第8話

両手を束ねて縛られ、ベッドへ繋がれる。



寝転んでいる私は、ただ天井を見るしかなかった。



今更何をどう足掻いた所で、私には逃げ場所なんてない。



それでも怖くて、震えは止まらない。



私には跨る東部先輩は、何をするでもなく、私をただ見下ろしている。



その目は酷く冷たくて、何か言って欲しくて、でも何を言われて、何をされるのか知るのも怖くて。



何も言わず、私の服に手を伸ばした。



「いゃ……やめて、くださいっ……」



「口も塞がれたい? 奴隷は黙ってご主人様に従えって言ったよね? 何回同じ事言わせるのかな。君、バカなの?」



いつものような気だるさなんてどこにもなくて、冷たく無表情で、綺麗な顔がその冷たさを引き立てる。



「ご主人様優先だって言ったじゃん。何他の男に好きとか言ってんの? 君は俺の所有物なのにさぁ……君の気持ちも俺が一番じゃなきゃ駄目でしょ」



無茶な事を言われても、好きになる要素が今の所どこにもないのに、どちらかと言えば怖くて苦手なのに、気持ちまで東部先輩を一番にとか、少なくとも今の私には、そんな事絶対に無理だ。



「君って、愛されて幸せいっぱいに育ったんだろうね……」



「え?」



ニヤリと笑う東部先輩は、少し危なっかしくて、何故か心配になった。



ゆっくり私のシャツのボタンを外しながら、ぎこちない笑顔を貼り付ける。



「俺、君みたいに綺麗で優しい世界に生きてる子が大っ嫌いでさ……汚して、壊して、グチャグチャにしたくなるんだよね……」



言っている事が無茶苦茶で、全く理解が出来ない。



何故人が幸せである事が許せないのか。



「先輩、は……幸せじゃ、ないんですか? たくさん、愛してくれる女の子……います、よね?」



そう言うと、東部先輩は目を見開いて、一瞬だけ眉を潜めた後、諦めたように鼻で笑った。



何か、いけない事を言ってしまったのか。



「その純粋さは時に残酷だよね……。ほんと君は俺の神経を逆撫でするのが上手い……」



「いやぁっ!」



シャツが乱暴に開かれ、ボタンが飛び散った。



ありえないくらい、体がガタガタと震え、歯がガチガチと鳴る。



「もっと怖がって怖がって怖がって……俺でいっぱいになれ。俺だけで支配されればいい。俺だけの奴隷ちゃん……」



「ぃ、あぁっ!」



耳を噛まれて、痛みに顔が歪む。



「いい声で啼くね……もっと聞きたい……」



「いやっ、んっ、ぁあっ……」



首、鎖骨、肩を噛まれ、痛みばかりが体を襲う。



痛みが麻痺して痺れ始める頃には、体中が噛み痕だらけになっていた。



「肌が綺麗だから、噛み痕の赤がよく映えるから凄くいいね……血なら、もっと綺麗だろうね……」



舌なめずりをして恍惚の表情を浮べる東部先輩に、背筋がゾクリとする。



血が出るような事までされ続けたら、たまったものではない。



噛まれる痛みで何度も意識が飛びそうになるのを、快楽で引き戻されてまた痛みを与えられる。



繰り返され、痛みも意識も麻痺して訳が分からなくなる。



荒い息をしながら、ただ呆然と楽しそうな東部先輩を見る。



「何? もう限界? まぁ、最初だし、この辺で許してあげよっか。そのうち痛いのすら気持ちよくなるから、早く慣れてね……」



甘くとろけるようなキスに、やっと解放されるのだと安堵する。



無意識に力が入っていたのか、凄く疲れてしまって、少しの間起き上がる事も出来なかった。



そんな私を後ろから抱きしめ、東部先輩は眠ってしまった。



怖くて勝手な主。



なのに何処か危なっかしくて、寂しそうで、妙に心配になる人。



「君は俺のなんだから、俺以外の男とあんまり仲良くなっちゃ駄目だよ?」



そう言って私の髪を撫でた時の顔が、捨てられた動物のようで。



背中に体温を感じながら、疲れのせいで眠くなって、目が閉じてくる。



帰りたい。でも、疲れた。眠りたい。



東部先輩の心音を聞きながら、重くなる瞼をゆっくり閉じた。

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