第21話 リリナの想い
「アイミュがいない……? また抜け出したのか? この大変な時に……いや、逆に良かったのかもしれないな、魔物に襲われずに済んだのだから」
突如王城内で発生した魔物への対処に追われていたルグウィンは、王城の廊下を歩いている最中にその一報を聞き、溜息を溢した。いつものアレか、と。
しかし、その情報をもたらしたリリナはといえば、珍しく切羽詰まった表情で首を横に振る。
「いいえ、違うわ。あの子は今王都にいないの。レバノン家のリエラさんと一緒に誘拐されたんだと思うわ」
「何……!? いや待て、姉さんはどうしてそれを知っているんだ?」
別にリリナを疑っているわけではないのだが、魔物襲撃の際に真っ先に避難させられたはずの彼女がなぜそれを知っているのか、純粋に疑問だった。
それに対して、リリナはきょとん、とする。
「そんなの、アイミュに毎朝発信具を付けているからに決まっているでしょう?」
「…………」
発信具とは、特定の波長で一定周期ごとに微弱な魔力を放つ魔道具のこと。
その“特定の波長”を感知するための受信具と組み合わせることで、対象の動向を常に把握出来る便利な物、なのだが……少なくとも、本来は家族に付けるような物ではない。
いや、アイミュの脱走癖を考えれば、付けられるのも納得かと思わないではないが……それならば、アイミュがいないと普段から騒ぐ騎士達に居場所を伝えない理由がないだろう。
つまりそれとは別に、ごく個人的な理由で付けているのだと考えられる。
「……そうか」
たっぷりと時間をかけて悩んた末、その一言だけを何とか捻り出したルグウィン。
何か変なことを言ったかしら? と素の表情で首を傾げる
「ともかく、一国の王女が王家の名の下に保護している令嬢と共に誘拐されたとなれば一大事だ、すぐに救助隊を編成しなければ」
「ええ、お願いね、ルグウィン。あの子は今戦えないはずだから、あなただけが頼りよ」
まるで今でなければ戦えると言わんばかりの台詞回しには、違和感を覚えるルグウィンだったが……続く言葉に、そんな些細な疑問はすぐに吹き飛んだ。
「私は……守られることしか出来ないから……」
不世出の天才と言われながらも、体の弱いリリナは普段の生活からメイドや周囲の人間の助けを借りながら生活している。
実の所、社交の場にも滅多に顔を出さないため、口さがない者の間では「リリナ王女は本当は存在しないのてはないか」などと噂されるほどだ。
いつになく弱気な姉を見て、ルグウィンは力強くその手を握り締める。
「そんなわけがないだろう。姉さんがいてくれたお陰で、俺達がどれだけ助けられて来たと思っている? 姉さんがいなければ、今なお飢えに苦しんでいた民がどれだけいると……」
「……その力で、助けた数以上の民の命を奪うことになっても……?」
リリナの一言で、ルグウィンもしばし口を噤んだ。
近頃頻発する魔物災害が、何者かの手による人災であること。そして、それを実行するための凶器として、魔薬が使われていることは、既に王家も把握している。
今回の王城襲撃事件も、本来農地用にと生産させた魔薬に紛れ、魔物を生み出す悪性の魔薬……“魔造薬”が混入させられていたことによって発生したのだ。
自分の作った薬品のせいで、民を……愛してやまない妹さえも傷付けてしまった事実に、想像以上に弱っているのかもしれない。
「関係ない。姉さんは今も俺の誇りだ」
「……ルグウィン」
「姉さんは何も悪くないんだ、気に病まないでくれ。こんなふざけた行いで姉さんの功績を汚す馬鹿どもには、俺が必ず天誅を下してやる」
真剣な眼差しで語る弟の姿に、リリナは思わず噴き出してしまう。
思わぬ反応に目を丸くするルグウィンに、リリナはおどけた調子で言った。
「そういう格好いいセリフは、将来の奥さんにとっておきなさい。もったいないわよ?」
「姉さん……今はそういう話をしている時じゃ……はぁ、まあ、元気になってくれたのならそれでいいさ」
頭を掻きながら、手を離す。
そんなルグウィンに、リリナもまた改めて真剣な眼差しを向けた。
「アイミュのこと、お願いね。あの子は私に似て……ううん、私以上に、誰かを頼るのが苦手な子だから」
「……ああ、任せろ。颯爽と助け出して、あいつに兄の偉大さってものを見せ付けてやるさ」
いつになくおどけてみせるルグウィンに、リリナの不安も少しばかり和らぐ。
最後に、アイミュの居場所を示す受信具と一緒に、ある物を託した。
「姉さん、これは……アイミュがいつも着けている腕輪か。確か、例の騎士の形見だと言っていたな」
「ええ、毎日着けていたせいで壊れかけていたから、私が預かって少し修理していたの。……アイミュに必要なものだから、返してあげて」
「……ああ、分かった」
どこか意味深な言葉だと思ったが、ルグウィンは何も聞かなかった。
何も聞かず、ただリリナを信じて腕輪を大事に懐へ仕舞う。
「行ってくる」
「ええ……行ってらっしゃい。気を付けてね」
踵を返し、ルグウィンが走り出す。
その背中が見えなくなるまで、手を振って見送ったリリナは……堪えきれない吐き気に耐えるように、口元を手で覆った。
「全く……本当に、酷いお姉ちゃんね、私……」
アイミュは止めても聞かない。きっと
しかし、そんなアイミュの性格を知っていて、咎めもせずに都合よく利用しているのは、紛れもないリリナ自身の判断だった。
「アイミュの力は国のためになる。アイミュ自身もそれを望んでいて、そのために毎日訓練だって頑張っていて……あはは、全部言い訳ね、こんなの」
秘密裏に戦うアイミュを表立って支援しないのは、使えば命を落としかねない魔装鎧をこのタイミングで神格化し過ぎないため。僅か十二歳の王女を前線で戦わせることへの批難を避けるため。
理由はいくらでも思い付くが、一番大きいのはルグウィンに知られないためだった。
他の誰かならまだしも、ルグウィンは絶対にアイミュが戦うことを認めない。どんな手を使ってでも、アイミュと絶交することになってでも止めようとするだろう。
それでは困るから、隠しているのだ。
アイミュの力は、この先も必要になるのだから。
「お願い、無事に戻ってきて、アイミュ……私は、あなたが元気に過ごしてくれさえすれば、それだけで……!!」
個人としての願いと、王女としての目的。
決して交わらない二つの思いに板挟みになりながら、リリナはただ一人妹の無事を祈るのだった。
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