第2話 日陰の埃 : 流浪の民の少女

「ふあああああああ」


人の姿をした者のあくび。


その音は、起伏きふくのあるなだらかな大農地にき消え、大空の雲は強風によって川のように流れ、太陽の恵みは東から斜めに降り注ぐ。


「あああああああああ」


見上げるほどの木がひとりで生える、人の歩みによって禿げた薄茶の道の上、人の姿をした者は歩いている。


薄灰色の目に射し込もうとした日差しは、額に密着した片手によって遮られた。


「あああああふあああぁぁ………」


その人型をした者、肩に触れないその琥珀色の短髪を片耳にかき上げる。


熱をさらう涼み風はその者の、長方形の頭を通す穴の空いた長い革服と、その上から着られた長袖の外套、肩に掛けられた革鞄を激しくはためかせた。


「おー」


“見えてきた”と、首を伸ばして遠くをみつめる。


禿げ道の先に、爪色のような薄く赤い石屋根の家々。


少女の小さな唇は曲剣のように弧を描いて歪んだ。


その者、顔立ちは名工によって作られた石灰の彫像のように美しく彫り深く、上から人間の皮膚をかぶせたような色白さ。薄灰色の目は笑みによって細まる。


「うーーーん!」


琥珀の髪を持つ少女はひざ下まである革靴で禿げ道を踏みながら、肩に掛けた革鞄から片手に握り収まるガラス瓶を取り出す。


琥珀の少女はその木栓を開け、中身を両目に垂らし強く目を閉じる。


「んーーーーーーー染みるぅ」


まばたき。


ひとたび。


ふたたび。


みたび。


瞳の色は茶黒くなった。そして太陽から逸らすように伏せられた。


風にあおられながら琥珀の少女は歩み続け、村の出入口前へ。


村に人の気配あらず


琥珀の少女は最も近い建物へ向かい、その扉の戸を指曲げて叩く。


その間に鞄から、魔力を帯び、すり減った硬貨を取り出す。それは、国家君主らによって保証された、徴税を担う者であることの証明。


扉は外側に開かれた。


扉と共に後ろへ下がる少女。


「徴収に来ました。ナーシェです」


扉を開けた、片手を背中で隠す男の村人は、琥珀の少女よりも頭ふたつ背が大きい。


しかし、村人の、少女と同じ色のその目は大きく見開かれ、眉間は深い皺を刻んでいた。


「どうぞ」


琥珀の少女は建物へ足を踏み入れる。


そこは平屋であり、部屋の仕切りはない。


寝台の端には、子ども三人、女が座っており、互いに身を寄せ合い震えている。


部屋の中央、炉のある場まで琥珀の少女は歩き進み、男は少女の背後に回った。


男は背中に回していた手を振り上げる。


その手には短剣が握られていた。


琥珀の少女は振り返ると同時に扇描いて男の横腹を蹴り飛ばす。


男は壁に叩きつけられた。顔を歪めるその男は背を壁に預け、横腹をさする。


「あ~のさ何もしなかったら、ナーシェも何もしないから」


琥珀の少女は腰の革帯に留められた、箱型の魔道具を手に取る。


箱の形から取手の棒が伸び、それは鎚の形を成した。


その様が男の瞳に映り込む。男はうめきながら素早く、寝台の端で縮こまる子供と女の前に立った。


「ん~契約だからね王様のせいだよ。あ、ほらでも(畑荒らしたり人喰う)|あれとか出た時兵隊さんやっつけてくれてるでしょ」


「おれたちで殺してる」


少女は嘲るように鼻を鳴らした。この男は、短剣で刺すのではなく、棒のように振って切ろうとしていた。少女にとって、生き物を殺す経験を積んでいない素人の動きに見えた。


「んふ。お前は違うでしょ~」

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