第3話 返納祭開幕


「諸君。御天道様に日々の感謝を納めるこの日がイシュにも訪れた」


千数人と、定規で線を引いたように整然と並ぶ人間が、街の塀の外、そこに広がる大農地の上にいた。その千人もの人間が見上げる先は、恵みの太陽と、長方形のやぐらで演説を行う赤く日焼けた白い肌の人間。


その声はまるで風のように、整列している人々の間を吹き抜ける。


「空は青々と澄み渡り―――――」


くゆる煙のように空は曇り始める。


壮年のその男はそれを見上げ、ただ目線を戻した。


「―――白再の主が我々を見守ってくださっている」


“決められた挨拶”に耳を傾ける、美しい長方形の列その中に、両腕、肩から先が角ばった金属の義手である男がいた。


その者、あくびを噛み締めながら右の尻山を乱雑に左手で掻き、右手で黒髪を散らしながら頭を掻く。


「今日の徴税は法の下と尊き太陽の御許みもとで認められ、イシュの国王陛下が認められていることである」


義手の男の右隣には、同じ齢の男、赤いくせ毛の人間がいる。


赤毛の男は列を乱さない芯の通った直立をしているが、その顔は、寝起きにあくびをする山羊やぎのようにだらしない。


「様々な困難、多くの苦難、耐え難い苦痛がまるで月光のように降りかかるであろう」


義手の男の左、そこにいるのは、赤いくせ毛の男のそれに対し、若い顔をした女が決意に満ちた顔で茶黒い目を光らせている。


吹き抜ける風で、その女の肩にかからないほどに伸びた琥珀色の髪がなびいた。


収穫の終わった畑を踏みしめて整列させられていた、千数人の彼らは流浪の民であり、多くの国家に認められ、任じられた徴税官だ。彼らは今日、税としてまりょくを、道の雑草から民の王まで、腰に取り付けた道具を用い、それを徴収する。


力少なき者は命を損なわない程度に、力多き者も命を損なわない程度に。


徴税を定めた書にそう記されている。


「だが決して屈してはならない。背中を向ける素振りすらもってのほか」


その時、やぐらの真上、遥か上空で圧迫感を覚えさせる巨大なまりょくの気配が発生した。


壮年の男は首に血筋を浮き上がらせ叫ぶ。


「邪魔をさせるな」


巨大な力降り注ぐ前触れが、一筋の細い光としてやぐらを貫く。


それを見上げた義手の男は弾けるように跳躍、やぐらの屋根へ飛び乗った。突き上げるように開き、掲げられた男の義手が鏡のようにきらめき始める。


「列を乱してはならない!」


演説を行う壮年の男が見下ろして叫んだ時、上空からやぐらを大きく飲み込む光の柱が雲を貫き轟音とともに降り注いだ。


その降り注ぐ力の波によって生まれた地面へ吹き下ろす風は、周囲で列成す人間らをなぎ倒し、やぐらを大地もろとも押しつぶす。


いまだ光の柱は降り注いでいる。


その渦中、丸いくぼみの中、山積みとなったやぐらだった物。


そのやぐらのがれきから人間の腕が生えるように現れ、その上半身が這い上がった。


男の独り言で唇が動く。“命拾いしたか”


壮年の男はただちに立ち上がるが、押し付けてくる風にしりもちをつく。降り注ぐ光は崩れたやぐらを飲み込まず、掲げられた義手を境にそれは途切れていた。他の者が膝を砕く力の暴威の中、義手の男はその腕で上空からの光を受け止め続けている。


その義手の男は口を開いた。


「使用許可の申請します」


男の蜜色の瞳は、がれきから這い出た、足元付近で座り込む壮年の男をまっすぐ見ている。


ため息。


「許可する」


義手は内部を組み替えるように動き出す。


同時に降り注ぐ光は細まり、砂時計に落ちる砂のようにそれは消えた。


義手の男の足元から離れ、壮年の男は力強く立ち上がる。


「定められた全ての武器、定められた全ての術陣を太陽の下、法の下において使用を許可する!」


空に、魔法陣:術陣と呼ばれるものが、人間ら列するこの大草原を包むようハの字に何十と展開された。花のような複雑な模様を持ったその丸い巨大な術陣の中心、降り注いだ光の柱と等しい膨大な魔力が収束する。


「イシュの国王陛下は先立って恩赦を与えてくださった」


大草原に点として並ぶ人間らは、魔力で生成された半透明の鎧に包まれ、被服をすり抜けたそれは入れ墨のように皮膚へ溶け込む。


その人間らの右手の甲には5つの縦線が濃く刻まれた。


「ここに返納祭の始まりを宣言する!」


空に展開された術陣のはるか上に、新たな術陣が展開され、それは地平線まで広がり地を覆いつくす。


瞬間、その下でハの字に展開された術陣は、収束させた力を巨大な光の柱として放った。


その柱は稲妻の如く大地へ着弾。


噴火のように、土、雑草、畑に潜む虫、人間らが上空へ巻き上げられる。


「いやああああ………死ぬううううううまだ死んでいないおよよおおおおお!」


訛りのある、野太い声。


琥珀色の短髪、その少女は衝撃で大空へ打ち上げられた。噴煙でぼやけた周囲、かすかに目標のイシュの都の全貌が見える。


「おえ土がぺっぺっ。あぁぁノアームぅぅぅぅぅ!助けてえええ!」


その少女の隣、同じく打ち上げられた赤いくせ毛の男は、脇を上げて後頭を手で支え、寝転がるような姿勢で口を開く。


「落ち着けいつも通りだ」


「こんなの言ってませんでしたよねー!」


落ちる琥珀の少女は、噴煙で視界のない真下へ目を見開き、顔を歪める。


「ああ~(イシュは)暇だって聞いちゃいたが、まだいつも通りの範囲内だ。想定外がいつものことなら、そりゃぁこんなこともいつも通りさ」


「いやーーーー!」


琥珀の少女は泣き叫んで落ち続け、赤毛の男は寝返りを打つ。


「(これから3人で)よろしくな」


「ぎゃあああああ!」


「馬鹿ぅるせえ」


気配がひとつ。


噴煙の中、粘土の塊に歪な歯と薄い皮の翼を生やしたような、人丈の二倍ある人外が弾丸のように現れる。


「ほら見ろ」


“うるさいからだぞ”


