虚無の果て 〜睦月紅羽の場合〜

第10話

〔東部累side〕

俺の専属の子は、今時スマホすら持っていない変わった子。

最初から、俺を見るだけで怯えて震えていて、なのにたまに大胆な言葉を口にする。

そして妙に鋭い。

俺の事を嫌っているであろうその子は、俺のキスを拒んで、キスしたばかりの唇を拭いた。

こんな子は初めてだった。

大抵の子は、俺の見た目と笑顔に喜んでついてきて、簡単に体を差し出した。

だから、興味が湧いた。

そう、単なる好奇心だ。

この子がどんな風に啼いて、どんな風に狂って、どんな風に俺に堕ちてくるのかが知りたい。

痛みを与えた時に見せる、怯えたり泣いたりした女の子の顔は凄く可愛いから好きだ。

この子の怯えた姿が気に入ったから、イジメて泣いた姿も可愛いんだろうな。

考えただけで楽しくて仕方ない。

誰かに言われた事がある。

｢狂ってる……あなたはおかしい……｣

そんな事、自分がよく分かってる。

俺はおかしいよ。狂ってるよ。そんなの言われなくてもちゃんと理解して、その上でやっているんだ。

それしか、俺には方法がない。それしか知らないんだから。

毎日の様に女の子と関係を持って、まるでポッカリと空いたような孤独を埋める。

その為なら、気分の悪くなるようなキツい香水にだって耐えられる。

女の子とシた後は、必ず嫌悪感が押し寄せ、気持ち悪さで死にたくなる。

でも、俺は臆病で、自分を傷つける事が出来なくて、吐き気を我慢しながら一人で部屋の隅で膝を抱える。

意味の無い時間を、ずっと長い間繰り返していた時に現れた紅羽。

衝撃だった。

怯えて震えているのに、やたら反抗的で。嫌いなのを隠さない様子を見せながらも、俺を心配したりする。

一番衝撃だったのは、人前で一睡も出来ない筈なのに、気づいたら紅羽を抱きしめてぐっすり眠ってしまっていた。

それ以来、俺は女の子と関係を持った後は、必ず紅羽を呼び出すようになった。

不思議と紅羽を抱きしめて眠ると、悪くなった気分も、死にたくなる程に辛い気持ちもなくなっていた。

｢これで体の相性までよかったら、離せなくなるじゃん……困ったな……｣

自傷気味に笑った。

寮のベッドに横になり、目を閉じる。

スマホが震え、そちらに手を伸ばして画面を見る。

心臓がドクリと鳴った。

震える手で通話ボタンを押した。

喉が渇く。

『もしもし、累君？』

耳に届く声に、眉間に皺が寄る。

この世で一番聞きたくない声。虫唾が走る。

決まった日に、決まった時間、決まった場所に呼び出される。

行きたくない。嫌なのに、俺には拒む勇気がないんだ。

一人になりたくない。

孤独でいるくらいなら、この女でも構わない。

｢じゃぁ、後で……義母さん｣

スマホを切って、トイレに駆け込む。

吐く物なんてないのに、気分が落ち着くまで出られなくて。

食欲はなくて、体重も面白いくらい落ちていて、それでもやめられないのは、俺が弱いからだ。

｢……ほんと……最悪……｣

乾いた笑いがトイレに響く。

時間が来て、俺は上着を羽織って部屋を出た。

またあの時間が始まる。