第19話 お茶会と襲撃
デバイスを没収されてがっくりと肩を落としながら、私は王都に戻った。
最低限の魔法は使えるとはいえ、
これは怒られる……と思ってたんだけど、お姉様は本気で私の身を心配してくれていたみたいで、泣きながら抱き締めてくれたんだよね。
無事で良かったって……まさか私が戦いに出たことがバレてるとか?
そんなはずないよね。はははは。
ともあれ、お兄様には当然怒られたし、体の方は見えないところが結構ガタガタだったりした私は、ニーナさんの居場所が分かるまでは大人しくしていようと部屋でゆっくりしていたんだけど……そんな私に、一つだけ王族としてのお仕事が出来た。
負傷した騎士の治療もあって、しばらくは王城の迎賓館で滞在することになったリエラさんの遊び相手だ。
「……はぁ……」
「さっきからずっと溜息を繰り返してますけど……大丈夫ですか? リエラさん」
王城の中庭、王族が私的なお茶会を開くために整備された温室のテーブルで向き合った私達だけど、リエラさんはどうにも上の空だ。
急に魔物に襲われて死にかけるなんて経験をしたんだし、やっぱりショックが抜けきらないのかな……?
「……アイミュ様、あなたはブレイズという御方のことを知っておられますか?」
「ぶふっ! げほっ、ごほっ……ええと、その、名前くらいは? ……じゃなかった、一応一回だけ助けられたことがありますね、はい」
適当に誤魔化そうとしたところで、以前レバノン家のパーティーに参加した時、ボロ雑巾になって倒れていた言い訳として、そんなカバーストーリーを口にしたのを思い出す。
今の感じだとリエラさんはその詳しい顛末を知らなかったみたいだけど、危うく矛盾した発言をかますところだったよ。
危ない危ない、と思いながら一度噴き出しかけたお茶を口にすると……そんな私の手を、リエラさんが勢いよく掴んだ。
ちょっ、お茶零れたぁ!!
「あなたもですの!? でしたら、あなたも目にしたんですわよね、ブレイズ様の素晴らしい雄姿を!!」
「え、ええと、はい、まあ、一応……」
あまりにも強すぎるその勢いのせいで、私のお茶が零れたことにすら気付いていないらしい。
そんなリエラさんに押される形で、たじたじになる私。
けれど、それすらちゃんと視界に入っていないようで、リエラさんは一気に捲し立てた。
「真紅の鎧で空を舞い、大量の魔物をたった一人で殲滅する圧倒的な強さ……! それでいて、倒れて動けない私に優しく声をかける心遣いを持ち、正体も明かさず、報酬の一つも要求せず忽然と姿を消しては、また別のところで窮地に陥った人々を助ける高潔な志……ああ、あれこそが真の英雄というものですわ……! アイミュ様も、そう思いませんこと?」
「ソ、ソウデスネ」
いやその、私自身、
「ですわよね! いやあ、最初はあなたのこと、王族の癖に淑女らしさの欠片もないサルの仲間くらいに思っておりましたが……どうやら私達、仲良くなれそうですわ!」
「そこまで!?」
王城の外における私の評価が想像の百倍酷かった事実に、思わず天を仰ぐ。
いやうん……お兄様が必死に私を更生させようとしてたのは、こういう理由があったんだね……。
ごめんお兄様、これからはもう少し王族らしく見えるように頑張るよ。多分。きっと。めいびー。
「けれど……はあ、自らの正体を明かすことをせず、ただ人を助けるために奮闘するブレイズ様の在り方は素晴らしいと思いますが……お礼の一つも伝えられないのは、やっぱり寂しいですわね」
随分と回り道になったけど、リエラさんが溜息を吐いていた理由はこれだったらしい。
あの熱狂ぶりを見ると、実は私がブレイズなんだよ! と言ったらふざけてるのかって締め落とされそうだし……そうでなくとも、ニーナさんとエレンちゃんの件が片付くまで、私は絶対に正体に気付かれるわけにはいかない。
考えた末、私はリエラさんの手を握り返す。
「大丈夫ですよ。リエラさんの感謝の気持ちは、ちゃんとブレイズにも伝わっています」
「どうして、そんなことが言えるんですの?」
「どんな聖人君子だって、本当に何の見返りもなく人助けし続けるなんて出来ません。リエラさんみたいな人がいるって、そう信じられるからヒーローも戦えるんです。相手が何者かとか、どんな報酬が貰えるかとか、そういうのじゃなくて……助けた人が、元気に幸せな明日を迎えてくれること。それが一番の見返りなんです」
だから、と。
「リエラさん、無事でいてくれてありがとうございます。本当に、嬉しいです」
にこりと笑いかける私に、リエラさんはしばし目を瞬かせて……照れたように、ぷいっとそっぽを向いた。
「途中から、ブレイズ様ではなくて、あなたの個人的な感想になっているではありませんか。ブレイズ様の内心をご自分と同一視するのは不敬ですわよ」
「あはは……すみません」
ブレイズは私だし、仮に他人だったとしても私は王女様なんですけど?? 不敬とは??
