幼馴染の夢を叶えるべし〜転生したので叶えられません。仕方ないので、異世界での生活を頑張ります〜

院手蔵瑠

プロローグ

「気をつけて行ってきてね」

「絶対に合格しろよ!」

 両親は元気よく言った。俺はその言葉に頷き、家の扉を開けた。


 今日、1月7日は大学入試の日だ。

 高校生の三年間、いや、中学三年生も含めて四年間か。

 この四年間、努力し続けた成果を発揮する日だ。


 俺は極度の緊張を感じる。

 入試で満点が取れる勢いになるよう努力してきたが、緊張をなくすことはできなかった。


 俺の目標は満点。高い目標。

 合格は八割、点数を取ればできる。

 だが、俺八割目標だぜ! といって、結果を見ると六割だった。ということはザラであるので、高い目標を立てている。


 

 俺は淡々と道を歩く。

 右側を見ると、海を確認できる。

 海から爽やかな風が流れる。

 気持ちいい。


 ピカピカと輝く砂浜。

 穏やかな雰囲気が漂うベンチ。 

 海は遠くからでも水中の全貌が確認できるほど綺麗。

 こんな海が住宅の近くにある。

 ここら一帯にある住宅は、実質豪邸だな。


 入試なんてバックレて、海で遊び倒し……ダメだ。

 現実逃避なんぞするな。


 ベンチには毎日のようにカップルが居座っている。

 大人な雰囲気が出てきた瞬間、熱いキスを交わす。

 俺はそんなやつらを睨みながら見る。

 羨ましいよ。怒りが止まらないよ。

 熱いキスを交わしているやつの股間を蹴り上げたいよ。


 俺も幼馴染の桜(さくら)とキスという名の、熱々な経験をしたかった。

 中学を卒業した後、この海で告白して相手の同意を得たらその瞬間、熱く燃え盛るキスをしていただろうに……って、今妄想することはキスではない。

 俺はこれから受験だ。

 そんなことは受験後に妄想しろ。

 まぁ、妄想しても、現実で実現することはないが……いや、実現する可能性はある。そう信じよう。


 俺は桜から中学一年生のときに貰ったお守りをポケットから出し、見つめる。

 お守りには棒人間が描かれている。

 桜は俺のことを描いたらしいが、上から見ても、横から見ても棒人間だ。


『俺を見立てた棒人間、上から見るか? 横から見るか?』

 俺の18年間の桜への思いを映画にするなら、この題名で決定だな。

 恋心を抱いた期間は九年だが、面倒くさいので18年でよし。


 まぁ、そんなお守りだとしても、桜の精いっぱい頑張った努力の結晶が伝わる。

 棒人間は縫うのを失敗した跡もそこら中に残っている。

 俺はそんなお守りで、いつもやる気を出す。


 俺はこれから受験だ。その姿をきっと桜は見ているはず。

 俺が受験を制すことを望んでいるはず。


 俺が桜の夢を叶えるからな。

 幼馴染として、約束する。


 俺は海の眺めを堪能した後、再び歩き出した。

 今日は時間に余裕があるから、堪能しても大丈夫。


――――


 電車を五度も乗り換え、三時間をかけて大学の近くに辿り着いた。


 合格をしたら、毎日三時間かけて大学へ……正直辛いな。


 高校のときは家から学校まで、片道五分だった。

 だが、俺は学校が始まる五分前に起き、パンを咥えながら勢いよく家を出て、死角で幼馴染とぶつかり、無事間に合いませんでした。しかし、幼馴染のパンツは見れました。という展開がテンプレートだったもんな。

 ……ほとんど俺の妄想だったな。

 現実は、家を出るときにはすでに遅しだったな。

 よく留年をせずに済んだと、今にでも俺を褒めたい気分だ。

 褒めるのは高校卒業後にしよう。


 通常は遅刻するが、今日は特別な日、というよりかは遅刻したら俺の人生が終わるため、遅れることはなし。

 


