第六章
第25話
人通りの少ない道を、東部先輩の手を引いて歩く。
まるで怒られた後の子供みたいに、小さくなって静かについてくる。
ホテルを出る時も、先輩は何も言わず、大人しかった。
こちらの顔色を窺うかのような仕草を見せていた先輩は、何か言いたげだった。
私が向かっているのは、先輩の特別寮。
言葉を交わすことなく寮に着くと、先輩の足が止まる。
「……ほら、先輩、行きますよ」
困ったような顔をした先輩を、半ば無理やり部屋へ連れて入る。
久しぶりに訪れた先輩の部屋。
私は迷わずベッドへ座り、入口で突っ立っている先輩を見た。
「さぁ、先輩、どーぞ」
「え?」
私は不思議そうな顔をしている先輩に言って、膝をポンポンと叩いた。
「ほら、おいで」
おずおずと先輩が控え目に近づいて来る。
私の隣に座って、恐る恐る膝に頭を乗せた。
「先輩、気分悪くないですか?」
「うん……大丈夫……」
よかった。
先輩の柔らかい髪に指を絡めて滑らせる。
気持ちよさそうな顔で目を閉じる。
先輩はそのまま眠ってしまって、先輩の体に布団を掛けて立ち上がる。
制服の裾を握られていて、その可愛さに自然と笑みが零れる。
先輩が眠っている間に、自室に戻って色々準備をして荷物を持って、先輩の部屋へ戻る。
部屋の扉の前に立つと、中から小さな声が聞こえた。
そう言えば、少しだけ防音設備がしてあるから、多少の音は聞こえないと聞いたけれど、それでも聞こえると言う事は、先輩が大きな声をあげているのだ。
急いで扉を開けると、焦りを露にした先輩と目が合う。
「紅羽っ!」
私を探していたようで、私を見つけた先輩はすぐに私を抱き寄せた。
強く抱きしめられ、少し苦しい。
この不安も、早く取り除いてあげないと。
使命感とか、同情とかじゃなく、ただ先輩に何かしてあげたい。
主だとか奴隷だとか関係なく、私を必要として欲しい。
私は先輩の背中をポンポンと叩いて、抱きしめ返す。
「先輩、どこにも行かないから、少しだけ離して」
恐る恐る私から離れて、先輩は私を見つめる。
荷物を置いて、先輩の手を引いてベッドへ腰掛けて向かい合う。
「先輩は、私をどう思ってますか?」
「え?」
突然された質問に戸惑ったのか、驚いたような複雑な顔をした。
「何も気にしないで。ただ本心をありのままに聞かせて下さい」
言おうとして口を開き、また口を閉じてを繰り返す。
先輩がどう思って、感じて、どうしたいのかちゃんと知りたい。
多分先輩は、本心を隠して我慢して生きてきたから、素直に何かを欲しがったりする事は難しいのかもしれない。
だからこそ、ちゃんと聞いてあげたい。
「もう、我慢しなくていいんです。先輩が何を思ってるのか、教えてください。私は、あなたを知りたい」
何も言えずにいる先輩の頬に触れる。
「先輩……私は先輩が好きです」
「でもっ、俺は……汚いっ……」
「綺麗だとか汚いだとか、そんな事どうだっていいんですよ。私は先輩だから好きなんです。先輩が私をこんなにしたんですから、責任取ってください。そんなつまらない言葉で、逃げないで」
諭すように言って、先輩の頬を抓る。
綺麗な先輩の顔が歪み、変な顔になる。
私はふっと笑い、それにつられて先輩も笑う。
「ははは、俺、格好悪いね……女の子にここまで言わせちゃうなんて。ていうか、紅羽はいつからそんなに格好よくなっちゃったの?」
「元からです。なんたって、お姉ちゃんですからね」
思い切り笑って、先輩の頬から手を離すと、その手が握られる。
真剣な顔が私を見つめた。
「紅羽。俺は嫉妬深いし、執着するし、思ってるより数倍子供だし、臆病で格好悪いし……」
「知ってます。そのくせ性格も悪いですよね」
「生意気だね、ほんと」
苦笑して、私の頬を両手で包んだ先輩が、柔らかい笑顔を浮かべた。
「紅羽が好きだよ。いや、違うな……」
少しだけ、距離が縮まる。
「愛してるよ、紅羽」
「あ、言っておきますけど、不安になったらちゃんと言葉にしてくださいね? 隠すのはダメですからねっ! まぁ、何を言われたって、離れてなんてやりませんから、覚悟してくださいね」
言って、先輩より先にキスをした。
驚いた顔で固まる先輩に、もう一度キスをして、笑った。
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