第2話 返納祭始まり

その冗談に、義手の男はふっと笑みをこぼす。


竜のような大きさ、それ如き威容を放つ3体の巨大な鳥が、大空から槍のような鋭さで降りてきた。


大木のようなその太い翼は剣の如く鋭利に研ぎ澄まされ、あしゆびの爪は馬数匹をまとめて掴み潰せる大きさ。大地への着地手前で広げられた、鋭利な翼の起こす風は、深い抉り傷を大農地に刻み、土煙を輝く青空に巻き上げ、走る流浪の民の背中を切り刻む。


その風の刃は琥珀の少女、赤毛の男もほふった。


その義手を盾とし防いだ男。しかしふたりは水面に跳ねる小石のように吹き飛ぶ。


力の差を示した大鳥は、圧迫するようにさえずりを響かせた。


赤毛の男は仰向けに近い体勢から地面へ脚を刺し、吹き飛ばされた勢いをがりがりと削ぐ。風の刃に流れる琥珀の少女の腕を男は両手で掴み、接地をさせる。


ふたりは体を伏せた。


「ああああくそもう3本しかねえぞ!2本どこいったそっか最初と今のか!」


「いやあああ生きてる!」


仰向けになった琥珀の少女は、顔を、胸を、腹を、腰を両手でひたひたと触れた。


「これみろ」


赤毛の男は縦横無尽に破壊をもたらす大鳥3体を見据え、手の甲を指す。男の肌へ入れ墨のように術陣が刻まれたもの、そのひとつに手の甲へ同じく刻まれた3本の黒い長方形の模様あり。


「そいえば5本あったはず」


琥珀の少女は首を捻る。


「もう2本なくなった。あと3回………」


“それで死ぬ“、その言葉が飲み込まれた。


琥珀の少女は自らの体を抱きしめるように腕を組み、顔を青くして震える。


「イシュの徴税怪我すらしないって知り合いから聞いてたのに。(ロスアリグは)どういうつもりで来てたのさ!」


赤毛の男は口端を下へ引っ張るように顔を歪めた。


「そんな適当吹いたお前の知り合い一緒にぶっとばすぞ」


威圧を放つ影がふたりへ落ちた。もてあそぶように、狙いはあえて外されている。大鳥の1体が跳ねるように趾で大地を叩き踏みつけた。粉々に砕け散る。


「だから」

「ひゃあ!」


砕けた大地に琥珀の少女は足を取られる。


「生きて帰るぞ!」


「生きてるなら頭だけでもいいの?」

「お前なぁつまんねぇよ!」


赤毛の男は琥珀の少女を抱えて大きく跳び上がる。


そして歯を剝いて顔色悪くした。


「やっべぇ……」


大きく跳び上がった赤毛の男はよく目立った。


大鳥の瞳にその赤毛がきらめく。投げられた鎌のように円を描く、その翼。それが赤毛の男へ振るわれた。


風の刃が吹きすさぶ。


「おいこっち来い!」

「あんにゃろー嘘つき!」


義手の男は浮遊するようにふたりの前へ現れた。鏡のようにきらめく義手は突き出され、風の刃は吸い込まれるようにその義手の隙間、肘や指などの関節へ消える。


赤毛の男は歯を剝きだし、閉じた口、歯の隙間から深呼吸をした。


「1本節約……!」


落ちていく3人。


彼らに対する興味を失った大鳥は再び空高く舞い上がる。


「あの鳥印付きだな。ちょっかい出せん」


義手の男が顎で指すところ、それぞれの大鳥の鈍い肌色の足には人為的に見える細い青の線がある。


3人は落下し地に足を付け、亀裂により生じた凹凸に伏せて身をひそめた。


「このままかよ……」


「どゆこと?」


赤毛の男に抱えられていた、頬を赤くして伏せる琥珀の少女は疑問を目に浮かべた。


義手の男は口を開く。


「イシュの返納祭では、青血(の貴族)の所有物ものに加害すると罰される。見ろあれ。青い線塗られてる」


つむじ風を起こすような激しい動きで、槍のように尖った巨大な羽撒き散らす大鳥を義手の指が示す。


その巨体にもかかわらず、ぶれずに視界収めることが困難な動きをする大鳥へ、琥珀の少女は目を細めた。


「見えないんだけど」


琥珀の少女は間延びした表情で口を開け、呆けた声を出した。


「印は大きさも付ける場所も決まってない。これからほかの物も手出しできんだろうな」


「だからどゆこと?」


「うそだろ。何しに来た」


赤毛の男は人差し指で自分の頭をつつく。相手の頭の悪さを指摘する仕草だ。


「え、徴税だけど」


「そりゃそうだ。はん!」


赤毛の男は頭痛をこらえるように眉根を皺寄せた。


義手の男は、琥珀の少女と赤毛の男の肩を叩く。


「もう行くぞ」


3体の大鳥はそれぞれ散り散りになり、大農地を大きく飛び回っている様子を義手の男は見て、呟いた。


3人は裂け目から這い出て身をかがめる。


琥珀の少女は義手の男の言葉を鼻で嗤った。


「はあ~もう止まるとか馬鹿じゃん。しょ、せ、ん、ワールス《氷河の国》の出自。今からナーシェの忠実な手足になりなさい。ナーシェがあなたたちの頭脳になってあげる」


琥珀の少女は気取るように言葉遣いを変える。そのまねごとは、ここから遠く離れた国の、有名な貴族訛り。最も屈辱的な行為のひとつであり、まねごとをした者の多くは死でもって許される。


