第2話.落とし穴

「あの、色々知りたいのですが」

「ごめん。壮大な話はできないよ」

 俺と女性は歩きながら話す。


 俺は一切、壮大な話はしてないが。


「壮大な話はしませんので」

「……分かった」


 そもそも、俺は壮大な話をする気はない。


「まずはあなたの名前を教えてほしいです」


 お見合いの際にはまず名前を聞くんだぞ。と、父から学んだ。

 ……これは話し合いだったな。失敬、失敬。

 でも、話し合いでもお見合いでも名前が最初だな。


「その前に敬語やめない?」

「え?」

「私とあなたは同じくらいの歳っぽいじゃん」

「あ、そ、そうだね」


 同年代の人に敬語は変だったか。

 同年代の人と会話なんて長い間してなかったため忘れていた。

 超絶イケメン男は同級生に嫉妬され、話しかけられないから辛いよ。


「な、何歳なの?」

「私は15歳だよ」

「なら、俺の二歳年下か」


 俺は数日後に誕生日を迎える。だから、まだ17歳。


「つ、次は、名前を」

「私の名前はリリースだよ」


 リリースか。良い名前だな。


「俺の名前は


 俺は

「俺の名前は坂月誠也(さかつきせいや)」

 と言おうとした。が、言い止めた。

 

 この世界はどんな世界か分からない。

 なので、異世界という可能性も十分にありえる。

「異世界では本名を言ってはならない」

 と、父が言っていた。

 アニメの影響を受けただけでは……とは思うが、一応、父の言うことを信用する。


 偽名はどうするか……キス•ウマイにでもしよう。

 ……いや、納得がいかない。

 チン•フトル、セッセ•シタイ、チョット•ダケ、う〜ん、どの名前も納得がいかない。


 メッチャ•ツヨイ•サトル……

 サトルか。これなら納得がいくし、むしろ使用したいと思う名前だ。


「俺の名前はサトル」

「かっこいい名前だね」

「イケメンだから、名前もかっこいいんだよ」

「イケメンではないと思うけど……」


 俺は平凡なモブじゃないよ……


「な、なら、リリースはなんで草原を歩いてるんだ?」

「散歩だよ」


 散歩か。

 散歩しないと運動不足になってスタイリッシュな体つきを保てないんだよね〜、的な感じか。

 15歳なら女子中学生か高校生だもんね。

 ダイエットばんざい! 時期だからね。

 まぁ、異世界にしろ昔の時代にしろ、女子中学生や女子高校生という言葉はないだろうが。


「家がすぐ近くにあるの?」

「一時間だから近いでいいのかな」


 一時間……果てしなく草原が広がっている場所だし当然か。

 でも、近くはないぞ。


「近いんだね……」

「一番近くの池まで家から三時間だから」


 池まで三時間とは、どんな場所に居住しているんだよ。

 もしや、この草原に家を建てたというわけではないよな?


「三時間って本当?」

「本当」

 リリースは真剣な顔をした。


 過酷だね。

 俺は池がそこら中にある天国オアシスに行きたいよ。


 ……三時間ということは、池が少ないということか。

 これは異世界の可能性が高い。

 昔の時代に転生なら、池まで三時間ということは九分九厘ありえない。

 現代も過去も池の数に変化はないだろうからな。

 つまり、異世界という可能性が完全とはいえないが、九分九厘は確定だろう。

  

「この草原に名ってないの?」

「草原でしょ」

「いや、何とか草原、的な名がないのかなって」

「私は草原ということしか知らないね」


 草原の名を聞いても、異世界かどうかは分からないか。

 ……この世界が異世界かどうかは後で調べればよいか。

 

「今、どこに向かってるの?」

「家だよ」


 家……そういえば、俺は現在、衣食住のうち食と住がなかったな。

 衣食住は絶対に必要。だが、今の俺に食と住は用意できないだろう。

 でも頼る人なんかいない……一か八か、リリースに頼んでみるか。


「あ、そういえば、俺旅しているから家がなかった」

「そうなんだ」

「だから、少しの間リリースの家に泊めてもらって

「もちろんいいよ!」

 リリースは勢いよく俺の肩に手を置き、嬉しそうな表情をした。


「あ、それはありがとう」

「こちらこそありがとうだよ!」


 リリースが感謝?

 感謝は頼む側がするものだぞ。

 頼まれる側は感謝をする必要がない。


「でも、サトルって

 俺は柔らかいと感じた地面を踏み込んだ。

 すると、地面に穴ができ、その穴に落ちた。

 穴は、俺の足から首までの深さがあった。


「なんで落とし穴があるの?」

「落とし穴じゃないよ」


 どう見ても落とし穴だろう。

 これが落とし穴ではないなら何だ?

 地下都市を作りたい! と野望を持った少年が、中途半端に穴を掘ったのか?


「なら、なんで穴があるの」

「一昔前に、犬に『ここ掘れわんわん』と言ったら、掘り出したらしいよ。で、その噂が広まったことでそこら中に穴ができたらしい。と、本に書かれてた」

「……結局、落とし穴じゃない?」

「落とし穴じゃないよ」

 

 結局は落とし穴じゃないか。


「穴から出たいから、手を貸してほしいな」

「分かった」

 俺は手を出した。そして、その手をリリースは掴んだ。


 この深度の穴になると自力では出られない。

 仕方なくリリースの力を借りる。


 リリースは俺の手を引っ張る。が、中々持ち上げられない。

 今なら中々抜けない大きな蕪の心情が理解できる。

 

「無理っぽい」

「諦めないでくれ」

「無理なものは無理」


 諦めるの早くないか?

 大きな蕪を引っ張るおじいさんのように、粘り強く俺の手を引っ張ろうよ。


「無理なら俺は一生ここに

「大丈夫。そこら辺にある草を穴に入れて深さを上げるから」


 そっちの方が無理難題だぞ。


「普通に引っ張った方が、穴から出れる可能性は高いけど」

「でも、私の力じゃ

「穴のくぼんだ部分に足かけるから」


 穴には横にくぼんだ部分がある。

 そのくぼんだ部分に足をかければ、何とか出れそうだ。


「お願い」

 俺はくぼんだ部分に足をかけた。

 そして、リリースは俺の手を引っ張った。


 手に激痛が走る。


「手が痛いんだけど」

「本気出したから」


 あぁ本気か……ってまだ本気出してなかったのかよ。

 俺はこの激痛に耐えられないようだ。


「一旦休憩を

「このままいくよ」

「手の骨が折れる」

「我慢して」

「無理!」


 俺の手は無事、骨折の運命を辿るようだ。

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