第18話

先生に頼まれた荷物を持って、ヨタヨタと一人廊下を歩く。



「睦月さんっ! それ持つよ、貸して」



クラスメイトの芦間君が、私の持つ荷物を半分以上持って歩き出す。



彼は元々、私をよく助けてくれるいい人だ。



先輩の奴隷になってから、女子にあまりいいように思われていなくて、無視はもちろん、嫌がらせみたいな事が増え始めた。



傍観している生徒や、女子の威力に圧倒されて何も言えない男子、面白がっている他の生徒がいる中、芦間君は唯一優しくしてくれていた。



荷物を指定された部屋へ置き終え、歩きだそうとした時、芦間君の手が私の顔に伸びる。



「これ、どうしたの? また女子にやられた?」



痛いとは思っていたけど、頬の上辺りが切れていたみたいだ。



心配そうに頬に触れる芦間君に、大丈夫だと言って控え目に彼の腕に触れた。



「紅羽?」



「あ、美都」



「ちょ、紅羽、その顔何っ!」



前から歩いて来た美都と入谷先輩が、こちらを不思議そうに見て、私の顔の傷に気づいた美都が、血相を変えて走り寄って来る。



「そんな大袈裟なものじゃないよ。ちょっと切れてるだけだよ」



「切れてるだけって……痣もあるじゃん。これ、まさか……」



そう言った美都の顔を見て、すぐに分かった。



美都は、この傷の原因が東部先輩だと思っているんだろう。



隣に立っていた入谷先輩が、少し眉を寄せた。



「美都、違うよっ! これは先輩じゃない。変な誤解しないで」



必死に美都に言う私に、三人が目をパチクリさせて驚きに絶句している。



「じゃぁ、やっぱり女子達だね」



「芦間君っ……私は大丈夫だから……」



怒りを露にした芦間君が、また私の傷の近くの髪に触れた。



「大丈夫なわけないじゃん。女の子の顔にこんな酷い傷……」



「そうだよ、紅羽。ちゃんと手当しよ」



「紅羽ちゃん、俺もちゃんと手当した方がいいと思うよ。多分それ、累に見られたら、もっと面倒な事に……」



「俺に見られたら困る事って、何かな?」



空気が凍った気がした。



バカな私でも分かる。これは、多分だいぶマズい気がする。



理由は分からないけれど、東部先輩の声が、怒っている。



「男に囲まれて、紅羽モテモテじゃん。俺の奴隷ちゃんは、いつから男を漁るビッチになっちゃったのかな?」



笑顔が、怖い。



目が、怖い。最初の頃に戻ったみたいだ。



「紅羽、君は誰のもの? いつまでそこにいるつもり? 俺に手間、かけさせるの?」



笑顔すらも消え、見下すように冷たい目で私を見ている。



体が恐怖に震える。



「待って、累。誤解だから。それに、彼女怪我してるんだ、だから手当するのに、保健室にだけ連れて行ってあげて」



「外野が口出さないでくれない? 俺、紅羽と話してるんだ」



「累っ!」



入谷先輩を突っぱねて、私から目を離さない東部先輩。



「あんた、奴隷の傷なんてどうでもいいって言うのかよっ!」



「あ? つか、お前誰? 誰に口利いてんの?」



鋭く細められた目が、芦間君を睨みつける。



このままじゃ、私のせいで美都や入谷先輩、芦間君に迷惑がかかってしまう。



「美都、芦間君ごめんね、ありがとう。私は大丈夫だから、教室に戻って。入谷先輩も、ご迷惑をおかけしてすみません」



こんな状況なのに、心配してくれている事が嬉しくて、何か言いたげで不満そうな三人に断りを入れ、私は東部先輩に歩み寄る。



「覚悟、出来た? 優しくしてもらえると、思わないでね」



冷めた笑顔で私を見下ろす東部先輩を見上げ、私は小さく「はい」と答える事しか、出来なかった。

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