第3話

東部累。



綺麗で気だるげで、元々ある色気を目元の泣きぼくろが、より一層それを倍増させていて。



女子にかなり人気があって、悪い噂も沢山あった。



遊んでいて、痛い事をするのが好き。



みんなが言う痛い事がどんな事を示すのかは、私には想像がつかないけれど、痛い事をするのが好きだなんて。



人が痛みに苦しむ姿を見て喜ぶなんて、全く理解が出来ない。



「怖がりながら、涙目で痛みに歪む女の子の顔ってほんと可愛いよ……。紅羽は特に俺好みだ……」



何処か他所を向いているようで、こちらを見ているはずなのに、視線が合わない。



うっとりと満足そうな顔で、妖艶に微笑む。



ゾクリとするほど綺麗で、でも危うい。



「そうだ。紅羽は今まで彼氏はいた?」



「へ……?」



突然の緊張感のなくなった声でされた質問に、拍子抜けしてしまう。



「彼氏、なんて、いた事……ないで、す……」



両親がいなくなって、弟を守りながらおばあちゃんに心配とか、迷惑とかかけたくなくて、必死に毎日生きてきた。



恋愛とか遊びとかに時間を費やす暇なんてなくて、その時の私はいっぱいいっぱいだった。



「え、嘘。一回も?」



信じられないという顔で言って、すぐに意地の悪い顔に変わる。



「へぇ〜……それは貴重だわ。やっぱり君、いいね」



何がいいんだろう。この人の言動はいまだによく分からない。



それに、ずっとニコニコしていて、逆に怖い。



当分私は、この人に慣れる事から始めないといけない。



私の中で、彼は得体が知れない、恐怖の対象でしかないから。



一年も一緒にいるなら、少しでもその感情を違うものに出来るようにしないと。



大丈夫。怖いだけじゃないはず、だから。



頑張れ、私。



「あの……他に用事が、ない、なら……」



「あぁ、帰りたい? 俺が怖いから、離れたい?」



掴まれている部分が痛い。顔が、近い。



「ねぇ、ちょっとだけ、味見してい?」



「え?」



味見と言われて、意味が分からず彼の顔を見ていたら、もっと凄く顔が近づいて来て。



唇に、何か触れている。



キスだと気づくまで、少し時間がかかった。



「おー……これはなかなか。紅羽、結構やらしい唇してんね」



長く絡むようなキス後、ペロリと唇を舐められ、ニヤリと笑った。



ほんとに、意味が分からない。



何で、こんな事。



信じられない。



手が早くて見境がない。聞いていた通りの人。最悪だ。



唇を拭って、滲む涙を堪えるように唇を噛む。



「キスして口を拭かれたのは初めてだな。ははは、ほんと君は最高だよ」



「いっ、た……痛いっ……」



掴まれた腕に力を加えられ、ギリギリと軋むみたいに傷んで、痛みに顔を歪ませる。



痛いと訴えても、この人はただ嬉しそうに笑うだけ。



痛がるのは逆効果だ。



それでも、痛いものは痛い。



「や、めてっ、離してっ、痛いっ……」



「ご主人様に逆らっちゃ駄目でしょ? ご主人様を困らせて……いけない子だね、まったく……」



パッと手を離される。離されても、まだジクジクと痛んだ。



やっぱりこの人は、苦手。



歩み寄れる気がしない。不安が余計に大きくなった。



「今日はこの辺で勘弁したげるよ。帰っていいよ」



何だろう。今笑っていたはずなのに、寂しそうで、暗い。



「あ、の……だ、大丈夫……ですか?」



無意識だった。



つい、そう言葉が口をついていた。



驚いて、目を見開きながら私を見上げる。この顔は、多分彼の素の部分なんだ。



やっぱり彼は、色んなものを背負って、隠してる。



でも、私にはそれを暴いて背負う勇気も覚悟もない。



「何言ってんの。大丈夫だよ、俺は。変な子だね、紅羽は」



大丈夫と言われれば、私はそれ以上何も言えない。



何も、言わない。



別れの言葉を口にして、私は教室へ戻った。

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