とは思うけど、途中から私の個人的な思いになっていたのは事実なので、素直に謝る。
そんな私に、リエラさんは「でも」と言葉を重ねた。
「そう言っていただけて、嬉しかったですわ。その……ありがとうございます」
「えへへ、はい!」
照れながらも、さっきまでより元気になったことが見て取れるリエラさんの様子に、私も思わず嬉しくなる。
一方、リエラさんは呆れたように溜息を溢し、ボソリと呟く。
「初対面であれだけ嫌味を言ったというのに……変わった人ですわね」
「へ? 何か言いましたか?」
「何でもありませんわ」
首を傾げる私に、リエラさんは「さあ、お茶が冷めてしまいますわよ」とお茶会の再開を促して来る。
よく分からないけど、リエラさんとの距離が縮まった感じがして嬉しいな。
そうやって、しばらく二人でお茶を楽しんでいると……城内が、少し騒がしくなってきた。
「どうしたんでしょう?」
「何かあったのかな……」
二人で顔を見合わせていると、メイドのニアが慌てた様子でこっちに駆け寄って来た。
そして……思わぬ言葉を口にする。
「アイミュ様、リエラ様、すぐに城内へ退避を!! 王城内部に魔物が発生しました!!」
「なっ……」
魔物が、城内に!?
思わぬ情報に驚いていると、隣にいるリエラさんがガクガクと震え始めた。
「魔物が……どうして……ここは王城の中、安全なはずでは……」
「落ち着いてください、リエラさん」
「アイミュ様……」
震えるリエラさんの手を取って、真っ直ぐにその瞳を見つめる。
怖がることなんて何もないって、そう伝えるように。
「ここにはお兄様も、私達を守ってくれる騎士の方々もたくさんいます。だから、大丈夫です」
「……そうね、今は落ち着いて避難することに集中しないと……」
「お二人とも、こちらです!」
ニアの案内で、私とリエラさんは城内へと避難する。
戦闘が始まったのか、外からは断続的に魔法の爆発音などが聞こえ、その度にリエラさんが怯えた表情を浮かべて……繋いだ手に力を込めることで元気付けながら、走り続けた。
「この部屋の中ならば安全です、どうぞ」
「うん、ありがとうニア」
やがて辿り着いたのは、私も普段滅多に足を踏み入れない区画にある、隠し部屋みたいな場所だった。
緊急避難場所とか、そういう感じなのかな? と思いながら、私はリエラさんと中へと足を踏み入れて──
「──ごめんなさい、アイミュ様」
「へ……?」
そんなニアの一言を最後に、扉が固く閉ざされた。
何が起きたのか、どういう意味なのか、考える暇もないままに……リエラさんの体がふらりと倒れていく。
「リエラさん!? 一体どうしたんですか!?」
「…………」
何とか抱き支えたリエラさんは、完全に眠っている様子だった。
どうして、何が起きてるの……と焦る心を落ち着けながら、何とか思考を巡らせようとするんだけど、次の瞬間には私自身も急激な眠気に襲われる。
そこでようやく、私達の足下……部屋に入ってすぐの場所に仕掛けられた、魔法陣の存在に気が付いた。
「睡眠、魔法……どうして、ニア……」
堪えきれずに、私の意識も夢の世界へと旅立って──
そのまま、力なく地面に倒れてしまうのだった。
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