第2話 始まりの記憶

 私の名前はアイミュ・レナ・ルナトーン。ルナトーン王国の第二王女として生を受け、七歳になる今日まで家族に愛されながらすくすくと成長して来た。


 中でも特に私を深く愛してくれていたのは、第一王女のリリナ・レナ・ルナトーン。私のお姉様だ。


「アイミュ、今日は何をして遊びましょうか?」


「うーん、今日も魔法! 魔法教えて!」


「ふふ、アイミュは本当に魔法が好きなのね」


「うん! 私、魔法でいっちばん強くなって、お姉様を守ってあげる騎士になるの!」


 私と同じ黄金の髪と、同性であろうと見惚れずにはいられない美貌、それに……僅か十歳にして、既に王家の直轄領の一つを任されて結果を残す世紀の天才だ。


 なんだっけ、確か不毛な土地を今までにない……魔薬農法? だっけ? を考案して肥沃な土地に変えてみせたとかなんとか。


 私にはよく分からなかったけど、とにかくお姉様が、誰よりも優しくて賢い自慢のお姉様なんだってことだけは間違いない。


 そんなお姉様を守れる騎士になるんだって、私は小さい頃から繰り返していた。

 まあ……周りには、そんなことは無理だって、何度も諭されていたんだけどね。


 男と女では、その身に宿す魔力量に生まれつき大きな差がある。

 だから、どれだけ努力したとしても……私が騎士になれるほど強くなることは出来ないんだって。


「ふふふ、そうね。アイミュなら、きっとなれるわ」


 そんな私の夢を笑わずに応援してくれたのも、お姉様だった。

 それが嬉しくて、私は毎日お姉様にせがんで、魔法を教わっていたんだ。

 魔法の訓練は、七歳の私には楽しいことばかりでもなかったけど、お姉様と一緒ならそれすら幸せに感じる毎日で……明日も明後日もその次も、こんな日々が何の問題もなく続いていくって、無邪気に信じていた。


 でも……この直後、私は自分が生きているこの世界の日常が、どれほど脆く崩れやすい物かを"思い出した"。


「きゃあぁ!?」


「な、何!?」


 突然の爆発で、私の部屋が吹き飛んだ。ベッドがひっくり返り、私の小さな体は床に叩き付けられる。

 一体何が、って顔を上げると……そこには、一体の魔物がいた。


「グルルル……」


「あ……あ……」


 私はその時、魔物なんて見るのは生まれて初めてだった。

 初めてのはずなのに、そいつの名前がふっと頭に浮かんでくる。


 炎竜、フレアドラゴン。

 誕生したばかりなのか、体が小さくて本来の力には及ばない存在だとは思うけど、私みたいな幼女にはどうすることも出来ない、化け物中の化け物だ。


 そんな化け物が、屋根ごと吹き飛ばすようにして空けた大穴から覗かせた顔のすぐ下には、お姉様の姿もあった。


「アイミュ、逃げて……うっ……!」


「お姉様……!!」


 足を怪我したのか、動けない様子のお姉様。

 魔物は、その体を魔力によって構成しているため、より多くの魔力を持った存在を喰らおうと本能的に襲い掛かる。特に、魔力は多いのに力の弱い人間なんて恰好の餌だ。


 知るはずのないそれらの情報が頭に浮かんだ私は、咄嗟にお姉様の前に立ちはだかり、必死に覚えた魔法を紡ぎ上げる。


「お姉様を、食べないで!! 《ファイアボール》!!」


「ダメよ、アイミュ!!」


 小さな火の球を生み出し、フレアドラゴンにぶつける。

 けれどそんなの、目の前の脅威に対して何の意味もない抵抗だった。


 全力で撃ってるのに、傷一つ負わせるどころか、嫌がらせにもならない自分の非力さに涙が出る。

 それでも動けない、動きたくない。

 お姉様は、私が守る!! だって、そう約束したから!!


