第三章
第13話
相変わらず、先輩の女遊びは続いているけれど、勘違いでなければ、少しその回数が減った気がした。
逆に私が呼ばれる頻度が増えた、気がする。
「あの……それ、楽しいですか?」
「ぅん、はおひいお(うん、たのしいよ)」
先輩は、私の首筋をずっと甘噛み、いや、ハムハムしている。
くすぐったいけれど、我慢している。
最近、抵抗すると拗ねるから、面倒なので我慢する事を覚えた。
拗ねるとほんとに子供みたいになって、長いし、やたら面倒な事を知った。
最近私は保護者な気分になって来ている。
「ちょっ、吸うのは……やめっ……」
「何で?」
「み、見える場所は……ダメ、ですっ……」
やたらと首筋付近を攻めてくる先輩は、すぐにキスマークをつけようとするから、凄く困ってしまう。
付き合っている関係ならまだしも、東部先輩の奴隷ってだけでも敵だらけなのに、これ以上増えたら刺されかねない。
それだけは勘弁して欲しい。
「ほら、そろそろ離して下さい」
「え〜……ケチ〜」
口を尖らせてブーブー言っている先輩から離れて、服を整える。
前からは考えられないくらい、優しくなった先輩は、私がこんな生意気な口を聞いても、多少は許してくれるようになった。
でも、いまだに私はこの人の怒りのスイッチを見つけられないでいる。
地雷はどこにあるのか。
「ほんとに授業行くの?」
「はい。私、ここに勉強しにきてるので」
つまらなそうな顔で「ふーん」と言って、気だるげに手を振る先輩に別れを告げ、私は自分の教室へ向かう。
ただ、いつも別れ際に見せるあの究極に寂しいですみたいな顔には、いまだに慣れない。
心を鬼にしないと、振り切れない。
まるで捨て犬のような表情をする。
「ほんと、やめて欲しい……」
あんな寂しそうにされたら、離れ辛くなるじゃないか。
やっぱりああいう所が、母性を刺激して、女の子を寄せ付けるのだろう。
授業を受けている間も、先輩が気になってしょうがなくて、先生の話も頭に入らず集中出来ない。
その授業が終わった瞬間、私は帰る用意をして、また来た道を戻った。
通い慣れた教室の中は、休み時間の廊下とは違って凄く静かだ。
ノックをしても、応答はない。
いないのかと思って戻ろうと思ったけれど、中から呻くような声がした。
女の子を連れ込んでいるのかと思ったけれど、そんな雰囲気ではない。
また気分が悪いのかと心配になり、そっと扉を開く。
ベッドで自分の体を抱きしめながら、先輩が小さくなってうなされていた。
色を失ったような白い顔で、額には汗が滲んでいて、体は震えていた。
苦しそうに寄せられた眉と、深く刻まれた眉間の皺が、悪夢を見ているのだと証明している。
「先輩……大丈夫ですか……先輩っ……」
なるべく優しく体を揺さぶり、夢から呼び戻そうと声をかける。
「……か、さ……おかぁ、さん……やめ……ぃ、や、嫌……だっ……」
聞こえたか細い声は、今までに聞いた事がなかった。
まるで子供が何かを怖がって、嫌がっているようで、先程より強めに揺さぶって声をかける。
「先輩っ!」
何度目かの私の声に、先輩の目が見開かれる。
その目には、涙が滲んでいた。
「く、れ……は?」
「大丈夫ですか? 凄くうなされてました……」
言って、まだよく分かっていない顔で目を泳がせる先輩の、目から零れ落ちそうな涙を取り出したハンカチで拭ってやる。
「嫌な夢を、見たんですね……汗も、凄……」
急に抱きつかれたと思ったら、物凄い力で抱きしめられる。
「紅羽っ……紅羽っ……」
体が少し痛かったけれど、この位の痛みで先輩の不安や辛さがなくなるなら、それでよかった。
先輩の背中に手を回して撫で、子供をあやすよう、静かにトントンと叩く。
「紅羽は……面倒見がいいんだね……」
しばらく黙っていた先輩が、小さく呟いた。
抱きしめる手は緩まったものの、まだ私を離す気はないようだ。
「弟の面倒を、小さな時から見てたので……」
「ふーん……弟君、いくつ?」
「12ですね。今、小学6年生です」
抱きしめたまま呟いた先輩が、少し私を見上げた。
「こんな優しいお姉ちゃんがいる弟君が、羨ましい……」
「ふふ、お姉ちゃんになりましょうか?」
そんな冗談を言って笑った私に、先輩は私から体を離した。
もう大丈夫なのかと思って、ベッドから立ち上がろうとした私の腕が引かれた。
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