第一章
第5話
私は、今凄く困っている。
呼ばれたから来たのに、扉を開けたそこでは、東部先輩と女の人が抱き合っていて、見た事も経験もないのに、何をしているかは分かった。
「あぁ、る、いっ……」
「んっ……あ、奴隷ちゃん、来たんだっ……ちょっと、待って、ねっ……はぁ……」
生々しく交合う二人を見て、気持ち悪さが先に立って、眉を歪めて目を逸らした。
「お、終わったら、また……連絡下さい……」
気持ち悪い。嫌悪が私の中で膨らんで行く。
初めての感情。
醜い感情。
私はこの人が苦手なんじゃない。嫌いなんだ。
人を初めて嫌いになった。
おばあちゃんが人を嫌いになるな、人を憎むな、何処かに必ずいい所があるって言っていたなと、何処か冷静な頭でそう考えていた。
扉を閉めてその場から離れた。
廊下に座り込む。
「ごめん、おばあちゃん……嫌いな人が、出来ました……」
呟いて、目を閉じる。深呼吸すると、だいぶ気分も落ち着いてきた。
それでも、先程のシーンが思い返され、また眉を潜めた。
早く消えて欲しい。あんな事、思い出したくもなかった。
「気持ち悪いっ……はぁ……美都に……会いたいな……」
「何が気持ち悪いの? つか、美都ってりっちゃんの奴隷、だっけ? 仲良いの?」
突然背後から声がして、体が強ばる。
振り返って見たニヤリと笑う顔。
笑顔が怖い。目が怖い。目を、合わせたくない。
「あ、あなた、に、は……か、関係、ありません……」
言い方が悪かった。言ってしまったと思った時には遅かった。
「……あ?」
「っ!?」
低い声。初めて聞く、感情のない冷えた声。
怒ったのだろうか。
でも、奴隷の事なんて気にもしていないくせに、興味があるような聞き方をするから。
「えらく生意気じゃん。俺さ、従順な子が好きなんだよね。黙って言う事聞く方が、自分の為だよ? まぁ、さっきので結構イラついたから、今更遅いけど……」
「ぃ、痛いっ……いやっ、は、離してっ、くださっ……」
腕を物凄い力で掴まれて、引っ張られる。
一言も口を開かなくなった東部先輩が、歩みを止める事はなくて、痛みに耐えながら、なすがまま小走りに歩く。
校舎の奥。噂になっている空き教室。
東部先輩専用の教室。
初めて入る場所。今のような状況じゃなければ、一生入る事のなかった部屋。
入った瞬間、目を見開いた。
部屋には大き目のベッドと、小さ目のソファーに何脚かの椅子、そして、見た事のない何かの器具、のようなもの。
しかも、明らかに怪しい色合いの物ばかりだ。
何に使うのかは分からないけれど、いかがわしいって事だけはわかった。
「いっ……たぁ……」
ベッドへ投げられて、そのまま上にのしかかられる。
別人のように、男の顔をした先輩。
気だるげで貼り付けたような笑顔などはそこになくて、少し不満そうに細められ、無表情なのに、蔑むような顔が何処か妖艶で。
「奴隷同士で馴れ合ってんの? 傷の舐め合いってやつ? だから強気なの?」
頬を撫でられ、頭に手が触れた瞬間、髪を掴まれる。
「いっ……」
「痛い? 痛いよね? お仕置きなんだから、痛くなきゃ、意味ないでしょ。……もっと痛がって、俺にもっといい顔、見せてよ……」
心底楽しそうに笑う顔が怖くて、恐怖で震えが止まらない。
「ご主人様に逆らっといて、怖がってるの? 体、震えてるよ?」
掴まれた髪から手が離され、撫でられる。
耳元に唇が近づいたのが分かり、ビクリと体を跳ねさせる。
「馴れ合うのもいいけどさ、ご主人様優先じゃないと、俺、怒っちゃうよ? 分かった?」
怖くて声が出なくて、首を縦に振るしか出来なかった。
「いい子。素直で物分りのいい子は好きだよ」
頬にキスをされ、動けない私の上から彼がいなくなって安堵する。
乱れた制服を直そうともしないで、素肌を晒しながら気だるそうにソファーに座っている。
ベッドから早く離れたくて、素早く体を起こして立ち上がり、扉の近くに移動する。
「あ、あの……何で私を、呼んだんですか?」
「あ、うん。特に意味はないんだけど、たまには呼び出してみようかと」
「そう……ですか……」
「そんな怯えなくていいよ。今日はもう何もしないから」
何だろう。凄く見られてる。目が合っているわけじゃないのに、視線が刺さる。
「おいで」
手招きされて、おずおずとそちらへ足を向ける。
腕を取られて、引っ張られる。突然の事に足がもつれて東部先輩の方へ倒れ込む。
危ないと目をぎゅっと瞑るけれど、特に痛みはなくて、その代わりに香水のような香りが鼻をついた。
「わぁ……想像してたよりしっくりくるわ。何だろ、丁度いい感じ。予想外にちゃんと出るとこ出てて、引っ込むとこ引っ込んでるね」
東部先輩の腕に抱きしめられ、品定めされている感覚に、また体が強ばる。
居心地が悪くて、身動ぎすると、頭上から東部先輩の声がした。
「こら、動かない。じっとして」
「で、でも……あの……」
「またお仕置きされたいの?」
怖い事を言っている割に、声はそんなに怖くなくて、でも〝お仕置き〟という言葉に、動きが止まる。
この人は、普段掴みどころがないからなのか、どこでどう怒るのか全然想像がつかなくて、抵抗しないのが一番なのだろうと、そう結論づけた。
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