が、容赦なく私の体に突き立てられるのだった。

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