第7話 痴れ者と知恵者

ここは大通り。


琥珀の少女、赤毛の男だけではなく、後続には多くの流浪の民がいる。


「ねえなんで気づけなかったの?危険察知まで弱いふりってあほ?ここ後回しにしようって言ったじゃん」


「罠なんて違法だろ想定してるかよしゃべんな」


大通り脇の建物は全て術陣で封されており、それから放たれる魔力の気配は強固なもの。


大勢で踏み込み、封された建物の前をうろうろしていたとき、その罠が作動した。


「はぁ?あの(追っかけてくる)矢だって違法なんでしょ普通考えるよね。想定外が想定内なんでしょ?これくらい捌いてよ大丈夫ってお前が言ったんだから」


俯瞰してみれば変哲のない広い大通りの中央、そこで琥珀の少女と赤毛の男は汗を流してそろりそろり歩いている。


そのぬき足さし足はふたりだけではない。


建物に隣接する大通りの道端を避けて、多くの流浪の民がふたりと同じように冷や汗を流しながら遅々と歩を進めている。


まっすぐで広いこの大通りには、目で認知できない術陣が設置されており、その道の始めには血染めで倒れ伏す流浪の民ひとり。その流浪の民の胸には大穴があり、手の甲に刻まれた棒線の術陣はひとつ残らず消えている。その体はずたずたに引きちぎられ、臓腑を貪られたように散らかっていた。


「くそが」


「返納祭にこんな(術陣ハイレベ)のできる奴ってさ。やばくない?」


「余計なこと考えるな。黙って(徴収のためだけに)そのちっせえ頭使え」


琥珀の少女は赤毛の男を睨み、歩みを遅くして男の背後を取る。


「なんだよ」


「八つ裂きにしてただけなんだけど」


「はん。そうかよ」


そのとき、言葉にならない男の悲鳴が大通りを走る。


「ぐぅ………」


石畳の地面に生成された丸い術陣。そこから出力された刃によって、ひとりの流浪の民が足元から肩にかけて両断された。その場の近くにいた者らは駆けたくなる足をおさえて歩み寄ろうとする。しかしそれは叶わず。時を止められたように動くことはできない。


倒れた流浪の者の近くに数個の丸い術陣が生成された。そこから小さい人型の化け物が現れる。その化け物、人間の膝丈の高さであり、頭は鼠のような骨格、顔と同じ大きさのその目は皮膚の薄皮に埋もれている。


歯を食いしばる流浪の民も動くことはできない。赤く大きな傷口へその化け物らが跳びつく。鋭い歯がむしゃむしゃと傷を広げた。


体の裂け目からこぼれた臓腑はその小さな手の爪によって切り分けられ、化け物の小さな口からは血泡吹いた咀嚼そしゃくの音がしたたる。


「(動けなくなるって)どういう原理よこれ!」


流浪の民たちはそれを見ることだけが許されていた。


「だから黙れってつってんだろ」


犬歯をむき出す、声を潜めた怒鳴り声。


ついに、ふっと動く体によろめく。肉に群がる小さな人外を、そこに最も近い流浪の民が鎚で叩き殴る。人外は光の粒となって消えた。その人外を消した流浪の民は倒れた食われた者の腰から道具まどうぐを取り去り、腰の帯革に取り付けた。すぐにその懐から徴税官の証である硬貨も回収する。