 いつの間にか、大学の目の前に着いた。

 目の前にある横断歩道を渡れば、大学に辿り着く。


 もうすぐ受験と想像したら、俺は手が震えだした。

 指も震えだした。そして、肩も震えだした。

 海外アニメの誇張かよ、というほどの震えだ。


 俺は相当な緊張をしているな。

 何か緊張をほぐすものはないだろうか。

 さすがに緊張しすぎだ。

 これじゃ合格なんて夢の話になる。


 緊張ほぐし……桜のお守りを見よう。

 桜のお守りを見れば、緊張はほぐれるはず。

 俺はお守りを見た。更なる緊張が走った。


 やばいよやばいよ。

 これじゃ、合格が……


 試験中、ペンを持った瞬間試験用紙が黒で乱れる。

 そんな姿を想像したら……失禁しそうだ。


 待て待て、どんどん緊張が高まってるぞ。

 ど、ど、ど、どうすれば……無難に深呼吸をしよう。


 スーハー。スーハー。


 緊張を少々ほぐすことができた。が、試験用紙が乱れる姿は想像してしまう。


 もう少し、深呼吸をするか。


 スーハー。スーハー。


 試験用紙が乱れる姿は消えた。が、単位が足りずに留年する姿が浮かんだ。

 今、浮かべる必要はないよな? そんなことは試験後に、いや、合格後でいいよな?


 もう一度深呼吸しよう。


 ハースー。ハースー。ヒーハー。


 ……もう落ち着くのは諦めよう。

 何度深呼吸をしても、緊張は少ししかほぐれない。


 俺は緊張をしながらも、精いっぱいの力を出し、受験を制そう。


 俺はそう思い横断歩道を渡ろうとしたら、まだ赤だった。

 あれ? 俺が横断歩道に着いてからかなり時間が経ってるぞ。


 この信号機は青信号になるのが遅いのか?

 それとも、押しボタン式か?


 俺は信号機の周りを確認した。すると、ボタンが見つかった。

 この信号機は押しボタン式だったのか。

 この場に受験生らしき姿が数十名いるのに、誰も気づかなかったのか。

 まぁ、周りの人も馬のような呼吸をしているから当然か……


 俺は押しボタンを押した。そして、信号が青になるのを待っていると、焦りながら赤信号を渡る人がいた。

 セーラー服だったため、受験生だろう。

 ……走っているのに徒歩と同程度の速度だな。

 焦りすぎて、逆に失速しているパターンか。

 

 でも、なぜ焦っているのかが分からない。

 まだ、入試開始までは時間に余裕があるはずだが……時間を見間違えた、というやつか。

 緊張したら時間を見間違えることもあるよね。


 俺は何事もなかったかのように信号を見つめようとしたが、気づいてしまった。

 大型トラックが赤信号を渡る受験生に向かっている。


 トラックが受験生に気づいて停止すればよいが、受験生は小柄で身長が低い。

 そして、トラックは大型だ。


 これは最悪に最悪が重なり合い、悪魔のような事態になったな……

 受験生が轢かれる可能性が高い。


 それに気づいた俺は、自然と足が動き始めた。

 一歩一歩、歩き始めた。

 助走がつくと、走り始めた。


 俺は受験生を助けようとしている。

 こんなこと、他人のフリをして無視をすればいいじゃないか。

 なぜ無視をしない……悪魔のような記憶が思い掘り返されたからか。


 四年前、俺と桜は学校に向かっていた。

 俺は住宅側、桜は車道側を歩いていた。


 当時、肉とアイスは合うか、という話題の話をしていた。

 アイスと肉は合うよ! という桜の主張と、アイスと肉が合うわけないだろ! という俺の主張が滑らかに絡み合い、美味しい展開になった。が、その数秒後には桜はトラックに轢かれてしまった。

 俺は瞬間的にトラックが変な方向に走行していることを確認できた。が、桜を助けることはできなかった。

 俺はそのときに後悔をした。


 轢かれた後の桜は……思い出すな。

 これを思い出したら口から血を吐き出してしまう。


 俺は轢かれる人を一生見たくない。そして、轢かれた後の姿も一生見たくない。

 だから、自然と足が進んだのだろう。


 他人が轢かれるなら、俺が轢かれる方がよい。


 本当に他人が轢かれる姿は見たくない。


 でも俺は、桜の夢を叶えると約束した。

 ここで他人を助け、俺が轢かれれば、桜との約束を果たしきれない。

 二つの気持ちに心が挟まれるが、足は自然と進む。


 進んで、進んで、焦っている受験生の背中を肘で力強く押した。

 そして、俺は押した衝撃でバランスを崩し、倒れてしまった。


 ……ごめんよ。桜。

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