第28話 隠しているもの



目立つ建物、塔へ向かって進むふたり。住宅区域のため、まっすぐ見通せない歪んだ石床の道をたんたんと足音鳴らす。


けだるげに少女の眉が下がっていた。


「はあ……走りたい~狭い~」


ふたりは、すでに徴収が終わった区域を気配静めて進んでいた。


まりょくの気配はその貯蓄量ではなく、体内での循環量が増えることでそれが増す。そして生物としての強さとはその循環量で決まることが多い。


「どきどき心臓やばい」


気配を小さくすることは、弱体化を意味する。


「ロスってよくそんなんでいれるよね」


大地を割る強者が隠密をすれば、ただの短剣はその者の皮膚を貫き、頭を石で殴られるだけで昏倒する。


「いつもと変わらん」


「ちゃんと本気出してよ」


やがて、塔のある広場、そのあたりで足を止める。


「誰もいねぇか?」


「何でナーシェに聞くの」


赤毛の男は少女の肩掛け鞄、特にその中の道具を顎で指す。


「変なので調べてみろよ」


「いやいや。感覚に関しちゃ生身がいちばんよ。そんなもんないし」


少女はにやにやとした笑みを作った。


「なんだよ」


「別に?ナーシェだけにあんなこと言うのかな、みたいな」


「ちげぇよ。単純にお前のほうができること多いだろ」


隠密をする者は、道具によって強さを補うことができる。仕組みによっては、道具の起動で気配を発することがない。


「んふ~何が違うの」


赤毛の男が口を開く前に、少女は言葉をつづける。


「ま大丈夫だいじょぶだよ。ナーシェの勘がそう言ってる」


広場へ踏み込む。


その時ふたりは足を止めた。すぐさま住宅街の路地へ戻る。


何かふたつの大きい気配が、じぐざぐと路地をしらみ潰すように近づいていた。


大きさ、速さ、全てが圧倒的。


身構えたふたりは全身への強打を覚悟。


雷如き刹那の閃光が視界を奪う前。


その一瞬、眼前に現れた碧眼の男。その目は。


“ちょっと付き合え”


空のように澄んだ碧色で訴えていた。


碧眼の男に肩を触れられたふたり。


「ふぁっ?!」


イシュの都、それを囲う塀が霞んで見えるほど離れた場所、大農地に3人は立っていた。


少女は巨大な気配、碧眼の男、カルプラクト家当主を正面に捉えて後ずさる。


「なになになになに!?」


赤毛の男の気配は次第に大きく膨らんでいく。


「どういう状況?!!」


碧眼の男を背に、薄緑の目はより巨大な気配を捉えていた。


「ナーシェ。ワズラル《恐れ大き血》当主だ。徴収する」


その巨大な気配。老いくたびれた茄子なす色髪のその者は、気高く青い血の如き装束を身にまとい、神授の王とその太陽に仕える者の象徴であるつるぎ、それを地面に刺し、柄尻に両手を重ねている。金属の鎧はないが、鎧の術陣が、刺青のように肌に染み込んでおり、顔にも走るそれが独特の威圧を放つ。その草色の瞳は、力強い意志でぎらついていた。


