第9話 抵抗:傾倒





琥珀の少女と赤毛の男は、大通り沿いの、平均に対し大きな建物へ入っている。


窓はなく、扉のない大きく開けた出入口足元には、そこを閉じるために使われる厚い木板が地面へ収納されており、その方面から日差しが射し込み室内を白と黄色に照らす。


「わーでかい」


天井は低くないが圧迫感のある作り、玄関入り口の床は磨かれた石であり、四角い箱の中にいるようなその中。


建物奥の上り階段へ繋がる小部屋、その前に置かれた木製の薄い仕切りから覗く金属の杭矢にふたりは狙われていた。


「下がれ。撃つ」


いしゆみを構える者ら四人は、仕切りから尖った杭矢と片目を出し、体を隠している。


「ああん待て。もっかい言ってくれ」


木製の薄い仕切り、左右にふたつずつ、全て四つのいしゆみを、琥珀の少女と赤毛の男は視線を外さずに見据える。


弩に装填されているかえしのない杭矢は伊達だて物ではなく、重さのある金属製。


ふたりの動きを止めるだけの威圧がその杭矢から放たれていた。


「下がれ」


「なんて……?(訛りが強くて)何言ってるかわからん。あーえっとなんて言えばいいんだったか」


赤毛の男は言葉を詰まらせた。


琥珀の少女は擦れるような小声を発す。


「公用語」


「あーそれだ。こうよご、あーこうようご話してくれないか」


赤毛の男は三度指を鳴らした。


琥珀の少女はじとりと、赤毛の男を横目で見ながら腰帯に留めた小さな鞄へゆっくりと手を伸ばす。


「下、が、れ」


少女は鞄から取り出したものを、背中に隠した。


「あー間違ったか?教会こうよう語話してくれ」


赤毛の男は指を二度鳴らすと同時に三歩進む。


「これ以上来るな撃つぞ」


「ああ、(ご協力)ありがとう。何言ってるかわからねえが」


弩持つ者らの緊張に大きく見開かれた目は、ゆっくり接近している赤毛の男に定まり、引き金に掛けられた指には力が入れられる。


それを見た琥珀の少女は、曲剣のように鋭く笑む。背中に隠した手をそこから離し、弩持つ者らの視界にそれを収めさせた。


瞬間、少女の指と指に挟まった丸い球が強烈な光を放つ。


それは見た者の目を潰した。


「ぐああ」

「あっちあち!あちち!」



弩を持つ者たちのうめき声と少女の悲鳴。


赤毛の男は、弩を構える者たちの側面へ回り込み、腰へと左手を伸ばし鎚でその者たち全て叩き薙ぎ、木の仕切りを斜め下から蹴り割る。


「ふう焦った」

「ねえロスまだだよ!」


倒れ伏した者ら全て、倒れた姿勢をそのままにふたつの命へ狙いを定める。


琥珀の少女へ、赤毛の男へ、それぞれ杭矢はふたつ放たれた。


赤毛の男へ、ひとつは胴体、ひとつはその胴体への軌道からごくわずかに逸れて飛ぶ。


「馬鹿たれが!」


至近距離から撃たれた赤毛の男、体を傾け胴への杭矢を避けたとき、逸れた杭矢はその右腕長袖の上から突き刺さる。


同時に琥珀の少女、這いつくばるように身をかがめてそれらを頭上でやり過ごす。


義手の男は歯を食いしばり、弩持つ者らふたりの頭を蹴った。


蹴られた者は床を滑り壁にぶつかる。


その間に少女は手にした鎚で全員の腹、または背を叩いた。


「ちっ。ああくそ」


男は顔に皺を刻み、険しくくぐもった声とともに壁へもたれかかり座り込む。


「どっちが馬鹿ってかんじ。弱いふりするからこんななるんでしょ」


少女は膝を付いてしゃがみ、肩から降ろした鞄へ手を入れる。


「刺さったまんまできないから抜くよ」


まずはじめに、取り出した長布で男の脇を締めた。次に長袖を短剣で突き刺すようにして破く。


腕と同じ長さをした金属の杭矢は右腕の真ん中を貫通し、青い血に濡れていた。


「離れろ」


男は歯ぎしりをする。


少女は、男へ柔らかい笑みを作りながら、鞄からいくつかのものを取り出した。


「大丈夫。不安な気持ちわかるけどナーシェの腕信じて」


かぎ針、巻糸、葉の粉末が詰められた瓶、巻布、紐、隙間なく瓶詰めされた赤い肉の塊。


それらは床に置かれ、針の尻は少女の口端に咥えられる。


「おいこの赤いのは?」


赤毛の男は、隙間なく瓶詰めされた赤い肉の塊を視線で指す。


「傷埋めて治すやつ。これ痛み止め」


葉の粉末が詰められた瓶を少女は開け、それを男の高い鼻へ近づけ手を扇ぐ。


赤毛の男は顔を背ける代わりに目を逸らした。


琥珀の少女はその瓶から粉末を左手の平にひとつまみの量叩き注ぎ、先にそれを蓋する。


矢が貫いた腕、その患部周辺にそれを塗った。


「ぐっ。痛み止めなのかそれ」


「いや(処置)終わった後のだよ。今すぐ効くのなんかないよ」


少女は様子をうかがうように、男の目を覗き込む。