「落ち着いて。平常心わかってるでしょ」


「だから何だ意味ねえだろお前あれ見て落ち着けって言ってんのかくそ!」


塀越え前の、手足と頭のくだりがなぞられる。


「手足と違って頭は感情で動いちゃだめだし、そんな手足を管理するのが冷静な頭の役目。しかもさ、弱っちい奴気にしてどうすんの。ナーシェたちに弱い奴は邪魔だし恥だよ」


「お前……」


「なんか変だよ……真剣(に)どうしたの」


顔しかめる赤毛の男は赤髪を指の間で挟んでそれを引きちぎるかのように頭を掻く。


その様子を見た者が古びた訛りで喝を入れた。


「皆よ」


流浪の民たちの集団、その中に皺よれた老人、しかし衰えを知らぬような体格と筋肉を持ったその者が杖で石畳の道を叩いた。


「(罠の供給源を)今探っている。焦らずにあれ」


その者は目を閉じ、杖をついて歩き続けている。


「知ってる。最年長でしょ。ルノじじいだっけ」


琥珀の少女は赤毛の男へ追いつき、耳打ちをする。赤毛の男は黙っていた。


「ねえまだ機嫌悪くしてんの?」


赤毛の男は再び強く頭を掻く。


「ルノ爺さんだ。敬意を払え」


琥珀の少女はその様子をじっと見て、その後、大通りに近づく気配へ視線を向ける。


「何かこっち来てる。あ、ノアーム。ん?!何あれ」


巨大な糸玉を引っ張るような人影が、屋根屋根を跳びながら大通りへ近づいている。


「……おい!?こっち来んな!」


赤毛の男は身振り手振りで着地点を変えるよう示す。義手の男は屋根を跳び、すでにその足は空中。


その進路を妨げるものは何もない。


義手の男は、革で巻いた人の束を左手で支えると大通りへ無造作に着地をした。


瞬間、その右の足元に丸い術陣が発生する。義手の男は左脚を軸に、極僅かな動きで足と共に体を後ろへ逸らした。


飛び出した平たいまりょくの刃は鼻息を切り裂く。


「焦った………」


赤毛の男は胸をなでおろす。


「すまん。今気づいた」


その言葉はいくつかの者の表情を固くさせる。琥珀の少女もそのひとり。


「もう何なの。入るまで(まりょくの)流れ分かんないしてか入っても分かんないんだけど。ノアームまで分かんなかったら………」


まぶたを閉じた杖の老人が、目と口を開く。


「皆よ。(この罠は)ハスベスの大木にちなんで作られていることがわかった」


流浪の民たちは得心した表情で目に光を灯す。琥珀の少女はあほ毛が似合う顔で眉根をしわよせた。


「いや何よそれ。みんなわかってますって感じで頷いてるけど」


息苦しい風が吹いた。


義手の男は尻を掻きながら琥珀の少女へ口を向ける。


「この大通りどこかにまりょくの供給源が隠されている。それを壊せば罠が解除されるということだ」


「それって誰でもできる?」


皺よれた老人は背筋をより正し、かの老人世代特有の省き言葉で頷く。


「(わしが居れば)それは叶うだろう。(ここからしばし)歩けばたどり着く。(そのとき)合図を出そう」


大通りを歩く集団の中央、前触れなく刃が突出する。ある流浪の民ひとりがそれに裂かれ、手の甲の棒線が弾けた。


赤毛の男は目を鋭くする。


「暗い中まぶしい突破口が見えただけだ。足元気を付けろ」


流浪の民は歩き続ける。


息を止め、集中した視線飛び交う沈黙が降りた。


「むっ」


目を閉じる老人の杖、その先端の下で丸い術陣が発生。瞬く間に、その杖の先端はふたつに裂けた。杖は何事もなかったかのように断面が接着、修復される。


「……(命)拾ったか」


それを見た琥珀の少女は、したり顔、笑みを作る。


その小さな頭をまるで赤毛に見せつけるようにこつんと叩いた。


「ねえロス。(道から)石引っこ抜いていい?[罰則とかないよね?]」


「やめとけ[どうなっても知らんぞ]」


「じゃ大丈夫だね」

「おいお前」


琥珀の少女はしゃがむと、道の石畳を剥し、勢いよく四角いそれを地面に滑らせて投げた。



ツーっと。



滑りゆく石畳の石。そのまま奥へ消えていった。


少女は再び石床をひとつ引きはがすと、まりょくを込めて投げる。滑っていく石。すると丸い術陣がその軌道を読むように発生、石は刃に貫かれた。


皆の表情に少しばかり力が戻る。


「ねえ見た今の!」


「何がしたい」


赤毛の男は首を振る。


琥珀の少女は再び、同じ場所を通るように力込めた石を滑らせて投げる。石は同じ場所で分たれた。


「ねえ!」


「(石通った場所の上に)まだ(反応していない術陣が)あるって思わねえのか」


赤毛の男は琥珀の少女を睨む。義手の男は束ねた人間を左手に持ち上げながら、道の中央へ歩を進めた。


「そうか」


義手の男は頷く。


「ついて来い」


背筋の伸びた老人は冷や汗でじとりとしたその杖で地面を叩き、音で注目を促す。


「皆よ、ノアームの後に続け」


大通りにいる流浪の民らは全て、その老人の言に従う。


直線に並ぶための移動の最中、刃に手の甲の棒線を減らされる者が片手で数えられるほど。義手の男が先頭に立ち、赤毛の男、琥珀の少女、その後ろに流浪の民たちが並ぶ。


