第20話 囚われのアイミュ
「う……?」
気付いた時、私はどこか寂れた石造りの部屋の中で、椅子に縛られる形で座らされていた。
頭がボーっとして、状況が理解出来ない。
「ここは……?」
「あら、気が付いたかしら」
「っ……ニーナ、さん……」
顔を上げると、そこにはいつもの白衣姿をしたニーナさんの姿があった。
その隣には、ニアの姿もある。
「これは……どういうことですか?」
「見ての通りよ。彼女の手を借りて、あなたを誘拐して貰ったの」
「…………」
ニーナに話を向けられて、ニアは無言のまま目を背けた。
聞きたいことはたくさんあるけど……その前に、まず。
「リエラさんは? ここにいるんですか?」
「ふふふ、どっちだと思う?」
「はぐらかさないでください!」
「あらあら……他人のことになると、余裕がなくなるのね。そういうの、嫌いじゃないわよ」
余裕の微笑みを浮かべるニーナさんに対して、私はじっと睨み付ける。
そんな私に、ニーナさんは「大丈夫よ」と告げた。
「彼女は隣の部屋で寝かせてあるわ。今のところは無事よ」
「今のところは、ですか……」
「私の目的はあなたであって、あの子じゃないから。けど……せっかく手に入った貴重な被検体だし、使ってみるのも悪くないわね?」
「やめてください!! 何かしたいのなら、私にすればいいじゃないですか!! リエラさんは解放してください!!」
そう叫ぶと、ニーナさんはその言葉を待っていたとばかりに、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「ええ、あなたが協力してくれるのなら、あっちのお嬢様に手を出すメリットはないもの。約束は守ってあげる」
準備してくるわね、なんて言いながら、ニーナさんが部屋を後にする。
あの人が約束を守る気があるかどうか分からないけど……どっちにしても、デバイスを持っていない今の私には、言うことを聞きながら様子を見ることくらいしか出来ないし。
ともかく……これで二人きりになれた。
「ニア……どうして?」
「…………」
まさか、ニアがニーナさんと繋がってるだなんて思ってもみなかった。
私にとっては、小さな頃からずっと専属としてお世話してきてくれた人だから、余計に驚いてる。
理由を知りたくて問い掛けた私に、ニアはくるりと背を向けた。
「私は元々、隣国の……グラナド帝国の人間です。帝国の指示でスパイとして密入国して、王家に取り入って情報を流すのが役目でした。……はは、そうと知らずに私に懐くアイミュ様の姿は、本当に滑稽でしたよ」
「……そうだったんだ」
よくよく考えてみれば、私……ニアが元々どこの出身で、私のメイドになるまでどういう暮らしを送ってきたのか、全然知らなかったな。
ニアが意図的に、そういう話になるのを避けていたっていうのもあるんだろうけど……。
「ごめんね、ニア。気付いてあげられなくて」
「は……? 話を聞いていましたか、アイミュ様。私はスパイなんですよ? あなたなんかに気付かれるようなヘマを犯していたら、とっくに処刑されています」
「それでも……ニアがそんな辛い役割をこなしていたのに、私には何も出来なかったから。だから、ごめん」
ニアがこれまで私に向けてくれた笑顔が、全部嘘だったなんて私は思わない。
そうでなくとも、いつ秘密がバレて殺されるかも分からない状況で、私みたいな“お転婆姫”のお世話をするのは、本当に大変だったはずだ。
そのことについて謝ると、ニアはようやく私の方を見て……瞳に涙を滲ませながら、吐き捨てた。
「このお人好しが……! そんなアイミュ様だから、私は……くっ……!」
「あ……」
私を置いて、ニアが去っていく。
ふぅ、と息を吐き出した私は、天井の染みを数えながら呟いた。
「……暇だなぁ」
一応、何とか縄抜け出来ないかなって試してるんだけど、全然全くビクともしない。
魔法もなぜか使えないし、椅子自体が地面に固定されていて動かせそうにない。
こうやって何もせずにじっとしている時間なんて、それこそ私の記憶には全くと言っていいほど覚えがないので……退屈だ。
ニアやお兄様には、よく落ち着きがなさ過ぎるって怒られてたけど……我ながら、否定出来ないや。
「お前……この状況でよく笑えるな」
「あ……エレンちゃん!」
部屋の入口から声がしたので目を向けると、口の悪い銀髪の女の子が立っていた。
大きめのローブで全身を覆っているから一瞬分からなかったけど、この場所でこんな風に話しかけて来る子供なんて他にいないし。
「元気だった? 会いたかったよ」
「はっ……本当に余裕だな。お前、自分の立場分かってんのかよ」
「ニーナさんの実験台にされるんでしょ? けど、それでリエラさんを見逃してくれるなら……ひとまずは、それでいいかな」
私だって死にたくはないし、化け物にもなりたくない。
けど、レーナの予想が正しいなら、私の体はニーナさんにとって、めちゃくちゃ貴重なサンプルのはず。
そう簡単には殺されたりはしないだろう……多分。
「お前はニーナの実験がどんなものか知らないから、そんなことが言えるんだ。痛みのあまり泣き叫ぶお前を見るのが、今から楽しみだよ」
「……心配してくれてるの? ありがとう」
「っ……! 何をどう解釈したら、今のがそういう話になるんだよ、クソが!!」
怒ったエレンちゃんの拳が、私の頬に叩き込まれた。
流石に、痛い。
口の中を切ったのか、鉄臭い血の味が唾液に混ざって気持ち悪い。ここでペッてしたら怒られるかな?
そんな私の胸ぐら掴んで、エレンちゃんは叫ぶ。
「調子に乗るなよ!! お前なんか、ニーナからしたら使い捨ての実験台でしかないんだからな!! やることやったら、どうせすぐに捨てられる……私と違ってな!!」
「…………」
あまりにも必死なエレンちゃんの様子を見ていると……まるで、捨てられたくないって叫んでいるように見えた。
「ニーナの研究を完成させられるのは私だけだ!! 魔人になるのは私の役目であって、お前じゃない……!! 分かったか!?」
「うん……分かったよ」
エレンちゃんが、どれだけニーナさんを大事に思っているのかはよく分かった。
でも……こうして必死になっている様子を見ていると、とても相思相愛には見えない。
「ねえ、エレンちゃん。前に私に言ったこと、覚えてる?」
「ああ……? なんの事だよ」
「ニーナさんのこと、何にも知らないのに、勝手なこと言うなって……だから、教えてくれない? エレンちゃんから見て、ニーナさんがどんな人なのか」
「…………」
「私はまだ、諦めてないから。ニーナさんと、エレンちゃんと……ちゃんと話し合って、戦わずに手を取り合える未来。そのために……教えて欲しいな」
真剣に見つめる私に、エレンちゃんは何度か口を開きかけて、また閉じて……そんなことを何度か繰り返したところで、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「あら、早速二人でお喋りだなんて、随分仲良くなったのね」
「ニーナ!!」
「……ニーナさん」
エレンちゃんが弾かれたようにニーナさんの下へ行き、頭を撫でられてる。
仲良しだな……なんて、そんな感想を抱きたいところだけど、ニーナさんの目はずっと私を見つめていた。
「さて……それじゃあ、そろそろ始めましょうか。楽しい楽しい実験の時間を」
「……お手柔らかにお願いしますね」
手にした注射の先から、不気味な紫色の液体を滴らせるニーナさんに、私はそう切り返して。
これから待ち受ける運命を、黙って受け入れることしか出来なかった。
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