第11話

好きじゃない。どちらかと言えば苦手な方だ。



なのに、やっぱり気にはなるわけで。



そこまでハッキリ分からないけれど、やっぱり痩せたような気がするし、目に見えて弱ってる。



なのに女の子と、そういう事をするのはやめなくて。そのくせ、今にも死にそうな顔でぐったりしていたら、嫌でも気になるわけで。



「あの……やっぱり、保健室行った方が……」



「だから大丈夫だよ。ちょっと疲れてるだけだし。うちの奴隷ちゃんは心配性だなぁ……」



笑っているつもりなのだろうか。その顔は青白くて、引きつっていて酷い顔だ。



元々綺麗な顔だから、余計不気味に見えた。



「……でも、今日はちょっといつもより酷くないですか?」



「大丈夫……っていいたいけど……確かにちょっと、やばいかも……うっ!」



突然口元を押さえ、先輩は呻いた。



背中を丸めて床に蹲った先輩に、駆け寄った。



「先輩っ! 大丈夫ですかっ!?」



「……っ、気持ち……わる……っ……」



ここからトイレまでそんなに遠くはないけれど、細いとはいえ私より大きな先輩を担いで行くのは、どう考えても不可能で、今の状況を考えたら間に合わない。



教室を見回して手短なゴミ箱を見つけて、素早くそれを手に取った。



「ぅ、えっ……ぁっ……はっ、ごめっ、うっ……」



「気にしなくていいから、全部吐いちゃって下さい。楽になるから」



ゴミ箱が間に合わなくて、床に吐き始めた先輩に、ゴミ箱を手渡し、抱えながら嘔吐している先輩は謝り続けていた。



私より大きな体が、震えていて、私はどうしても放っておけなかった。



「っ、な、にしてっ、汚れっ……」



「こんなに冷たくなって震えてる人が、何ワガママ言ってんですかっ!? 黙って抱きしめられてて下さいっ! ほら、遠慮せず全部出し切って下さいねっ!」



人前で醜態を晒すなんて、この人は嫌なんだろうけど、今はそんな事を言っている場合じゃないから、私も多少なりとも強気になる。



好きじゃないけど、こんな辛そうな姿を見るのは何だか、嫌だった。



落ち着いた頃、床を掃除し終え、ソファーで眠った先輩の汚れた上着を持って、廊下に設置してある水場に移動する。



上着を洗い終えて、教室へ戻ろうとする私の前に、見覚えのある女子生徒が現れた。



キツめの香水が鼻をついた。



「ねぇ、あんた累の奴隷なんでしょ? 累どこにいるか知らない?」



「東部、先輩は……その、体調が悪いので、今眠ってます……」



「えっ、ヤバイじゃん。案内してよ、あたしが看病するから。あんたは帰っていいよ」



明らかな敵意がある目を向けて、鼻で笑うその人。



でも、東部先輩は多分いい気分にはならないだろうから、怖いけれど私はその人の目を見つめて口を開いた。



「先輩には、私が、いますのでっ、大丈夫、ですっ……」



「は? あたしよりあんたがいた方が累が喜ぶって? いい気になってんじゃねぇよ。つか、お前何様?」



強くなる敵意の目に、足が竦む。



「お前みたいなのがいて、累に何のメリットがあるんだよ。奴隷に選ばれたからって、特別だと思ってんの? 調子のってんじゃねぇよ」



胸ぐらを掴まれ、振り上げられた手が振り下ろされる。



殴られる、と目を閉じて顔を背けた。



「ストップ。そこまで」



耳に届く声は、先程までの弱々しさが全くなくて、安堵する自分がいた。



「奴隷ちゃん相手に何してんの?」



「る、累っ……これ、はっ……そのっ……」



女子生徒の手首を掴んだ東部先輩が私を見た後、私の抱えている上着を見て目を見開く。



「まさか、洗ってくれたの?」



「え、あ、はい……汚れたままは、よくないと思って……」



そう言うと、東部先輩はふわりと、でも困ったように笑う。



「そんな事までしてくれるんだ……ありがとね」



私は東部先輩に引き寄せられた。



「悪いけど、俺の許可なくこの子に触らないで。また勝手な事したら、許さないよ」



「る、累っ、でも……」



笑顔なのに笑っていなくて、その貼り付けた笑顔すらなくなった。



据わった目。その表現が一番当てはまる、冷たい目でその人を見つめる東部先輩。



「この子は特別だから、お前みたいなビッチとは違うんだよ。分かったら、もう二度と俺の前に現れんな」



それだけ言って、東部先輩は私の肩に腕を回して歩き出した。



まだ背後で「もうシてあげないからっ!」と聞こえたけれど、東部先輩は小さく「女はお前だけじゃねぇっての」と呟いて笑った。



教室へ戻ると、ソファーにまた座って、私を見た。



「掃除までしてくれて、何か凄く迷惑かけちゃったね」



「そう思うなら、あまり無理しないで下さいね。後、助けてくれて、ありがとうございます。というか、よかったんですか? その……そういうお相手、だったんですよね?」



「うん。まぁでも、丁度良かったよ。元々面倒な子だったから切りたかったし。特に香水が一番キツい子だからさぁ、臭くて臭くて……」



心底嫌そうな顔でそう言った。



「紅羽……来て」



自分の膝を叩き、両手を広げてニコニコしている。



先程よりだいぶ顔色がよくなった事に安心し、先輩の膝に座る。



「はぁ〜……やっぱり紅羽は落ち着くわ……」



胸元に額を擦り付けて、先輩は深呼吸を始める。



「紅羽、いい匂いする……」



「ちょっ、匂い嗅ぐのやめて下さいっ……」



「別にいいじゃんちょっとくらい、減るもんじゃないんだし」



更に強く抱きしめられ、首筋に顔を埋められる。



擽ったくて、身動ぎする私の首筋に吸い付いて来る唇の感触。



「ゃ……んっ……」



「これだけでそんな声出すんだ……可愛い」



楽しそうに笑った先輩に、私は質問を投げかけた。



「先輩、はっ……何でっ、体調が悪くなる、のに……女の子と、その……」



「ん〜? 普通に気持ちいい事は好きだし……俺基本寂しがり屋だからさ、誰かと肌合わせてないと、死んじゃうんだよね……」



顔は見えないけれど、好きでしているようには、どうしても思えなくて。



「どこまでが……本当なんですか?」



先輩の動きが止まる。



そのまま私を見上げる。その目は、どこか怯えてるような、不安の光が揺れていた。

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