第24話

教えられた場所は、豪華なホテルの一室。



何故こんな場所に、なんて野暮な事は考えるだけ無駄だ。



東部先輩のそういう場面は、今までも散々見てきたんだから。



それより、先輩に会う事の方に緊張している。



何処から手に入れたのか謎だけれど、入谷先輩がくれたホテルのキーであろうカードを渡され、扉の前に立った。



恐る恐るキーを差し込み、扉を開いた。



「あぁっ!」



何かを叩くような音と、女性の悲鳴に似た声が部屋に響いていて、足が止まった。



部屋を間違えたわけではないのなら、この何とも言い難い空間に、東部先輩はいるはずだ。



「もっとっ、もっと強くっ、そうっ、ああっ、累君っ!」



女性だけの声が響く中、名前が呼ばれた。



気持ち悪い。



目に入った光景が、想像を絶するもので。



もしかしたら、そんなに大した事じゃないのかもしれないけれど、私にはありえない事だったから。



手足を縛られた女性の体を、何かでぶっている東部先輩。



女性は恍惚の表情を浮かべて喘ぎ、先輩の表情はまるで人形のように無表情で、背筋が冷えた。



その異様な光景に、私は吐き気を覚える。



けれど、私は逃げないと、先輩を救うと決めたから、崩れそうになった足に力を込めた。



目を逸らす事さえせず、私は東部先輩から目を離さなかった。



私の存在に気づかず、夢中になっている女性と、何処を見ているのかさえ分からず、機械のようにぶつ手を止めない先輩。



ひとしきりぶった後、女性に言われた先輩が女性の拘束を解く。



絡みつく女性の腕に、先輩が抵抗する事はなく、なすがままベッドへ仰向けに倒れた。



先輩の体に女性が跨り、女性の手や唇が体を這い回る。



その間も、先輩はただボーッと何処かを見つめていた。



いつからこんな事が始まったのか。今までずっとこんな事が続いていたのかと思うと、気づけば涙が流れ、止まらなくなっていた。



もちろん、この先の展開は誰が見ても明らかで、気持ち悪くて仕方ない。



耐えられなくて、見ていられなくて、私の口から嗚咽が漏れる。



「っ!?」



生気のなかった先輩の目に、光が戻る。



「くれ、は……」



「累君? どうしたの?」



「……いや……ついに俺も幻覚が見える様になっちゃったんだなぁって……。幻覚でも泣かせちゃってるんだな、俺……」



「累君?」



先輩の目から、涙が流れる。



もう、黙って見ていられなかった。



「先輩……」



「っ!? あなたいつからそこにっ!? 勝手に人の部屋に入ってくるなんて、どういうつもりっ!? あなた誰なのっ!?」



ヒステリックな声で叫ぶ女性を見る事もなく、私は先輩だけを見つめる。



「え……本物? 何で……だって……」



状況が分かっていないようで、先輩は動揺している。



先輩に近づいて、呆然としている先輩の涙を指で拭った。



「先輩……一緒に、帰ろ? こんな事、したいわけじゃないよね?」



何も言わずに涙をボロボロ零す先輩を、できるだけ優しく抱きしめる。



女性が何か叫んでいるけれど、私にはそんなのどうでもよかった。



先輩を抱きしめる力を強くする。



「……俺……ずっと、こんな事嫌で、やめて欲しくて……やめたくて……でも、でもっ、やめられなくてっ……」



「うん」



「誰も傷つけたく、ないのに……大切にっ、したいのにっ……ぅ……くっ……ただ、愛して欲しくて、愛したいっ、だけ、なのにっ……ひっ……」



「うんっ……」



「普通でっ、いたいっ……だけっ……っ……こんな事……したくないっ! もうっ、嫌、なんだっ……」



子供のように泣きじゃくる先輩を、あやす様に背中を撫でる。



「もう、しなくていい。もういいんだよ。このままじゃ、先輩、壊れちゃうっ……大丈夫だからっ、私がいるからっ……」



私が先輩を愛するから。



二人して泣いていると、女性が動く気配がした。



「突然現れて、勝手な事ばかり……。あなたみたいな小娘に何ができるのかしら? 私と累君の邪魔をしないでっ!」



先程まで女性の体を打っていた道具が、振り上げられるのが見えて、無意識に先輩を庇うように手を広げた。



「紅羽っ!」



背後で先輩の叫ぶ声が聞こえる。



しかし、痛みが来る事はなく、代わりに震える女性の声が聞こえた。



「あ、あな、たっ……どうしてっ……」



「もう、やめなさい……」



女性の腕を掴んでいるのは、高そうなスーツを着こなした、清潔そうな男性だった。



東部先輩のお父さんだとすぐに分かった。顔が物凄く、そっくりだったから。



「お前が男と会っているのも知っていたし、仕事ばかりでお前に寂しい思いをさせている自覚もあったから、浮気くらい黙認するつもりだった。だが……まさか……」



頭を押さえ、苦しそうに眉を寄せた男性は、こちらに視線を向けた。



辛そうに、東部先輩を見つめる。



「違うっ、違うのよあなたっ! 私はただ、あなたにっ、あなたに愛して欲しくてっ……」



言い訳のような言葉を並べる女性は、男性にしがみついて泣いている。



「父さん……誤解はしないで欲しいんだけど、俺と義母さんの間には、何にもないんだ。俺はね、あなたの身代わりだったんだよ……」



静かに話し始めた東部先輩の言葉を、ただ黙って聞いている。



「義母さんは、あなたに愛して欲しかったんだ。見て、欲しかったんだよっ……顔がそっくりな俺に……父さんを重ねてた……」



信じられないと言うように目を見開き、ぎゅっと目を閉じた男性は、東部先輩に近づいた。



「累……お前には、ずっと辛い思いをさせていたんだな……本当に、すまない……」



「もういいよ。それより、ちゃんと義母さんを見てあげて……俺は、大丈夫だから……」



そう言った先輩の浮かべた笑顔には、もう今までの暗さなんてなかった。

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