第22話

体のダルさに目が覚める。



熱さと痺れは治まっていて、でもどこか頭はボヤっとしていて、一瞬どこにいるのか分からず、目だけでキョロキョロ動かす。



手に温もりがあり、そちらを見る。



「……み、やび……」



「……ん……っ!? お、おはよっ、目、覚めた?」



泣きそうな顔をした美都を不思議に思いつつも、私は今いる場所が自分の部屋だと気づいた。



その瞬間、頭に浮かんだのは東部先輩の事だった。



「……美都……東部先輩は?」



私の言葉に、美都の眉間に深いシワが刻まれる。



「アイツがあんたに何をしたか、分かってないわけじゃないよね? それとも、最初から意識なかったの? もしそうなら、黙ってるわけにはっ……」



「待って、美都。ちゃんと意識はあったよ。それに、もちろん最初は怖かったけど、それでも受け入れたのは私だよ」



私が言った事に納得がいかないようで、美都はまだ難しい顔をして私を見つめていた。



長い沈黙。



その沈黙を破ったのは、美都の重いため息だった。



「はあぁぁ〜……分かった。もう体、何ともない?」



「少しボーッとして頭重いけど、大丈夫だよ」



「薬は抜けてると思うから、寝すぎが原因だね。二日は眠ってたから」



今は夕方だから、今日で三日目と笑った美都は、いつも通りに戻っていた。



そして、違和感に気づく。



「……あれ? 何で?」



「紅羽。東部先輩は危なっかしいし、先輩の事を心配するのも分かるけど、もういいんだよ」



美都の言っている意味が分からない。



分かるのは、私の首にはもう、先輩との繋がりを持つ首輪がなくなっていた事だけだった。



「紅羽は、東部先輩の奴隷じゃなくなったんだよ。だから、もう先輩の事で心配したり、怖い思いをしてまで、無理する必要もないんだよ」



分からない。



東部先輩の奴隷じゃ、なくなったなんて。



「先輩に会わなきゃっ……」



「紅羽っ! まだフラフラしてるじゃん。休んでなきゃ駄目だよっ!」



今すぐ会わなきゃいけないのに、体が言う事を利かなくて、もどかしくて歯痒くて涙が滲む。



泣く私を、美都が優しく抱きしめて、背中を撫でてくれる。



私は泣くしか出来なくて、美都に抱きついて声を上げて泣いた。



泣き疲れてまた眠った私が目を覚ますと、美都は床に座って雑誌を読んでいた。



そしてその前に向かい合う形で座る、もう一人の人物。



金色の髪が印象的な先輩。



「あ、おはよ。って、もう夜だけど。もう体、平気?」



「はい……大丈夫です。ご迷惑かけてすみません。後、美都まで長く借りてしまって」



言うと、入谷先輩は優しく笑う。



そして、すぐに真面目な顔をして私をまっすぐ見据えて口を開いた。



「紅羽ちゃんはさ、累をどう思ってる?」



唐突な質問に、私は働かない頭を一生懸命機能させようとする。



私は、先輩をどう思っているのか。



気になる。心配。怖い。大切。特別。



好き。愛しい。



「分からない? 俺はね、アイツを救えるのは君だけだと思ってるんだ」



救うなんて、なんの力のない私にそんな事出来るのか。



色んな感情が込み上げて、混ざってぐちゃぐちゃになる。



だけど、頭に浮かぶのは東部先輩の事ばかりで。



東部先輩の事を考えない日はなくて。



東部先輩が快感をくれるから、それに依存しているだけなのか。



いや、違う。そんな簡単な感情じゃない。



あの人の悲しみも苦しみも、奥に眠る闇さえも全部、私が消してあげられるなら。



私にそんな事、出来るのだろうか。



いや、そうじゃない。出来るのかじゃなくて、したいんだ。



何だ、答えは簡単だった。



「そっか……」



口が勝手に言葉を放つ。それに笑いが込み上げる。



笑いだした私を、不思議そうに二人が見る。



「入谷先輩。前に言ってくれた事、今ならちゃんと答えられます。私、東部先輩を救います。偉そうな事言ってるのは分かってます。何からってのはまだ分からないし、それがどんなに重い事かも、出来るかなんてのも分かってないです。だけど、私は全部受け止めて、東部先輩を幸せにして見せます。何があっても、逃げる事だけは絶対しません。だから、東部先輩に会わなきゃ。会って、ちゃんと言わなきゃいけないんです。居場所、知ってますよね?」



私が言葉を並べる間、入谷先輩も美都も黙って聞いていてくれて、聞き終わった後、二人して笑いだした。



「思い切った事言ったね。紅羽ちゃん最高だわ。ほんと君って期待を裏切らないよ」



「さすが面倒な男が惚れるだけの事はあるね、ほんと」



二人が笑うのを、私は不思議な気持ちで見ている他なかった。



そんなに変な事を言ったのだろうか。



ひとしきり笑って、入谷先輩が東部先輩の最近の事も含め、居場所を教えてくれた。



私が東部先輩の部屋から連れ出された次の日、私のクラスに現れて暴れに暴れ回って、今後私に手を出す事は許さないと釘を刺したらしい。



東部先輩からすれば、自分以外の人間が自分の所有物に傷を付けたのが許せなかったんだろう。



それにしてはやり過ぎな気もするけれど。



それ以来、東部先輩は学校に来なくなった。その時に、私を奴隷から解放したとの事だ。



入谷先輩が電話をしたけれど、一度出たきり、出なくなったとの事だった。



「それで昨日さ、女の子と歩いてたの見て、俺腹立って、殴っちゃったんだ。でも、アイツは、怒る事も殴り返す事もしなかった。何もかも諦めたみたいな顔して、笑ったんだ」



悲しそうな顔で眉を寄せる入谷先輩が、東部先輩をどれだけ大切に思っているかよく分かる。



やっぱり、東部先輩に会わなきゃいけない。



そして、私も一発殴ってやらなきゃ。



それから、抱きしめて、キスをして、いっぱい甘やかしてあげなきゃ。



次は、東部先輩が覚悟する番だから。



迎えに行くから、待っていて、先輩。

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