第25話 エレンの願い
エレンは、砦を飛び出し騎士団と相対した時点で、自らの運命を察していた。
自分は、捨て駒にされたのだな、と。
(ははは……結局こうなるのか、私は……)
アイミュをボコボコに叩きのめして、ニーナの関心を自分に戻したいと思っていた。
けれど、ニーナはその機会すら与えてくれず、エレンと関係ないところでいつの間にかアイミュを捕らえ、実験台にしていたのだ。
それだけでも気に入らないというのに……暴走し、何の遠慮も容赦もなく暴れ始めたアイミュを前に、エレンはあっさりと敗北を喫してしまった。
一矢報いることすら、叶うことなく。
これではニーナに見限られて当然だと、失意の中で思う。
(私は、一体……何のために生まれてきたんだろうな……)
親に捨てられ、国に見放され、唯一価値を見出してくれたニーナの期待にすら応えられなかった。
否……そもそも、期待すらされていなかったのかもしれない。
ただ、好き放題使っても足が付かず、いつ切り捨てても痛くない駒が欲しかっただけなのだろう。
リエラに指摘されるまでもなく、そんなことは頭では理解していた。
理解していて、それでも……諦めきれなかったのだ。
誰かに、必要とされることを。
この世界で生きていていいのだと、その存在を肯定されることを。
「もう……分かんねえよ、私……」
失意の中で、それでもエレンの体は不思議と目の前にいる“ニーナの敵”を倒すために動き出す。
強大な力を秘めた前足は前衛の騎士を容易く吹き飛ばし、氷の
氷の巨狼となったニーナは、フレアドラゴンにも匹敵する伝説の魔物、フェンリルの力を振るうことが出来るのだ。
その力は、まさに一騎当千。多少集中力を欠いたところで、そこらの騎士に遅れを取ることなど有り得ない。
しかし……一騎は、所詮一騎でしかない。
ただでさえ、他国に比べて魔物の発生件数の多いルナトーン王国の騎士は精強で知られている上、僅か五年前にもフレアドラゴンの襲撃で甚大な被害を受けたばかり。
王国の盾であり剣であることを自認する彼らは、フェンリルのような魔物が出現した場合の戦術も十分に研究してきた。
吹き飛ばされた騎士は魔法によって受け止められ、氷漬けにされて騎士達も後衛の魔法で再度動き出す。
巧みな連携で被害を押さえながら、エレンに着実に攻撃を加えていった。
「くそっ……!!」
思えば、こうして万全の騎士団と真正面からやり合うのは初めてだったとエレンは思い出す。
いつだって、騎士団の集結が間に合わない場所とタイミングを狙い、身を隠しながら不意を突くように事を起こしていたな、と。
つまり、ニーナは最初から分かっていたのだ。
真正面からやり合えば、エレンでは騎士団の全力には勝てないことを。
「くそったれ……!!」
騎士達の剣が、魔法が、次々とエレンの構築した巨狼を襲う。
氷である以上はすぐに再生出来るのだが、これはエレンにとって、不完全な形で生成された魔物としての肉体であり……感覚がある。
その上、再生しようと力を振り絞れば振り絞るほどに、核となるエレン自身がフェンリルの力に侵され、本物の魔物となっていく。
アイミュとの戦い以来となる激しい戦闘、それも今日だけで二連戦だ。
かつてない勢いで、自分が自分でなくなっていくような感覚に襲われた。
「くそったれぇぇぇぇ!!!!」
力の限り魔力を収束し、凍結の息吹を騎士達へと吐きかける。
大多数の騎士は、この攻撃にたまらず防御や回避に移り、動きを硬直させてしまうのだが……唯一、そこから抜け出す男が現れた。
アイミュの兄にして第一王子、ルグウィン・レナ・ルナトーンだ。
「その先に、アイミュがいるんだろう? ……退け、さもなくば、斬る!!」
「っ……!?」
さもなくば、と言いながらも、ルグウィンは投降を呼びかけるその時間すら惜しいとばかりに剣を振るう。
魔力を宿し、聖なる光の魔法として発現したその力は、巨狼の首を叩き斬られ、エレンは全身を走る激痛と視界が断ち切られた衝撃で動きを止めてしまう。
そこへ、ルグウィンは容赦なく二撃目を叩き込もうと剣を振りかぶる。
「裁け……《
剣の先から光が伸び、巨狼全てを飲み込むほどの巨大な剣を生成する。
もう既に、エレンからはルグウィンの姿が見えない。
見えないが、確実に自分が死に至るような必殺の一撃が迫っているであろうことは、容易に察せられた。
(ああ……これで終わりか)
全てを諦めたエレンは、抵抗の意思を捨ててそう悟った。
死へのカウントダウンが進む中、今まさに自分の命を奪おうとするルグウィンの圧倒的な強さを思い出し……苦笑を漏らす。
(いいな、あいつは……こんな風に、必死に助けようとしてくれる人がいて)
最後の突撃は、
それを、ルグウィンは躊躇なく実行したのだ。一刻も早くアイミュの救助に向かいたいという、その一心で。
羨ましいと、素直に思った。
(私も、ニーナが来てくれたり……するわけないよな)
自分で言いながら、涙が出て来る。
これまで払ってきた努力も、献身も、何一つとしてニーナには届いてなかったということなのだから。
(ほんと、バカみたいだ、私……)
氷の体が砕け散り、エレンの姿が初めて騎士達の前で露わとなる。
まさかこんな少女が巨狼の正体だとは思わなかったのか、ルグウィンの目が見開かれ、剣先が僅かに鈍るが……今更止めることなど不可能だ。
(せめて、一度くらい……誰かに、愛してるって……嘘でもいいから、言われたかったな……)
涙が溢れ、零れ落ちる。
真っ直ぐに地面へ落ちていくエレンを、光の刃がそれ以上の早さで追従し──そして。
「《
紅蓮の炎が光を押し退け、エレンの体を包み込んだ。
何が起きたのか、戦場の誰も理解出来ない中……落下するエレンの体を、一人の少女が空中で受け止めた。
黄金の髪に、炎の翼。
「お兄様、剣を下げてください。この子は敵ですが、だからといってこのまま殺していい相手じゃありません」
「アイミュ、なのか……? その姿は、一体……」
「全部話します。ですから……今は、一旦この戦いを終わらせましょう」
アイミュの姿は何なのか、なぜ敵だと口にしながらその少女を庇うのか、ルグウィンにとっては分からないことだらけだったが……ひとまずは。
剣を納め、ずっと言いたかった一言を口にする。
「分かった。……アイミュ」
「はい」
「お前が無事で、本当に良かった……本当に」
こうして、ルグウィン率いる王立騎士団とエレンの戦いは、一旦の収束を迎えるのだった。
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