「え?え?え?」


ワズラル家当主。行方知らずとなり、ゆえに“埃被り”の疑義をかけられた。ワズラル家すべての者は王の監獄に幽閉されている。


まりょくの多さに基づいて記されるイシュの“大帳簿”三番目。


このイシュで最も力ある貴族のうちのひとりであるその者の威容に、少女の息が乱れた。


カルプラクト《静謐な血》当主とは違い、あちらは殺気と呼ぶべき威圧を放っている。


頭の中で赤毛の男は、長から受け取っている帳簿の斜線を消し、シュティシュ・イル・ワズラルを浮かび上がらせた。


茄子色の当主が口を開く。


「何だこいつら」


そのイシュの言葉に高貴さはなく、親しい友人という距離を思わせるものがあった。


碧眼の当主はふたりの後ろで、太陽に仕える者の象徴である、茄子色の当主と同じ剣を担ぐ。


「徴税官だ」


「つまらんぼけぇ」


琥珀の少女は“あわわ”と声を震わせる。


「ノアーム呼ぼうよ……!」


「いい」


赤毛の男は鎚を成し、片手で持つ。碧眼の当主へ口を開いた。


「お家に帰ってくれ。仕事が増える」


「するべきことがある」


その言葉に、琥珀の少女ははっと口を押さえる。


「日陰の王様ってこと………?!」


茄子色の当主は地面から剣を抜き、肩で担ぐ。


「おい早く来い」


赤毛の男は笑みを浮かべた。


「びびってんのか」


茄子色の当主は首を横に振り、眉根を皺寄せる。


「……つまらん」


碧眼の当主はにたりとする。


「さすが徴税官だろう。我々から血税を絞り取るだけあって、強い」


両者、動きを止めている。


どちらも、隙がなく、動きそのものが隙となり得る。


琥珀の少女は大声を出した。


「なにやってんのー!」


少女は鞄から、海水が入った大きな革袋を茄子色の当主へ正確に投げつけた。


横回転。


風に乗って、伸びて、伸びて、伸びる。


茄子色の当主が半身に体を逸らそうとしたとき。


その左肩側、碧眼の当主の発した雷電に乗って、腰を落して鎚を構える赤毛の男が現れた。


同時、茄子色の当主はあらかじめそこへ剣を降り下ろしていた。


鎚の柄と、剣の刃の衝突。その柄にある、無数の欠けたような傷、またひとつ増える。


その衝突起点に、大地がV字に切り裂かれた。


力の爆発的な轟音に琥珀の少女は顔をしかめ、両耳を手で塞ぐ。


“どうして会ったばかりで連携が取れて、それを敵も読んでいたのか”


その疑問を浮かべて、少女は碧眼の当主へ目線を投げる。


その視線に合わせず、当主の碧眼はまっすぐ草色の目を捉えていた。


鎚の柄と、刃をぶつかり合わせたまま睨み合うふたり。


碧眼の当主が口を動かす。


「下がれ」


その声に赤毛の男は大きく跳び、斜め後ろへ。


茄子色の当主は剣を下ろしている。それにも関わらず赤毛の男へまりょくの斬撃が走った。


刃の風切る轟音。大地に新たな線が荒々しく刻まれた。


茄子色の当主は剣を上段に構えて、赤毛のロスアリグへ踏み込む。


刃が振り下ろされ、それを躱す赤毛のロスアリグ。その鈍い振り下ろす動きには隙がある。鎚で殴りかかった。


茄子色の当主の口。にたぁっと歪んだ。


振り下ろしよりも数段早く、剣が振り上げられる。


ゆっくりとしたじかんの中、赤毛の男は想像した。


脇腹から両断される自らの姿。


そして、後ろでへたり込んで、それを見つめる琥珀の少女。


すぐさまそれを阻むように、横一列細い落雷がふたりの間に。


切り上げが中断。同時に後ろへ下がる茄子色の当主と、ひっくり返るように距離をとった赤毛の男。


その薄緑の目は、苦々しく細くなる。


にやつく笑みをした茄子色の当主は、賢さを誇示するように自らの頭を指で叩いた。


あまりの速さに何も見えなかった琥珀の少女だが、その空気感を読み取り、ふくれっ面を作る。


“今度は腕に穴あくだけじゃすまないよ”


少女は呆れ顔。


茄子色の当主はさらに笑みを深める。


「どうよ赤毛ぇ!」


“お前の真似。雑魚のふりが好きなんだろ”


あの速度差では、目で見てからでは避けられず、あらかじめ回避行動をしなければならない。


歯を見せるにやけ顔そのままに、剣を上に構えて前進。


直後、腹を狙って叩くように構えて突っ込む赤毛の男。


上からの剣筋躱すように体の軸をずらす。


避けるはずだった。


降り下ろされず上段に構え続けられる剣。汚い笑みに口端を吊り上げる当主。


頭頂部の赤毛を真っ二つ、刃が振り下ろされる。


直後稲妻が走った。


碧眼の当主が雷の如き速さで、赤毛の男をさらう。空を切った斬撃が斜めに地面を伝った。


痛みすら覚える爆音に再び耳を塞ぐ少女。


一直線、巨大な裂傷が大地を走る。


“何度もひっかかるな”