「あのなんて言うかえっとさ、消毒って知ってる?」


「しょうどくって何だ」


「ああ、えっと、青い血なら大丈夫って伝えようとした。とりあえず聞き流して」


口に咥えたかぎ針を右手で持ち、左手で糸を通し再び針を咥える。赤い肉の詰まった瓶を持ちその硬い蓋を開けて床へ置く。


「今これ抜くから。天井見てて。抜くとこ見てたら痛いよ。ほら、ほら早く」


少女は男の顎を掴み、上へ押し上げる。


赤毛の男はその反対方向下へ動かそうと首へ力を入れ、結局力を抜く。


琥珀の少女は、矢刺さる男の右腕、その手首を掴み男の体から離し、地面に対し矢が垂直を保つよう調整する。重力の力を借りた、少女の白く細い右手は金属の矢を素早くまっすぐ引き抜いた。


痛みに、男の鼻呼吸が荒くなる。


杭矢は滑り転がるように投げられた。


「はいよく我慢できました。矢にかえしなくて良かったね」


男は肺を大きく膨らまして息を吸い、肋骨が広がる。


少女は瓶詰めだった赤い肉を男の広がった傷口へ当て、指で押し込んだ。


男は肺を縮ませ息を吐き、肋骨が沈む。


「ナーシェの知り合いにこういうの得意なやついるんだ」


少女は口からかぎ針を右手で取り、皮膚を左指で寄せ傷を縫った。


「得意なのはナーシェじゃないし変なぬい痕なるかもだけど」


少女の息をこするような小声。


「ああ?なんつった」


「なんでもないよ」


「どんな痕になる?あん?」


「聞こえてるじゃん」


男が息を吐き終えたとき、縫われた傷の上から琥珀の少女は細長い布をその腕に巻いていた。


「ちっ」


男の舌打ち。


「ほい」


少女は包丁で切るように短剣を動かしその布を裁つ。


四つん這いになった。


「ふふ」


少女の枯葉色の瞳と、葉に太陽の光を透かしたような薄緑の瞳が交わっている。


蠱惑的で、枯れ葉色の、さわやかな淡い瞳。


「何見てんだ」


少女のぷっくりとした唇がにっと孤を作る。


「うーん。やっぱ馬鹿だなあって思って」


赤毛の男は杭矢が刺さっていた腕の方で拳を作る。


少女の唇はより横に、にやりとした。


「あ、殴る気?できるまで時間かかるかな。ふふん、ざんねん」


その腕は震え、握られた拳は緩やかに力なく開いた。


「あれれれ。ほら殴りなよ。ほら、ほら」


少女はひょこひょこと顎を差し出す。


男は左手でその顎をはたいた。


「あ痛!」


「馬鹿はお互い様だな」


赤毛の男が立ち上がろうと重心を移動させた時。


少女から手を差し伸べられる。


苦々しい色の目を逸らしながら、男はその手を取った。


立ち上がる。


「そうだ。こっち金持ち多いんでしょ。馬鹿に漬ける薬譲ってもらって飲もうよ」


「どうしようもない馬鹿だなお前」


「てか貸しひとつじゃん。あとで必ず返してもらうから」


「はん………そうだな」


赤毛の男は倒れ伏す者たちへ歩を進める。


「何で殴ったのに起きてきたんだ」


「ん~なんか匂うね」


少女は倒れ伏す者たちへ近づき、しゃがむとその服、腹のあたりを指でつつく。


「なんか濡れてる。何だろ」


「漏らしたんだろ」


「やめてよ」


琥珀の少女は指を鼻へ近づける。


「あ、潮の匂い。わかった海の水だ!」


「馬鹿だったか鼻も。ここどこだと思ってる」


赤毛の男は仰向けに倒れるひとりへしゃがみ、上げた人差し指を、湿った脚衣と湿った上衣の間でさまよわせ、素早い動きで上衣へ指を付けそれを嗅ぐ。


赤毛の男は指を見つめ、爪一枚ほどごくわずかに口を開け、そこで動きを止めて口を閉じた。


代わりに鼻をもう一度動かす。


「何迷ったの?」


「うるせえ」


「ふふ。てかどう?でしょ?」


「ああ……」


しゃがむ赤毛の男へ、"琥珀の少女は腰を折り曲げ、膝に手を付いて笑いかける"。


"かわいい琥珀のその髪、さらりときらめいた"


「海の上にいるときってなんか気分悪いじゃん。普段地面からも吸い上げてる力が海の水で遮られてるかららしいよ」


「何の関係ある」


「あ~っとね。たぶん海の水はまりょくの流れ悪くする効果あるんじゃないかなって。まあここ海から遠いし、こいつらみたいに手に入れられるやつってそんないないと思うし?」


赤毛の男は立ち上がる。


「いくぞ」


「うん。いつでもどうぞ」


「何にやにやしてやがる」


かわいい少女は口を両手で隠す。


「いいや。別に。ふふ」


「わけわからん」


赤毛の男を先頭に、琥珀の少女は背後へ視線を送りながら登り階段へと向かった。







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