第6話

最近はしょっちゅう呼び出されては、ただ膝の上に座らされて、抱きしめられるといった状況が続いている。



一体何の時間なのか。



でも、私には少し不満があった。



毎回違う香水の香り。



多分、私を呼び出す前に一緒にいた女の人の残り香なのだろう。



正直あまり気分のいいものではなかった。



東部先輩が誰と何をしてようが、私には関係ないし、興味もない。



ただ、名残がある状態で触られるのは、凄く気持ちが悪かった。



「あのさぁ、いっつもこういう時凄い難しい顔してるよね。嫌でもさ、もうちょっと隠しててよ……俺ちょっと傷つく……」



口を尖らせて不満そうな顔をしている東部先輩に、自分の気持ちが顔に出ていた事に気付かされる。



ちょっとだけ寂しそうな顔で上目遣い。



傷つけたのかと少し良心が痛む。



「ご、ごめんなさいっ……」



「あはは、素直でいいよね、君は。汚れてない感じ。羨ましいよ……ほんと」



何だろう。小さすぎて聞き取りづらい微かな声で、呟いた東部先輩の表情が悲しそうで、妙な気分になる。



そして、じっと顔を見る事がなかったから今まで気づかなかったけれど、少し顔色が悪いように感じる。



元々色が白くてキメ細やかな肌をしているから分かりにくいけれど、気のせいではないはずだ。



「あ、あの……体調、とか……わ、悪い、ですか?」



「え?」



驚きに目を見開いて私をじっと見つめる目が、凄く綺麗だ。



「何で?」



「え、あ、いや、顔色が……悪く見えた、から……」



まだ東部先輩への怖さはなくならないけれど、それでも体調が悪いなら放っては置けない。



「へぇ……気づくんだ、君。凄いね。女の子に気づかれたのは、初めてだな」



何故だか複雑な顔をしている東部先輩が、いつもの貼り付けた笑顔を浮べる。



「大丈夫だよ。いつもの事だから」



そう言って、何かを考えているような顔をした。



「う〜ん……ねぇ、キス、させてよ」



「……へ?」



言うが早いか、唇に柔らかい感触。



何度も触れるだけのキスをされ、腕を掴まれていて動けない。



顔を背けると、後頭部を固定され、少し強めにキスをされた。



「ん〜っ! んンっ! ゃ、ぅんっ……」



口内で東部先輩の舌が動き回り、ねっとりと私の舌を絡めとる。



苦しくて、空いている方の手で、東部先輩の服を掴む。



「はぁ……ヤバいな……君とのキス、すっごくいい……んっ……ハマりそ……。これで初めてとか、飲み込み早過ぎ」



「もっ、もぅ……離しっ……」



「ん〜? だーめ……俺君の事気に入っちゃったし。ほら、ご主人様の言う事は素直に聞くんだよ。俺の首に手、回して」



艶のある視線で見つめられ、怒らせるわけにもいかないので、言われるがまま東部先輩の首に手を回した。



「こうやって近くで見ると、思ってた以上に可愛いね……いじめたくなる」



「ぃたっ……」



物凄い近くで見つめられる。好きな人でもないのに、少し恥ずかしくて緊張してしまう。



下唇を噛まれて舌で舐め上げられ、そのまま舌が入って来る。



痛みと気持ちよさを上手に使い分けて、私を翻弄するこの人は、女の子の扱いに慣れていて、私には分からない世界を知ってる人。



女の子には不自由してないだろうに、何で私にこんな事をする必要があるんだろう。



それにしても、物凄く長い。



何度も角度を変えてされるキスが、なかなか終わらなくて、唇が熱くて痺れる。



頭がボーッとしてくる。



「ん、はぁ……あぁ、気持ちよさそうな顔しちゃって……そんなによかった?」



別に気持ちいいとかじゃない、はず。ただ、長いから、ちょっと、酸欠になっただけ。



そう、思う事にした。



そう、思いたい。



「ちがっ……」



「嘘は駄目だよ……ンんっ……」



まだ、するのか。もう、いい加減離して欲しい。



この人のキスは、駄目だ。慣れすぎてて、怖い。



早く終わって。この人から離れたい。



早く、この香水の匂いから離れたい。



気持ち悪い。



終わった頃には疲れきっていて、なかなかそこから動けなかった。



寮に戻って、私は吐き気を紛らわすかのように熱いシャワーを頭から浴びて、唇を痛くなるまで擦った。



気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。



そう頭の中でグルグル回る感情が、誰に向けてのものなのかすら、分からなくなる。



「しんどいな……」



出来るだけ、あんな事になる雰囲気を避けるようにしないと駄目だ。



空気を読め、自分。



深く関わらないように。

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