時間が経つごとに碧眼の当主の小さくなっていく気配、そのまりょくが訴える。徴収によって半減している上に、それからさらに目減りしていた。


「ちっ」


薄緑の瞳に赤毛がたなびく。相手の大剣を軸にして、半円をなぞる動きをする。素早く回り込み、薄緑の目は茄子色の後頭部と背後を捉えた。


碧眼の気配が離れていく。


琥珀の少女の声響いた。


「本気!」


すぐさま、振り向く草色の目と視線が重なる。


「出せ~!」


刃が風を切る。


横一閃。その下、腰を落し、蟹のように広げた脚、その太腿に張り付くようにして身をかがめる赤毛の男。刃の風切りが男の耳で渦巻く。


縦一閃、その刃の閃光は、盾として突き出された鎚の柄を叩く。


鎚の柄の傷がまた一つ増え、V字に大地が刻まれる。

体勢崩れた赤毛の男へ、再びつるぎが振り下ろされる。受け止めるが吹き飛び、丸太のように転がった。


「あ~?!」


男の様子に、琥珀の少女は首をかしげる。


碧眼の男の目に、苛立ちが浮かび始めた。


少女は大声を出す。


「どうしたー!本気出せー!」


のそのそと立ち上がる赤毛の男。破れた長袖から腕があらわになっており、二の腕に青い血にじんだまっすぐな傷走っていた。


その青い血に、碧眼の当主、茄子色の当主は釘付けになる。


「心配するなー!体が真っ二つになっても治せるー!」


赤毛の男の唇が動く。


“本当か?”


