第26話
首輪をしなくなってから、数日が経った。
告白して、恋人関係になった私と先輩は、相変わらず一緒にいた。
お昼休み。
美都と入谷先輩も一緒に、ご飯を食べる。これも最近よくある光景。
「美都ちゃん、少しは料理上手くなった?」
「人には得意不得意ってのがあるんですよ。そもそも女だからって、家事が何でも出来るなんて思うのがおかしいんです。だから男って生き物は……」
不機嫌そうにため息を吐いて、美都は入谷先輩が作ったらしきお弁当のおかずを口に入れ、黙々と食べている。
何だかんだ楽しく、平和な生活が戻って来ている。
美都が女である事が分かった後、東部先輩は特に驚きはしなかったようで、だけど少しだけ態度が柔らかくなった気がする。
そして、恋人という位置に落ち着いた今、先輩が思っていたより少し子供っぽいのを理解した。
「紅羽、それ欲しい」
「え?」
言うが早いか、私のお箸に挟まれていたアスパラベーコンを、あっという間に口に入れてしまう。
東部先輩のお弁当はいつも同じメニュー。
甘い卵焼きに醤油を少しかけたものと、尻尾のないエビフライ、赤いタコさんウィンナー、アスパラベーコン、ミートボール。
必ずこれが揃って入っていないと拗ねる。
何度か変えた事もあるけれど、変える度に拗ねるので、また戻す形になった。
「ほら先輩、ブロッコリーもちゃんと食べて下さい」
「え〜……やだ……」
「ガキか……」
心底嫌そうに眉を寄せた東部先輩に、入谷先輩の呟く声がする。
「累、ちゃんと野菜も食べないと紅羽ちゃんの事守ってあげらんねぇぞ? それでなくても、最近紅羽ちゃん人気上がってきてんだから」
入谷先輩はまたおかしな事を言っている。
これに似たような事を美都にも言われた事があった。
「前まではお前の奴隷ってのでセーブかかってたけど、首輪なくなった今、お前と付き合ってるって知ってる人間少ないんだから、油断してたら、すぐちょっかいかけられんぞ」
モグモグしていた東部先輩の動きが止まる。
食べていたものを、素早くお茶で流し込み、立ち上がる。
「先輩?」
突然どうしたのかと思い、声をかける。
「紅羽が俺のだって分からせればいいんだな」
「「「は?」」」
残された三人が声を揃えて言うのも気にせず、東部先輩はあっという間にいなくなった。
と思いきや、また戻ってきて私の目線に合うように座り込んだ。
―――……チュッ……。
唇に感触。
一瞬なのに、どこか絡みつくみたいな、いやらしいキス。
こういうのは、困る。
先輩のキスは、体が熱くなるから。
「連絡するから、待ってて。一人にはならない事、わかった?」
顔に熱がこもるのを感じながら、素直にうなづいた。
東部先輩がいなくなった後、恥ずかしさにいたたまれなくなった私をよそに、美都と入谷先輩は何事もなかったかのように、片付けを始めていた。
「しっかし、東部先輩の根回しって、何か想像を絶する気がして怖いよね」
「俺もあんまり聞きたくねぇわ……」
いくら先輩でもそこまで変な事はしないだろうけど。
先輩はどこか危なっかしいところがあるから、少し不安ではある。
「あんまり変な事にならなきゃいいんだけどな……あいつ昔から突っ走ると変な方向行くから……」
「あー……想像したくないわ……」
入谷先輩の言葉に、美都がうんざりしたように眉を寄せる。
その時、放送のマイクから、聞き覚えのある声が耳に届いた。
『あーあー、これで聞こえてんの?』
東部先輩だ。
嫌な予感しかしない。
私含め、ここにいるみんながそう思っただろう事は、二人の表情を見れば一目瞭然だ。
「ほんともう、どこまでもぶっ飛んでるね、あの人……」
「何する気だよ……ややこしくするなよな……ったく……」
美都は呆れ、入谷先輩は頭を抱えた。
私はヒヤヒヤしながら、片付けた荷物を持ち、変な事になる前に先輩を止める為、放送室へ急いだ。
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