第36話 埃まみれの埃掃除

真昼と、夕方の間の時間


王宮前。雨は上がり、太陽が顔をのぞかせる。

巨人ですら見上げるほど高いその扉が待ち構えていた。


ひまわりの茎と葉を蔓のように伸ばした金属の模様が、扉を縁取っている。


扉に比して、豆粒のような赤毛の男がうなった。


「これ……どうすんだ?」


その立ち止まった背中を押すようにそよ風が吐き、ふたりの耳で渦巻いた。


義手の男は顎に手を当てる。


「(長が壊していいん)だとよ」


そのとき、琥珀の少女しょうじょの、“うやむやになる”という言葉が想起される。


嫌な臭いを嗅いだように鼻をしかめる赤毛の男。


「気ぃ進まんな」


薄緑の目が、黄色に変じる。それが意味するのはまりょくの循環量と、気配の高まり。


たんっと跳び上がる。


足の裏で中央を蹴とばすと、大きな音を立てて吹き飛び、その裏にあった扉を補強する厚い金属板も吹き飛んだ。


あまりにも大きい音に、耳に痛みを覚えるふたり。


「っておいこりゃあ…………」


そこから先は、異様な光景があった。


日の光を取り込む窓。しかし、そこからまるで月明りのような灰色の薄明かりが差し込んでいる。


ひまわりの花はないが、その葉、茎、根が王宮の中を全て覆うように伸びていた。


緑色ではない。全てが灰色。


時が止まったように、そこは全て灰色だった。


埃っぽさに、き込むふたり。


「けほ、げほ。どこいきゃいい」


「あれじゃないかたぶん」


横へどこまでも続いて見える廊下。その真ん中、また巨大な扉が構えられている。


「お前やれよ」


「ああ」


義手の男は扉の前に立つと、両手を当てる。


義手の仕掛けが動き、傘の骨組みのように広がった。


それらが閉じると、その閉じた勢いと共に手の平からまりょくが放出される。


また大きな音を立てて、扉は吹き飛んだ。


埃が舞い上がる。


「耳いてぇげほっげほ」


袖で口と鼻を塞ぐ赤毛の男。


「げほっっげほっげほ」


袖がないため、埃を吸い続ける義手の男。


足音が奥へと進む。


たん。たん。たん。たん。


義手の男、その蜜色の目は何度も赤毛を見ているが、その口、声は出せずにいる。


薄緑から黄色へと変じた目は、下を向いており、無口を装っている。


赤毛の男は瞳の奥で、琥珀色の髪がからまった手を幻視していた。


たん。たん。たん。たん。


閉じられるその目。ようやく開かれたとき、力強さを取り戻すようだった。


「ナーシェは………」


「ああ」


「2年前、イシュ生まれの蛆だった」


蜜色の目が、暗く沈む。


「………そうだったか。(弱さは)見過ごせないが……(その時死んだ同胞を)弔ってやれなかったのは心苦しいな」


蜜色の目は、赤毛の男の、腰に付いたふたつめの道具まどうぐを見た。


徴税官の証取り上げたということは、聞かずとも察せられる。


「ただ………それだけ。それだけの話だ」


義手が片眉をぼりぼりと掻く。


「それにしては………」


次の言葉は飲み込まれた。


赤毛の男は、右腕、手当の痕跡がある前腕をさすり始める。


「どうしたそれ」


ぎくりと、軽く顔を背けて赤毛が揺れる。


「ちょっとな………」


「また貧民街はじっこいこうとしてたのか」


「まあ……そんなとこだ」


蜜色の目はあるものを捉えていた。その巻かれた薄布に、琥珀色の細く短い髪が挟まっていることを。


薄緑から黄色へと変じた目は、人影を探すように動き回っている。


「………大変だったな」


たん。たん。たん。たん。たん。


たんたん。たんたん。たんたん。


義手の男は右肘を左手で支え、手を開いて閉じる。義手、腕のしかけもその動きに合わせて開いて、閉じてを繰り返す。


僅かに紫の光を帯び始めていた。


き掃除、何回したことある」


義手の男は調子を確かめるように、胸骨のあたりをなでた。


「2回。でもなぁ大したことがないたまたま居合わせただけって感じでよ。人だったやつと、すげーでかいうろこ蜥蜴とかげ


「同じだな。ただどっちも人だった……のか?」


疑問に吊り上がった眉が、赤毛に被さる。


「なんだよ」


思い出すように、蜜色の目が斜め上を向く。


「なんか人の形をしてたんだが、元が人だったとは思えん感じだった。仮面つけてて、腕三本みたいな。服もなんか、布団頭からかぶって全身隠すような見た目で、その上に仮面。肌も見えなかったから人か……?って疑問が残るっていう」


「ん~よくわからんな。てか何で灰になるんだ」


灰。それは、永遠と不滅を定義された存在。


それを祓う方法。


それは、紫を意味する父母ふぼ神と、その神子である双子のあおあか、それらが定めた、定義を否定するための聖別の力を用いること。


「動物だったら、絶滅直前最後の一匹になったらそうなるって話聞いたことはあるが……どうだろうな。人に当てはまるとは思えん」


至る所埋め尽くすひまわりの根茎を、黄色の目は行き先に沿ってなぞる。


「(灰になったら)必ず祝福というか、呪い授かるらしいから、なんだろうなこのひまわり」


ぐっと前へ伸ばされる義手。肩から指先までのしかけが全開になる。


「(ひまわりは)太陽の花だろ。反転して月の花なんじゃないか」


「何だよ月の花って」


「………さあ。(ひまわりは昼に光るから)夜に光るんじゃないか」


長い廊下がひらけて、大広間に足を踏み入れた。


陽の光を取り入れるための窓から、狂気的な灰色の月明りが差し込んでおり、昼のあたたかさがあるものの、ぽつんとさせられるその大広間と灰色へとなった光が、夜の凍えを錯覚させる。


「逆に怖ぇな」


気配とは、そのまりょくの大きさ。大きな力のうごめきを感じ取れず、圧迫感がない。イシュ王がいると思われる大扉の向こうは、音一つない。


埃が舞う。


「げほっげほ。長も来るよな?」


「そのはずだ」


「通せん坊がいたりしてな」


「ならより都合がいい」


「そうもいかんだろ。さっさとおれたちで掃除した方が後がややこしくねぇし、早い」


その時、大扉がきしみを上げて開かれた。扉は、蛇のように動く蔓がびっしりと絡みついている。


向こう側は、夜のように真っ暗だ。


赤毛の男は胸に手を当てる。


心臓は、破れそうなほど無理な拍動をしていた。


赤毛の男は強気な笑みを浮かべる。


「お前から行けよ。能力的に」


義手の男は、立ち止まっていた。


蜜色の目は、まばたきに何度もまたたく。


「おい」


未だ足は床に張り付いたまま。


冷たい汗が流れている。


深呼吸。しかし舞う埃が喉をちくちくと刺す。


「げぼっげほげほげほっげほ」


「大丈夫かよげほっげほ」


「ああもうらしくねえ!」


赤毛の男はより循環量を増加させる。


気配の増大。黄色の目は、とう色へと変じた。


義手の男から、同じ程度の気配が放たれる。


「ご先祖様が見てるんだぞ?びびってんのかノアーム」


「ああ、でも楽しいな。こんな気持ちでいられるのは滅多にない。それこそ人生で3回目だ」


歯を剝いて笑みを浮かべる赤毛の男。


「しゃあいくぞ」


鋭い目つき、固まった顔の義手の男。


「っしゃ」


「げほっげほ」


ふたりは夜の暗闇に足を踏み入れた。



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