第2話

奴隷といっても、ここ数日特に何か連絡がある訳でもなくて、私は平和な日々を過ごしていたりする。



奴隷として平和というだけで、それ以外はあまり平和、というわけではないけれど。



東部先輩はあの外見なうえ、物腰柔らかで色気もあって、女子にかなり人気がある。



だから、そんな東部先輩の専属になったというだけで、私は敵視されていた。



今の所何かされたというわけではないけれど、ヒソヒソされたり、聞こえるように色々言われたりしてはいた。



言い返すとか、開き直るとかそんな事ができる訳もなく、ただ黙っているしかなかった。



無意識に触れた慣れない首輪が、ちょっと違和感で。



幼い頃、犬についている首輪が可哀想で、意味も分からず外したら、犬が逃げてしまって、犬を大切にしていたおばあちゃんを悲しませてしまった事を思い出した。



両親と私と弟が出かけていた時、事故は起こった。



飲酒運転。トラックに衝突された車は、ガードレールに突っ込んだ。



奇跡的に助かったのは、私と弟。



両親は、助からなかった。



母方の祖母にあたるおばあちゃんが、私と弟を引き取って育ててくれた。



優しくて明るくて笑顔がいっぱいのおばあちゃんが、私は大好きだった。



そんなおばあちゃんも、去年亡くなってしまった。



弟は叔母の所へ引き取られ、私は寮があるこの高校を受験した。



そして私は、弟にだけ連絡出来るよう、東部先輩に借りているスマホに、弟への連絡先を入れさせてもらった。



さすがに奴隷になりましたなんて言えないけれど。



今日も普通に授業を受け、放課後が来る。



スマホが震える。初めての事に、驚いてスマホを見つめてしまう。



「……あ、出なきゃっ……」



ハッとして、急いでスマホの通話ボタンを押す。



「も、もしもし……」



『やぁ、奴隷ちゃん。まだ学校にいる?』



いつも通り気だるげな声で、電話越しに久しぶりの会話。



「い、います……」



何だろう。今まで連絡がなかったから、私に大した興味はないんだと思っていたのに、油断していた。



何だろう。何を言われるのか、凄く不安だ。



「なん、ですか?」



『そんなに怖がらなくても、取って食べたりしないよ? ……今は』



今は。そのうち食べるって事なんだろうか。



そもそも食べるって何だろう。意味が分からない。



そんな事を思っていたら、話が先に進んでいて。



『というわけで俺、おしるこね〜。奴隷ちゃんも好きなん買っといで。お金後で返すから』



「えっ、あのっ……」



切れた。マイペースな人だな。



とりあえず、学校内にある自動販売機まで急いだ。



裏庭にある自動販売機に、おしるこはある。というより、そこにしかない。



私はミルクティーを選んで、東部先輩の待つ屋上へ向かった。



制服が乱れていて、艶っぽくて、普段より色気が倍増している気がした。



だからと言って、私の何かが特に動くわけじゃない。



「あ、あの、お、おしるこ……です」



「あんがとね〜。えっと、お金お金〜」



財布を取り出した東部先輩に、私は首を振る。



「い、いい、ですっ……あの、大丈夫っ、なんで……」



そんな事より、早く解放して欲しい。



何かされたわけじゃないのに、この人の雰囲気とか、醸し出される色気とか、何だか苦手で、特に目が駄目だ。



深い闇が広がってるようで、怖くて仕方ない。



こんな目は、見た事ない。得体が知れないものは、怖い。



「いやいや、駄目だよ。女の子に奢られるのって、男としてはよろしくないじゃん?」



意外に律儀な人だ。私は仕方なくお金を受け取った。でも、自分の分は意地でも受け取らないように、断り続けた。



借りなんて、絶対作りたくない。



「紅羽ってさぁ、変に頑固だよね」



「そう、ですか?」



頑固なんていう事はない。この人に出来るだけ関わりたくないだけ。



早く、離れたい。



「そんなに俺が怖い?」



「っ!?」



突然掴まれた腕と、いつの間にか近づいていた綺麗な顔。



透き通るように柔らかいのに、どこか苦しそうな声。



でも、今の私には、恐怖が大きくて、気にする余裕なんてなかった。



「キョドり過ぎでしょ。いっつも怯えたみたいな顔して、逃げようとするじゃん」



「そんな……こと、は……」



「目を逸らすな」



低く威圧するような声に、体が縮むように強ばる。



怖い怖い怖い怖い怖い。



心の奥の奥まで覗かれるような、暴かれるような、引きずり込まれる。



駄目、涙が。



「紅羽さ、それ、ワザと?」



「な、にが……ですか?」



ほんとに、もう解放して欲しい。



この人から、離れたい。



「男はさ、どんなに優しい奴でも、女にそんな顔されたら、狼さんになるんだよ?」



「どんな顔……ですかっ……あの、離してくださっ……」



力をどれだけ入れたって、彼の力が圧倒的で、ビクともしない。



痛い。



「その顔……やっぱり、いいわ。もっと、痛がってよ……」



「いや、痛いっ、ぃたっ……ぃ、離してっ……こわっ……い……」



痛いのも、怖いのも、嫌だ。



でも、この人は痛さと怖さばかり与える人。

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