最後尾に杖の老人。


「いくぞ」


琥珀の少女は込めた石を一直線上に投げる。ある地点で刃がそれを両断する。


義手の男は皆が目視できる速度で走り出した。流浪の民たちはその背中を眺める。


刃が発生した地点を義手の男が踏むと、素早く足をずらす。その場所に再び刃が突き出た。


義手の男は足を止めて振り返り、流浪の民たちは彼を追って移動する。刃が出た足元へ琥珀の少女が力込めた石を投げると、再びそこに刃が出力された。


琥珀の少女は口端を上げる。


赤毛の男は首を振った。


「例外も考えろ」


それを繰り返す。


投げる。移動。踏む。投げる。移動。踏む。






強風に流される小雲が、イシュの壁外から太陽を横切るまでそれが続いたとき。


「待たれよ」


皺よれた老人が声を張り上げる。


その老人は目を閉じ、列から外れて杖を付いて歩き始めた。


「あ」


老人の歩みの先へ琥珀の少女は込めた石を投げ、義手の男は老人の元へ走り出す。


「ここだ。ふむ……(解除しようとすれば必ず)しっぺ返しがあるだろう」


老人は杖をまっすぐ地面へ突く。義手の男はなおも、人が束ねられた革帯を片手で持っている。


義手はそれを赤毛の男へ放り投げ、人の束を託す。


「うおいちょちょい待て!」


赤毛の男は体幹ぐらぐらと揺らしながらそれを両手で支えて頭上に持ち上げた。その間にも義手の男は老人の元へ歩く。


琥珀の少女はあたりを見回す。


「(源の周りって)えげつないことなって(罠あ)ると思った」


今まで通ってきた道の上に、人束をそっと下ろした赤毛の男は鋭く見回す。


「まだわからんだろ」


皺よれた老人が杖を前にして一歩、指された地点に義手の男が立つ。


「離れて」


義手の男は両手を真下へ向けると、その腕が鏡のようにきらめく。激しい閃光がその手から放たれたとき、地面には人ふたり入れる直線の穴があった。


ぶわりと風が下から吹き上がる。


術陣を通っていたまりょく解放される突風に髪がたなびいた。数人、鎚をそれにかざす者はいたが、人を叩いたときに比べれば徴収量はないに等しく極僅かだった。


「もうよいだろう」


大通りの端に立つ建物に塞ぎとして施されていた術陣も全て解除される。


「は?」


多くの者は口を半開きにし、ただち警戒に顔を引き締める。


「もうよい。すべて終わった」


そのしを狙って、それらはやってくるに違いない。


人影を探る、人に対する特効的な鋭さでもって。


周囲を円状の電波が広がって走り抜ける。


反応なし。



大きな影を探る、大鳥のような遥か彼方からやってくるものに対する特効的な鋭さでもって。


望遠鏡を覗くように意識が膨らみ、周囲が感じ取れなくなる。


そのとき生まれたのは焦り。今まで受けてきた罠の経験がぶくぶくと心中に溢れる。


敵はこの瞬間を待っていた。


周囲へと投げ広げるのは意識の円、石火のごとく、小さく狭く、大きく広く。人影はなし。


小さな影を探る、羽虫すら逃さない潜むものに対する特効的な鋭さでもって。


あった。


屋根の上何か小さいものが6つ集まっているという反応あり。


それに対し、立ち所雷鳴走る勢いで意識迸ほとばしる。


集中線のように捉えられたそれ。


2対3組の蝿が交尾をしていた。



「よい心がけだな[馬鹿者どもめ]」


愕然とした空気。



それを眺める老人。




異常な気配しせんから逃げた6匹の蝿が彼らの頭上を飛ぶ。






「終わった……?」


自身の目尻にあるほくろのその大きさ、琥珀の少女は目を点にする。



あっけない。流浪の民たちの表情はその言葉で表せた。


「でけえ石人形(地面から)出て来たり死神みてえな格好した奴が出るとでも思ったか。勘弁しろ。そんな苦労法螺話の中だけでいい。又聞きの又聞きでここんこと誰か話す頃にはどうせ(おれたちが)血まみれで巨人倒したことになってるからな」


赤毛の男は顔を片手で覆い、顔の皮を下へ引っ張りため息を吐く。


「さあ行きなさい[早くせんか痴れ者]」


皺よれた老人は杖をひらひらさせた。


流浪の民たちの動きは、まるで蜘蛛の子を散らしたよう。



琥珀の少女は赤毛の男へ、可愛い顔で、尖った舌を顎につくほどべろべろと、しかしその目は悪魔の形相という笑う鬼の表情を向ける。


「べーーーーーー!」


強さこそが全てである流浪の民たち。かべ超え前後、義手の男に守られてばかりの少女に対する目は邪険そのもの。


だがしかし、彼女の美貌以外に無関心だった彼らの目の色が変わっていく。時間あれば誰もが思いつく方法だったが、その1人目こそが彼女。


苦々しく、赤毛かぶさる薄緑の目が少女のかわいい顔からそらされた。


歩き出した男の背中を、にやにやと追いかける少女。義手の男はやわらかな笑みでそれを見送ると、人束を掴み上げてまた屋根を飛び超える。


流浪の民たちは鎚ひっさげて、戸を叩きに行った。



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