第25話


三人は尖った背の高い建物へ向かって進む。


それは魔術協会。


出入口手前の小さな四角い広場で見上げる琥珀の少女。


「……でかくない?」


赤毛の男はいままで見てきた魔術協会を思い浮かべる。多くは二階建てだが、目の前のものは四階まであり、尖塔がある。


「……(法律で)大きさ決まってるよねどうなってんの?な予感しかない」


声運ぶそよ風が吹いた。


義手の男の耳がぴくりと動く。


「お前らすまん」


琥珀の少女は白目を剝き、口を半開きにする。


「え」


「代わりに」


男は、左義手の肘から先を取り外し、少女へ投げ渡した。


左の肘先から、すかすかな骨格の腕が組み立てられるように伸びる。


「ええ……?」


赤毛の男はぼーっとふたりのやりとりを見ている。


「手の平からまりょくとか衝撃を吸い込める。あとは棒みたいに使ってくれ」


「えええ……」


その時、街の中心部で光の柱が青空へ立ち上った。


「行ってくる」


義手の男は放物線を描くように跳んで行った。


「………行ってら」


ぼーっとしている赤毛の男はのそのそ、と協会の大扉へ歩き出した。少女は渡された義手を鞄にしまう。


「ねえ約束の話だけど」


「ああ?」


「ナーシェ最初かっこいいとかって言ってたじゃん」


「ああ」


「さりげなくふたりきりにしてって言ったじゃん」


「ああ」


「もういいから」


「………ああ」


「ほかにいい人みつけた」


「ああ」


「それだけ?」


「ああ」


「もお。じゃあ誰だと思う?」


「ああ」


「ねえ聞いてる?」


「ああ」


「………あっそ」


赤毛の男は、背丈の三倍ある大扉を押し開け、口をとがらせる少女はそれに続く。


いくつもある窓から差し込む光。大扉よりはるかに高い天井の下、玄関広間があり、その奥には空っぽの書棚。その書棚と広間を分け隔てる中央には、長い受付机にひとりの青年が強気に微笑んでいた。


柔らかい素材のその服、小さな丸い鉱石の首飾りは協会の者であることを示している。


「ようこそ」


その言葉は、太陽教会の定める公用語。


硬貨を見せる赤毛の男は発音拙くもそれに応える。


「徴収にきたロスアリグ」

「とナーシェでーす」


見せた硬貨を仕舞った少女は流ちょうなその公用語で、赤毛の男から会話の主導権を盗る。


「どのようなご用件でお越しですか」


侮蔑を含んだ青年の目は枯れ葉色。その色はイシュの民らしく水に染みた枯の葉のよう。


「ん……?」


徴収の旨はすでに伝えているはずだと、琥珀の少女は“首をかしげる”という動作を作った。


赤毛の男は、発音を考えながら拙い公用語を口にする。


「徴収だ」


「かしこまりました。ご案内いたします」


赤毛の男は片手を強く振って否定を示し、青年へ近づく。


「いい」


すると青年は鋭く飛ぶ鳥のように宙を高く舞い、空っぽの書棚を超えて広間の右角へ急降下、その姿は背の高い書棚に阻まれ見えなくなる。


青年を追って男は書棚を跳び越え、少女は走って、棚の合間を縫って進む。


男は立ち止まった。下を見る薄緑の目にかぶさる赤毛。姿が見えなくなったその右角。石床であるそこには大きく四角い木扉が開けられていた。


飛び込もうとする男。しかし自らの、包帯巻かれた、大穴のあった腕を見た。踏みとどまる。男の頭の中、少女の言葉が唱えられる。


『弱いふりしてるから』


その唇がへの字に曲がる。


「くそ………」


赤毛の男は、血のように体内を巡っているまりょくの循環量を増加させた。


ちょうど琥珀の少女が、その大きな背中へ声をかける。


「速かったね。お」


少女はその暗い地下の入り口を目に留める。


「はいこれ」


少女は肩掛け鞄をごそごそ漁ると、短剣ほどの大きさの、布で巻かれた木の棒を男へ手渡した。


顔をしかめる男。


「(まりょくで)火がつくよ」


それは松明たいまつ


男が握ると、そのたいまつから火柱が噴水のように湧き上がった。高い火柱が立ち上る。


「あちょちょちょ!天井低かったら大火事だよ」


少女は眉を驚愕に吊り上げて跳び上がった。


男の顔を下から覗き込む。


「ちょっと本気出す気なった?」


にやにやと、男を指でつつくような微笑みを作る少女。


「いいや」


男は階段を下りるように一歩踏み出し、落ちる。


吹き上がる炎は消え、ずどんという音が響き、松明たいまつから抜けたまりょくが風となって戸口から吹き抜けた。


少女は目を点にするような声を出す。


「あれ?どした」


少女は男を追って跳び下りる。


少女の瞳は光のない部屋をはっきりと捉える。足元、赤毛の男が倒れており、少女の肌は、その触れている空気に違和感を覚えていた。


「………ん?」


火とは違った、光が上で灯る。部屋の半分、かすかな明るみ。


そこへ視線を上げた少女。天井へ張り付くように浮かんでいたのはあの青年。その表情、侮蔑は全く消え、目を大きく開くように、こわばっていた。


青年は震える声で少女へ問うた。


「息は?」


「え?」


“してる”そう口を動かそうとした。


青年の目は、さらに怖気で大きく開いた。


青年が動き出す前、少女は全力で、赤毛の男の背中、服を両手で掴み、地下室の出入り口へ投げ飛ばした。青年は脂汗を流して出口へ。しかし四角い天井蓋がひとりで閉まり、青年は顔をぶつけた。


少女から距離を取るように、後ずさろうとしているが、そこは天井。背中を貼り付けるだけ。


「わあああああああ!」


少女の瞳を、青年は怖気あふれる目でみつめる。そこ目掛けて少年は手のひらをかざした。本命の出力が放たれる前の、細い一筋の光が。


手をかざすこともせず、なにもせず、じっとそれを見つめる少女。


青年は首を両手で掴み、暴れる。


光はすでに途絶えていた。


青年の顔は息苦しさのあまり、目が飛び出そうなほど、せき込もうとしている。


全くそれはうまくいかず、やがて、青年は顔から地面へ落ちた。


息すらない、埃吹き上がらずそれ積もるこの地下室。


青年の、被服から見える肌全て、顔、腕、首など、小人から巨人まで、大小さまざまな人の手の跡があざとして残っている。


「………」


少女の顔から表情が抜け落ちる。


肩掛け鞄を探る音。細い手には瓶が握られていた。少女は部屋の大気を口に含み、瓶へ吹き付けて蓋をする。


「はあああああああ」


ため息。


瓶を鞄へ戻した。




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