第10話 防犯

赤毛の男は先頭で階段を上る。


人がすれ違うには体を半身にしなければならない狭いその階段通路、すぐに廊下が現れた。


そこに並んでいる木製の一枚扉が複数。


赤毛の男、琥珀の少女は最も近いその扉へ足音を消して進む。


男は扉の正面に立ち、少女は扉の取手側の壁に背と耳を合わせて息をひそめる。


男は指を軽く曲げ、扉を五度叩いた。


腰帯に付いた小鞄から硬貨を取り出す。


「徴収に来たロスアリグ。開けてくれ」


近づく硬い足音。


開錠の音が鳴る。


扉は開かれず、足音は離れた。


「開けるぞ」


赤毛の男は取手へ手を掛ける。


扉は内側へ押し開けられた。


「ようこそ」


濁ったガラス窓ひとつから射した日差しが、木の香り漂う部屋を青白く照らす


本の詰まった棚、幾何学模様の布をかぶされた大きな長机、綿の詰められた革椅子ふたつなど。


家具豊かなその部屋には、短く整えられた茶髪の小太り、剃り眉の男が脚を組んで革椅子に座っている。その衣服は袖、裾が長く、そしてひじ掛けにぶかぶかと垂れ下がっていた。


「おお、怪我をされているようですね」


小太りの男は部屋にいる赤毛の男へ、その小さい目を細めて嗤いかけた。


「あれ知り合いか」


「さあ祭によく出る泥棒だったのでは」


小太りの男は片方の口端を歪めて笑みを浮かべ続けている。


「そうか」


赤毛の男は腰帯に留めた四角い道具まどうぐへ手を伸ばし、それを鎚と成す。


小太りの男は右手で、額から後頭部にかけて頭を撫でた。


「気が早いな。そこ座って話でもどうかね」


剃り眉の男は対面にある革椅子を顎で指す。


「こう見えて忙しい」


「これほど上質な椅子に座れる機会、(君の)人生で二度とないぞ」


「その貴重な体験はおれにとって価値があるかは別でね」


赤毛の男は鎚の頭を肩までもたげ、剃り眉の男へ近づいた。


「ふん。“勧めの書“、読んだことないのか。人の誘いを断るなど」


「時間ないんでな」


剃り眉の男は赤毛の男の背後へ、放物線を描くように視線を投げる。


開かれている扉に人影が現れた。


剃り眉の男は繕った笑みをやめ、愉快気に口端を横に広げる。


扉に立っていた人影は赤毛の男の背中に隠れるように、音無く接近。


剃り眉の男は嗤った。


「くたばれ泥棒」


かすかに敵意感じるその気配に、弾くように振り返る。


「ナーシェだよ?」


赤毛の男よりすり減った硬貨を示す少女。


剃り眉の男は目を見開き、剃り眉をみみずのように動かして眉間を皺寄せる。


すぐさま剃り眉の男は表情を変え、小さい目を吊り上げた。


少女は口を曲剣のように鋭くし、扉の向こうを指さす。


「あれってお友達かなあ」


開いた扉のその下、手首から先、力なく伏せた人間の腕があった。


剃り眉の男は長い裾に右手を入れると、豆鉄砲を取り出した。赤毛の男の顔真ん中にその黒い穴が向けられている。


引き金が動き、それが元の位置に戻るよりも早く指が動くような、焦りに満ちた発砲。


男は顔に光を当てられたように手をかざした。


手に当たった弾は、音無く絨毯に落ちる。


小さなあざのできた手が、ひらひらと振られる。


「はあ。もういいだろ」


赤毛の男は鎚を握りしめる。


小太りの男は声を出さず唇を動かし、“日陰の埃かぶり”と罵った。


「あ!そんなに強く!」


少女はひそめた声で叫ぶ。


その口を見た赤毛の男は、剃り眉の男の腹をその鎚で強く叩いた。


男は強く息を吐き、白目を剝いてうなだれる。


「(言って)良いこと悪いことがあるだろ」


赤毛の男は鼻から、苛立った長い息を吐く。


「さ、気持ち切り替えよ?ナーシェさきこっち行くね」


部屋の角にある一枚扉を少女は開ける。


その扉の向こうから子供と女の悲鳴が上がった。


「頭叩き割って脳みそすするってのは質の悪い嘘だよ。怖がらないで!」


悲鳴は内臓を口から吐き出さんとするように底から響く。


「も~そんなんだったらほんとに啜っちゃうよ!」


少女の、額に手を当てるような声。


悲鳴は止まった。


"扉から、かわいい唇を横に伸ばした少女がひょこりと顔を出す"


「はい終わり。次行こ」


「ああ」


赤毛の男は薄緑の目を、暗さで深緑にする。


「まだご機嫌斜め?」


「よくそんな顔してられんな」


男の表情は、黒く殺気立っている。


少女は小首をかしげてほほ笑んだ。


「今度ナーシェが前取るよ。背中は預けた!」


ふたつの足音が、倒れた人影をまたぎ、隣の扉へと移動。


赤毛の男は深呼吸と共に、両手で前髪を後頭部までかき上げた。


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