第27話 空砕き


「起きて!」


男の頬を強く叩く少女。赤毛の男は焦点定まらない目を開ける。


瓦礫の中、あたりは暗い。横たわる男。脚を重ねて座り込む琥珀の少女。閉じ込められているかのような小さな隙間、少女の持つ、松明の、小指ほどの小さな炎。赤毛の男は顔をしかめた。


「えっとわかる?起きた?あのさ聞いて!急に真っ白になって………それで」


琥珀の少女は自らの手の甲を男に見せた。


黒棒の線はまだ一つ残っている。


「(神の)義手のおかげで何とかなったみたい……」



瓦礫のてっぺんが横へ弾け飛ぶ。差し込んできた日の光に、仰向けになっている赤毛の男は目を細めた。


そして、日の光は人の姿に陰る。


「怪我は」


その声は義手の男。


「大丈夫。あ!これ」


義手の男は、差し出された義手を掴み、すかすかの骨格となった左腕にそれを取り付ける。


義手を返した琥珀の少女は立ち上がると、赤毛の男へ手を差し伸べる。


「立てる?」


その手を掴む赤毛の男。ぐっと立ち上がる。


少女と男は突起に足をかけて登り、瓦礫の山から顔を出す。あたりを見回した。


「うそーん」


あたりは残骸が積もっていた。魔術協会だった建物はもうない。


力の気配も。


人が死ぬとき、まりょくは風のように抜けていく。


そのまりょくは空へ、太陽へ向かって吹き抜けていく。


義手の男は腕組みをする。


「大丈夫そうだな。外から見てたんだが………」


義手の男は“睥睨の法“を見上げた。


「あそこから雷が落ちた」


顎を下げる。


その言葉に、開祭直後に展開された花の術陣を赤毛の男は思い浮かべた。


人々にとって、ときに雷と呼ばれるものはまりょくの大きな流れと同一視される。


「その術師は全員捕まえたんだが……」


琥珀の少女は鞄から乾燥した葉を取り出して火をおこし、三本の煙を立たせる


「え?なんかおかしくない?」


「いや有名な術師たちだ。一人残らず捕まえられる」


縄で繋がれた人を大勢担いでいた、義手の男が想起された。


ぼーっとする赤毛の男はこめかみを指で押しながら頭を振る。


「何がどうなったんだ」


琥珀の少女は口をすぼめる。


「受付のうざ男追っかけたじゃん。そしたらロス倒れてて……へんな術にかかったんだと思うよ。そしたらぴかって光って……こうなった」


赤毛の男はがさがざと頭を掻いた。


「このまま拝領行けんのか?」


やがて昼下がりを迎えようとしていた。


義手の男はため息のように、鼻から息を吐く。


「法改正終わるまで無理だな」


「……………あそういうことね。え?でも裁判なし死刑ってなにごと?[なんで“睥睨する法”から即死の雷が?]」


「気になるが正直どうしようもない」


平らな瓦礫に腰降ろした琥珀の少女は両足を投げ出す。


「ん~しばらく暇だね……あ~夕方で終わるといいけどな」


全てが静かになる。そして風が吹いた。


義手の男は耳を澄ましている。


ただ風が吹き抜ける少女の耳。


「おっさー何話してんのかな」


赤毛の男は、その様子をみて目を白黒させる。


「………おっさー?」


風に聞き耳を立てていた義手の男がにやりと笑った。


「来るぞ」


その言葉に赤毛の男は“はん”と口を片方吊り上げた。


ふたりの表情に、琥珀の少女は頭に疑問符を浮かべていた。


が、ただちに満面の笑みを作って目を大きく開く。


「ナーシェでも知ってる……あの人でしょ!さいきょーのなんとか」


義手の男は口を開く。


「空砕きのシルティスだな」


少女は半笑いを作る。


「名前すご。どゆこと」


「すごいってもんじゃない」


義手の男の笑顔は自嘲で歪んでいた。


「ノアームがそんな言うくらい……?!」


「ああ。比べものにならん。アテス《ʔɑŋɛɸ 》山脈の山ひとつ一撃でぶっ飛ばされたのを間近で見たことある。それで近くの山がちょっと大きくなった」


空砕き。その異名と被せるように、赤毛の男は山と空が粉々に吹き飛ぶさまを脳裏に浮かべた。


「………きっも」


少女は言葉を失っている。その表情は脂汗を浮かべているかのようであった。


「話変わるんだが」


少女はいまだに放心している。


「法の塔に行く。一緒に」


赤毛の男は周囲に目を配った。法の塔とは、なぜなら、あらゆる存在の立ち入りが禁止されているからだ。それが人であれば、顎を砕き、四肢を千切り、はらわたを引きずり出す死刑が待っている。


長である男の、風による言伝では、盗み聞きをされる恐れがあった。


薄緑の目の、何故と訴える疑問に義手の男は言葉をつづける。


「俺たちの判断じゃどうにもならん、もうただの返納祭じゃなくなった。(法の塔にすら立ち入れる事態)だからと言って、たくさんの人に知られていいことでもない」


赤毛の男は額に手を当てる。


「わかった」


「途中、ナーシェが最初言ってた共和なんとかがまだうろちょろしてるはずだ。とりあえず叩いといてくれ。回収の心配はしなくていい」


少女はかすれた声を出す。


「りょかい」


「どうした」


「いや別に」


周囲には、煙を見てやってきた流浪の民がちらほらといた。


義手の男は飛び上がると、法の塔と呼ばれる、目立った建物へ向かって線を引くように進んで小さくなっていく。


赤毛の男はそれを追いかける。


しかし少女は未だ茫然としていた。


「だらだらすんな。暇なんかねえよ」


「……りょかい。てか3人で動く話は?」


「こんなんじゃ無理だろ」


立ち上がると、少女は肩を落として赤毛の男の背中を追いかけた。



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