言葉を飲み込む赤毛の男。


肉をたやすく切るその牙は、琥珀の少女の細い首へ向けられていた。


「あぎゃあああ!」

「おーいノアーム」


琥珀の少女は腰に付いた魔道具を鎚へと変え、迫る人外を殴り飛ばす。


すると吹き飛んだそれの後ろ、影のように隠れたさらなる人外が牙を剝いて首を伸ばす。顎が少女の頭めがけて水平に開かれた。琥珀の少女は、はらわたを口から吐くように叫ぶ。


「おぎゃああああああ!」


吹き上がる噴煙に人影が映った。琥珀の少女を噛み殺さんとするその人外、その体が、現れた人影の拳によってくの字にへこみ、噴煙に消える。


「遅れた」


人外を殴り飛ばした義手の男は琥珀の少女、赤毛の男へその蜜色の目線を投げた。


「遅えよ」

「ノアームぅぅぅぅ!」


琥珀の少女は義手の男へすがるように手を伸ばす。義手の男はその手を掴み、少女を手繰り寄せた。


「もう死ぬかと思った」


琥珀の少女は、小動物のような庇護欲を煽る声を出す。


「始まったばかりだぞ」


義手の男はため息を吐く。


男にしがみつく琥珀の少女の様子を見た、赤毛の男は顔を引きつらせた。


「ナーシェお前……」


「(約束)守って!」


琥珀の少女は細い木の枝にしがみつく蝉のような姿勢だった。


「もうすぐだ」


義手の男は顔を下げる。


赤毛の男はくつろぐような体勢からまっすぐに整え、琥珀の少女はしがみつく力を強める。ふたりは僅かに膝を曲げて軽く着地した。


琥珀の少女は安堵した表情を作って義手の男から離れ、赤毛の男はその少女へ一歩寄り、口を開こうとする。


その前に義手の男。


「伏せろ」


義手の男は腹の底からそう声を出した。


「へ?」

「伏せろ!」


赤毛の男は琥珀の少女の頭を押さえて引っ込める。巨大で分厚い剣のような金属が、伏せた三人の頭上で風を切った。


「触んないでよ」


琥珀の少女は梳かした髪を崩されかけ、眉間の皺を深くし、赤い前髪で隠れる薄緑の目を睨む。赤毛の男はそれに目を細めた。


「馬鹿か?」


「は、何が?」


義手の男は赤毛の男へ、ゆるゆると首を振る。赤毛の男は白目を剝いた。


「来い。こっちだ」


噴煙で前後左右の感覚が失われるような中、義手の男は芯の通った人差し指でさした。


琥珀の少女は足を止めて髪を指で梳いている。赤毛の男は攻撃的にため息を吐いた。


「何してる行くぞ」


「え待って髪直したい」


「走れ!」


義手の男は指した方向へ走り出し、赤毛の男は、少女の肺の空気が口から出るほど、その幅の狭く細い背中を強く叩く。


「いっ?!触んなってば!」


三人が走る中、轟音が鳴り響き、爆発の衝撃による突風が3人の背中を押す。


「びーびー泣きやがってたのになんだお前は」


「え、だってノアームいるからもう大丈夫でしょ」


赤毛の男は頭痛こらえるようなしぐさでこめかみを指で押す。


「来るぞ」


義手の男は手を叩き、金属質の音を出した。


走る3人の後方から、五体の四足人外、人丈の二倍ある、丸く大きな粘土に歯を付けただけのそれらが現れる。


赤毛の男は笑みを浮かべて鼻の下を親指でこする。


「任せろ」


赤毛の男は溜めたばねのように膝曲げて体を沈ませると、五体のうち一体へ、右足で突くような蹴りを入れる。突くと同時に左足で蹴って跳ねるようにその反動でもう一体へ突き蹴る。それを繰り返し、5秒のうちに5体の人外は体を陥没させられ、動きを止めた。


Yの字を保つように3人は走る。


赤毛の男は義手の男へ口を開いた。


「さっきの何だ」


少女が口を開く。


「えーっとね、たしか共和派の傀儡粘土だよ。あれ?傀儡の意味わかる?」


“傀儡“流浪の民の言葉にない、その粘土を創り出した国に由来を持つ、よその言葉。


琥珀の少女は赤毛の男へ小首をかしげる。


「お前に聞いてねえ」


突如噴煙は強風に吹き流され、まばゆい太陽の光に大地が照らされる。


「あ!見えた!」


遠い目の前に、巨人をも阻む巨大な塀。広大な平原畑、千の流浪の民たちはそのそびえたつ塀へ向かっている。


赤毛の男はまたたき、空を仰ぐ。


「ちょっと伏せてろ。周り見渡せ」


「えなんで止まんの?」


勢いを落して歩き出した3人。


広大な平原に影が落ちる。曇り模様だった空は、雲一つない晴天だった。その青い空に針のような点3つ。それは大きくなっていく。


3人は足を止めた。


「何あれ~?」


琥珀の少女は顎を上げて見上げ、赤毛の男はしりすぼみの声を出す。


「ノアーム、おれの骨あとで拾ってくれ」


男は白目を剥いて、はかなげな笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界徴税官 @ataokasiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画