第二章

第9話

一度だけだと思ったけれど、私の予想は日に日に確信に変わっていった。



東部先輩は、しょっちゅう違う女の子と関係を持っていて、その後は必ずと言っていい程、顔色が悪くなる。



たまに辛そうな顔をしている時もあった。



私は、呼び出される度にビクビクしていたけれど、何かされるわけではなく、ただ抱きしめられ、添い寝をさせられる。



だからか、最近は東部先輩の寝顔ばかりを見ている気がする。



しんどいなら何でするんだろう。自分で自分を苦しめて何がしたいのか、さっぱり分からない。



今日は呼び出され、ソファーに座る私の膝に頭を置いて眠っている。



見れば見るほど綺麗で、自分が女だと言うのが恥ずかしいくらいだ。



眠ったからか、先程よりだいぶ顔色がよくなってきていた。



無意識に少し長めの髪を指で梳くと、想像以上にサラサラで、東部先輩がくすぐったそうに身動ぎする。



急いで手を引っ込めようとしたら、手を掴まれる。



「やめないで。もっと、撫でてよ……」



太ももに頭を擦り付けて、甘えるように言う。



他の女の子達にもそういう風にするのか。何故私なのか。甘やかしてくれる人はいくらでもいるだろうに。



色んな感情が浮かんでは、無意味だと知って消える。



サラサラの髪を撫で続けて、また寝息を立てる東部先輩は、子供みたいに私の制服の裾を握りしめている事に気づく。



この人は何に怯えているんだろう。何にしがみついているんだろう。



何を、求めているんだろう。



眠る先輩をただ見つめる私の耳に、足音が聞こえて扉が開いた音も届いた。



「あれ? 累寝てるの?」



「あ……はい……」



現れたのは、金色の頭をした見覚えのある人。



美都の、主だ。



「へぇー……累が人前で、しかも女の子の傍でこんなにぐっすり眠るのを見るのは久しぶりかも……」



感心するかのように、東部先輩と私を交互に見比べて、少し楽しそうに笑う。



「こいつさ、ちょっと家庭事情が複雑でさ、詳しくは話せないけど、色々あってね。人前、特に女の子の傍では気を抜く事すらできなくなったんだよ。前より女の子との遊びが激しくなってきて、それ以来余計にね」



真剣で、でも少し心配そうな顔で彼は東部先輩を見ていた。



「あの、先輩は、東部先輩とはどういう……」



「あぁ、俺と累は幼なじみなんだ。俺からしたら、弟みたいな感じかな。デキがよくて、繊細すぎる手のかかる弟だよ」



優しい顔で東部先輩を見ながら笑って、入谷先輩は言った。



何だかんだ言いながら、入谷先輩は東部先輩を少なからず大切に思っているんだろう。



「あの……」



私は、何故東部先輩の様子がおかしくなるのか、入谷先輩なら知っているんじゃないかと思い、聞いてみる。



すると、入谷先輩の顔色が変わった。



言いにくそうに口を閉ざして、悩んでいるみたいだ。



「君はさ、それを聞いて知って、どうするの?」



言われ、私は言葉に詰まった。



「知って、累の中に触れて、君はこいつの全部を抱えられる覚悟はある?」



難しい顔でそう詰められ、私は何も言えずにいた。



そんな覚悟、あるわけない。



私には、そこまで東部先輩を思う気持ちはないから。



「厳しい事言うようだけど、人の奥を知るって事は、その人の全部を背負うって事だから。その覚悟がないうちは、知るべきじゃないよ」



謝って、俯いた私の頭をポンポンと叩かれる。



「累の事情は特に重いからさ、そう簡単に他人の俺から教えるわけにはいかないし、聞くもんじゃないしね。君が本当に累を大切に想って、累の全部を知りたい、聞きたいって思った時に、本人から聞くといいよ。ごめんね、キツい事言って」



優しく言われ、私は素直に頷いた。



「どうでもいいけど、俺の奴隷に気安く触らないでくれる? いくらりっちゃんでも許さないよ」



下から声がし、驚きでそちらに目を向けた。



開かれた綺麗な目と視線が合って、見つめられる。



この人はジッと見つめる癖があるのか、たまにずっと見つめられる時がある。



「で? 二人で俺の悪口でも言ってたわけ?」



「違うよ。親父さんがお前に電話かけても繋がらないからって、俺にかけてきたんだよ。そしたらお前寝てるし。だから、彼女とちょっと話してただけ」



さほど興味が無さそうに「ふーん」と言って、東部先輩は欠伸をした。



呆れたようにため息を吐いた入谷先輩は立ち上がって、用事が終わった様で軽く挨拶をして出ていった。



美都の主は、凄く優しくていい人そうだからよかった。



それが分かれば、後は自分の心配をするだけだ。



先程の入谷先輩の話を聞く限り、東部先輩にはやっぱり何かあるようで、これからが不安で仕方なくなった。

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