見逃さずそれを捉えた少女は、ロスアリグの視界に入るよう素早く駆けて、強く頷く。


「ほら!」


少女は勢いよく服をまくり上げ、勢い余り、あわてて、乳房が隠れるように手と服で押さえる。


白い腹の上、一周している、醜いぎざぎざの、ぐしゃぐしゃになった傷跡があった。


顔をしかめるロスアリグ



そして。



突如膨れ上がった圧倒的な気配。


赤毛の男から、大地を割るような力が噴き出す。


力の濃度によって、それに対応した光がある。小さい順に、青色、水色、緑色、黄緑色、黄色、橙色、赤色、黒色。


赤色へと変じた、薄緑だった目。


茄子色の当主は自らの冷や汗を錯覚し、獣の如き口裂けるような笑みを見せた。


「はん!つまらんことしてんなぁはよ来い……」


剣を掲げ、赤毛の男との距離を縮めようと一歩踏み出す茄子色の当主。


その瞬間、棒で突かれたように腹がへこむ。赤毛の男が手の掌を叩きつけていた。


「はあああああ」


茄子色の当主は距離を取る足さばきと同時、掲げた剣を斜めに降り下ろす。


そのつるぎ の平たい部分へ、赤毛の男は手をそえるように腕を伸ばした。


腕を裂くため、 刃の向きが変わる。降りぬかれた剣。 その威力のため、漏れたように飛び出す横水平の斬撃。


少女はあわてて伏せる。あほ毛が切れて吹き飛んだ。


「ひいいいいいい!?」


しかしこの右横一閃、赤毛の男は身をかがめて躱していた。


ただちに切り返した茄子色の当主。


再び下がる足さばきとともに、左横一閃。


振り抜く腕の動きの先を行くように。つるぎよりもさらに速く。刃に追いかけさせるように躱した赤毛の男。


剣を振り抜いた姿勢。それはまさに隙だった。


赤毛の男は体を捻り、小さな動きで腕を突き出した。


腹への貫手。


「っ!」


手を起点に衝撃が一直線、突き抜けた。


茄子髪の男は大あごを開けて、声なき呻き声を漏らす。


腹を貫き、脊髄避けて背面から腕が突き抜けていた


まりょくを保つ内臓が破られ、力の風が吹く。


少女はほっと息をついた。


「……よっしゃ」


腕が引き抜かれる。


倒れることなく、茄子色の当主は膝をつき、静かに息をしている。


液体としてはらわたに収まっていたまりょくが気化し、茄子色の当主から暴風となって吹き上がった。


大きな出血はなく、青い血が、空いた穴ににじみ出ている。


「やったああああー!」


ぴょんと、膝を曲げて跳び上がった琥珀の少女。いちもくさんに茄子色の当主へかけつける。


少女は立っている状態からかがむまでの短い間に、鞄から針と糸、瓶詰の赤い肉をひとつずつ取り出した。


少女の気配に、うつむく茄子色の当主は押しのけるように腕を振るう。


「どけ」


「いや死ぬよ?」


「うせろ」


「はあ?」


“うざい”と訴えかける少女の目。


そこに、歩いてきた碧眼の男。


茄子色の男へ声を投げかけた。


「うち(の屋敷)にいてもらう。(お前の)妹の面倒みてろ」


顔を覆うように垂れ下がった茄子色の髪が、ため息に揺れる。


そののち、力強くあげられたおもて。表情、歯をくいしばるような、強がった笑みが浮かんでいた。


「くず野郎が。他人ひとに家番させるったぁよぉ」


「久しぶりに会えて妻も嬉しいはずだ」


赤毛の男は屋敷での徴収を思い出していた。碧眼の男の家族がぼんやりと浮かぶ。確かに、男の妻と、この茄子色の髪をした男の目元が似ている。


「くそったれ」


茄子色の当主は前のめりに崩れ落ちた。


生命はすべてまりょくによって維持されている。


「ぱぱっとやります。これまりょく袋の代わりになるやつ」


肩掛け鞄から先ほど取り出した肉塊を指でつまみ、これからすることを口にし始める少女。


被服を脱がす。


「これ腹ん中つっこんで、縫って終わり」


少女は、びらびらと動く、男の、背中の厚い皮をすばやく縫い、穴を塞ぐ。次に仰向けにし、瓶から肉を取り出し腹の穴から詰める。


「は、い、で、き、た」


その拍子取った言葉の間に、少女は腹の縫合を終わらせた。


碧眼の男は感心した声をあげる。


「速いな」


「まあね。経験豊富だから」


相槌を打つ碧眼の当主は、顎に手をやった。


うれいに深い色へと変じている、その碧眼。


纏う空気の変化を感じ取った少女は首をかしげる。


「なんか用?」


「お前たち流浪の民に要請する」


風が吹いた。


その言葉を、風が運ぶ。


「は?なんの」


「………」


日が遮られ、影が落ちる。


「………え」


いまだ、言葉を選ぶように、口をつぐむ。


それそのものが、何を言わんとしているのかを意味していた。


影から、夜の香り漂う。


太陽が隠れること、それは人とその神にとって不吉の証。


少女は、降りてきた影にある、まだらな日の光へ寄る。


ついに碧眼の当主は口を開いた。


「近頃陛下の寝つきが悪く、体調が優れない。拝領は明日にしろ」


再び風が吹く。そこに、イシュの返納祭を執り行う流浪の民の長が突然現れた。誰もいなかった場所、まばたきした一瞬で、そこにいたかのように立っていた。


風と共に現れたその者。固く、腕組みをしている。


碧い瞳は微動だにせず長をみつめる。


「イシュの一部で永久的な通行許可証発行[永住権]の用意をしている」


「……うわすご」


少女は誰にも聞こえないように、思わずつぶやいた。


「その覚悟、察してあまりある。だが………」


雲流れて太陽が現れ、日の灼熱が大地を照らす。


「我々も太陽の御子、我が身可愛さに身勝手なことはできない」


碧眼の当主はゆっくりと息を吐き、長の言葉を続ける。


「そうすれば、泥に沈む(お前たちの失くなった故郷)よりもさらに憂き目を見ることになるのだろう?」


長はより腕組を固くし、頷いた。


碧眼の当主は街のほうへ面を向け、流浪の民たちへ背を向ける、


「また会おう」


稲光。


まぶしさに目をしょぼしょぼさせる琥珀の少女。その目はきょろきょろと人影を探す。茄子色の男と、碧眼の男が消えていた。


長が口をひらく。


「戻るぞ」


風が吹く。


イシュの都が小さく見えるほど離れた場所で、少女と、赤毛の男ふたりだけが残った。


「…………え?連れてってくれないの?かみなりおじさんみたいに!?」


少女は顎が外れるかのような、愕然とした顔で膝から崩れ落ちる。


「急げ何してる」


赤毛の男は街へ向かって駆け出した。





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