義手の男は下唇を噛んでうなる。


赤毛の男は頭をがりがりと強く掻く。


「誰のせいで………はあ、あー眠む」


赤毛の男は背伸びをするように思い切り腕を横に伸ばす。


その伸びた手は拳を作っており、琥珀の少女の顔へ強くぶつかった。


少女は短く悲鳴をあげる。


「いった!」


「あー不注意だった」


「はあ、俺たち手足の出番だぞロス」


義手の男はからかうように笑った。


3人へ1体の大鳥が接近する。


少女は腕を組み、小さい胸を張った。


「ほらどうせこうなるんだから」


大鳥は下から風に吹き上げられたようにふわりと浮き上がり、その巨大な趾が大きく開かれる。


りきめ」


義手の男は赤毛の男と琥珀の少女を、二の腕から抱えるようにその固い腕で掴み、前へ鋭く刺すように跳躍する。


「びゃああああああ!」


大地の砕ける音が、背後から3人の耳を震わせた。


「首がぁ………」


赤毛の男と琥珀の少女はうなじをさする。


急速な前進と慣性により、ふたりの首は後ろへ折りたたまれたように揺れた。


ふたりを放して走り続ける義手の男。それに遅れて続く琥珀の少女と赤毛の男。ふたりはやがて追いつき、横並ぶ。


「おいノアーム……!おれ………」


赤毛の男は自らの右手の甲を見て青ざめる。


「あと2本しか残ってねえ………」


義手の男は下唇をわずかに内側へ巻いて曲げる。


「………すまん」


「えなに?」


琥珀の少女はうなじをさすり続ける。


「感覚でわかんなかったかよ馬鹿」


「それナーシェに言ってる?返納祭終わったら帰り道気を付けろよ」


「どういう意味?お前程度がおれをどうにかできるんか」


「あーなんか使えそうな奴とか思ったのが間違いだった。あほ」


「もういいだろ。ほら来るぞ」


大鳥たちは趾を広げ、そこから生えた爪で大地を削り取っている。


それにより流浪の民は弾け飛び、そのいくつかは血しぶきを上げて引きちぎれ、形が判然としない肉になった。


その様に、赤毛の男は顔をより青くし、しかめた顔で手の甲の棒線へ目を落とす。


男からすでに、ひょうひょうとしたような余裕の表情は消えていた。


「想定範囲内の想定外が想定を大きく上回ってるぞ」


「ああ」


義手の男は表情を固くする。


「何言ってるかわかんないんだけど」


琥珀の少女は薄い唇をとがらせる。


「ナーシェ、今はかべ超えだけを考えろ」


「はーい」


琥珀の少女は緊張感なく、猫のように喉をならす。


「素直かよ」


赤毛の男の皮肉に琥珀の少女が歯を剝いて口を開こうとしたとき。


赤毛の男が先に口を開いた。


「おうおう大歓迎だなぁ!」


少女は睨み続けた。


近づき、大きくなっていく街の塀の上から無数の人影が見え始める。


その人影らはそれを構え、それは太陽の光にきらめく。


「あんなんでおれらの足止めなるわけねぇだろ」


それ弓矢。力強く引かれる弓に、こまかなかえし付いた金属の矢あり。


「何かいるよ?」


琥珀の少女は塀の上を凝視する。


その人影らの後ろで人丈より大きな杖を掲げる人間1人。


その掲げられた杖に緑の術陣が浮かぶと同時に、矢はその光を帯びる。


矢は飛沫のように、無秩序に強く放たれた。その進む先に人はいない。


ゆっくりと光の尾を引く矢は、波打つ束ねられた絹糸のような様をその光で描く。


「はあ?」


その様子を見た赤毛の男は威嚇するように片眉を傾けて歪める。


「ええ?」


琥珀の少女は嘲るように右の口端を歪めた。


「外れんぞ」


義手の男は目を鋭くする。


矢はその方向を緩やかに、そして動きをも変えた。


直後。


赤毛の男は己の喉手前で豪速になった矢を手で掴み、義手の男は、琥珀の少女の額の前を義手で横なぎに払い弾く。


「はあ………?」

「ええ………?」




二度のまばたき、枯葉色の目に映ったもの。それは、反対方向に進んだと思った矢先、己の額に吸い込まれるように飛来した矢の先端。それが義手に砕かれる様だった。

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