「グオォォォォ!!」


 けど、そんな私の決意なんて嘲笑うかのように、フレアドラゴンは私達を喰らおうと大口を開けた。

 迫る顎に、私はせめて目を逸らさないって意地になって睨み続けて……その瞬間。


 突然飛来した魔法の閃光がフレアドラゴンの体に直撃し、大爆発を起こした。


「きゃあぁ!?」


 目の前で巻き起こった爆風に煽られ、私の小さな体は勢いよく吹き飛ばされる。

 辛うじて無事だった壁に激突して倒れた私は……視界の先で、フレアドラゴンと戦う白銀の騎士を目撃した。


「わぁ……」


 強大な力を持った竜と、互角の戦いを繰り広げる空飛ぶ騎士。

 あまりにもカッコよくて、目が離せなくなるその光景に手を伸ばしながら……私は、呟いた。


「アニメの……主人公ヒーロー、みたい……」


 私が好きだったアニメの主人公達。

 絶体絶命のピンチに颯爽と現れ、圧倒的な力でみんなを助けてくれる私の憧れ。

 こんな風になりたいって、ずっと夢見ていた……私の、原風景……。


 ……あれ? "アニメ"って何? "私"って……どの私?


 自分でも何を考えているのかよく分からない。頭から垂れて来た血が目にかかって、視界が赤く染まっていく。


 何か刺さったのか、胸のあたりも痛くて、地面が赤く染っていって……なんだか、寒い。


 お姉様が必死に這いずって私に何か呼びかけているのは分かるけど、それが聞き取れない、答えられない。


 今まさに自分が死にかけているってことに気付いた時には、私の意識は完全に闇の底に沈んでいた。






 その後、私は一週間生死の境を彷徨ったらしい。


 至近距離でフレアドラゴンに痛打を与えるほどの魔法の爆発に巻き込まれたんだから、生きていただけでも奇跡っていうくらいの大怪我だったんだって。


 目を覚ました時、お姉様に泣きつかれて大変だったよ。

 まあ……私は私で、それを喜ぶ余裕もなかったんだけど。


「私……転生者、ってやつなのかな?」


 目を覚ました私の中には、確かにこことは違う別の世界を生きた記憶が残っていた。


 物語の英雄に憧れた幼少期。

 大切な家族に囲まれて過ごした温かい日々。

 そして……そんな家族を目の前で失った、血塗られた記憶が。身を引き裂かれるような失意の感情と共に、一気に溢れ出して来る。


「うぐっ……うっ、うぅ……!!」


 押し入って来た見知らぬ男。

 暗い屋内で煌めく刃物の輝き。

 大切なものが目の前で壊されていく光景がフラッシュバックして、私は過呼吸で苦しくなった。


 同時に……そんな光景が、フレアドラゴンによって殺されかけたお姉様の姿と重なる。


「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……!!」


 落ち着くために一人にして欲しいって言って人払いして貰った病室の中で、私は胸を押さえてベッドの上から転がり落ちる。


 大きな物音がして、人が一気に雪崩込んで来た。


「アイミュ!! 大丈夫!?」


「うん……お姉様……」


 私を抱き上げてくれたお姉様の胸に顔を押し付けて、心臓の音を聞く。

 確かにまだ生きているんだって、その実感を得てホッとしながら……私は、小さく呟いた。


「今度こそ……私が、守るから」


 私が思い出したのは、前世で経験した失意の記憶だけじゃない。この世界についての情報も、思い出していた。


 前世で見ていたアニメの一つ……もうなんてタイトルかも覚えていないその世界が、今私のいるこの世界とそっくりなんだ。


 無限に溢れ出す魔物の脅威に晒された世界で、いずれ英雄となる主人公とヒロインの成長を描いたその作品に、ルナトーン王国は名前だけが登場する。


 ラスボス……魔物達を操る"魔王"の手でとっくに滅ぼされ、歴史上から姿を消した国として。

 つまり、私も、お姉様も……この国で生きる人達は、いつかみんな死んでしまう。


 ただの勘違いかもしれない。思い違いであるならそれに越したことはない。

 けど、無限に湧き出る魔物の脅威は確かにあって、私とお姉様はあと一歩で死ぬところだった。それは確かだ。


「みんなみんな……私が守るから……!!」


 今度こそ。前世ではなれなかった英雄ヒーローに……大切な物を守り通せる存在に、なってみせる!!

 この日私は、密かにそう決意した。

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