第四章
第12話
せっかく楽しかった気分が、一気に台無しになった。
「何で私がこんな事を……」
書類の山を見つめ、私は不満を全身で表し、高級な机に向かっている男を睨みつけた。
「別に難しい事は言ってないだろ。そう可愛い顔すんな、食っちまうぞ」
「あのさぁ、イチャイチャすんなら、よそ行ってやってくれよ。こっちが恥ずかしい」
会長の右前に座る男子生徒が、同じように紙の束に手を伸ばしながら言う。
彼は生徒会メンバーで、会長の友人の砂山先輩。私に色々会長の事を教えてくれた人でもある。
「イチャイチャなんてしてません。私と会長はそんなんじゃないので、誤解しないで下さい」
そう言って、私は紙をホチキスで止めていく。
花に囲まれて幸せだった時間を、捕獲され、何故か生徒会室へ連れてこられて作業させられている。
「そんな寂しい事言うなよ栞ちゃん。毎日毎日体の隅から隅まで、激しく優しく愛でてやって……」
「ちょっ、会長っ! やめてくださいっ! ほんと、最低っ!」
ニヤリと意地の悪い笑顔で笑う。
赤くなる砂山先輩の隣で、大きなため息を吐いて私を横目でチラりと見たのは、いつも厳しく、迷惑そうな顔しかしない男子――樹君。
―――ガチャ。
扉が開き、その人物を見てまた樹君の顔が迷惑そうに歪んだ。
「あ、今凄い嫌そうな顔したでしょ? 樹君さぁ、いい男なんだから笑って笑って〜」
樹君の両頬を摘んで上へ引っ張り、晶さんは笑った。
隣でギャーギャー言っていた晶さんが、素早く私の隣に腰を下ろす。私の椅子に腕を回す事も忘れない。
「今日も可愛いね〜、栞ちゃん。ほんと、全て残らず食べ尽くしたくなっちゃうなぁ」
そう言って私の髪を一束掴み、そこへキスを落とす。
黄色い悲鳴でも起きそうな状況でも、私の場合は嬉しさなんて一欠片もないので、笑みが引き攣る。
「ねぇ、どうやったら俺に
「それ、ほんとに思ってます?」
私が言った言葉に、晶さんは目をパチパチと瞬いた。
「だって、晶さんからはどうもそういう感情を感じないと言うか……なんと言うか……」
沈黙が部屋を包む。
「……ぷっ……あははは。いやぁ〜、栞ちゃんて面白いね。でも考えすぎだよ。ちゃんと可愛いって思ってるし……」
ヘラヘラしていた顔が、妖しい笑みに変わる。
「食べちゃいたいとも思ってるよ?」
頬杖をついて、色気のある顔で微笑む。長めの髪がサラリと流れ落ちる。
綺麗だし、凄くイケメンだと思う。こうやって口説かれれば、女の子は悪い気はしないと思う。でも、やっぱりこの人の言葉には、嘘が隠れてる気がする。ただの勘だけど。
毎日のように会長から出てくる言葉に裏がなく聞こえるから、余計にそう感じるのかもしれない。
二人しかいないかのように、私だけを見つめ、少しずつ距離をつめてくる晶さんと、私の間に突然ぬっと伸びる手に抱きすくめられる。
「晶、その辺でやめとかねぇと、本気で潰すぞ」
「おーこわ。でも、そうはいかないんだよねぇ。俺、本気でこの子欲しくなっちゃったし」
「お人形さん大好き変態趣味で、寝取り癖とかお前、クソだな」
挑発するように笑う会長に、晶さんの目が鋭くなる。
「あぁ? お前にだけは言われたくないね。口に出せないような事ばっかしてきた、クソ代表のくせに」
険悪。喧嘩するのは勝手だけど、私を挟まないで欲しい。
ほら、樹君も嫌な顔してるし、砂山先輩なんて不安そうにオロオロしてる。
「はいはい、そこまでーっ!」
どんよりしている空気が、明るく響く声に、一瞬で晴れる。
「喧嘩するなら外でやんな。全く、また栞ちゃん困らせて。あんたらあんまそんな事ばっかやってると、栞ちゃんに嫌われるよ」
そう言って、いつの間にか部屋にいた人は、自然に私を二人から引き剥がす。
この人は、副会長の雅さん。唯一の女性メンバーで、会長のクラスメイト。
背が高くて、綺麗で、頭も良くて、そして強いらしい。
完璧な人。凄く憧れる。学園にもファンが沢山いる。
「仕事しないで何やってんだろうね、ほんと。部外者はさっさと出てく。会長は席に着いて仕事。ほら、散った散ったっ!」
私に後ろから腕を回して守るように、そう指示している雅さん。
会長はため息を吐いて渋々席に戻り、晶さんは面倒そうに手をひらひらしながら、私に笑顔を向けて部屋を出ていく。
こうして波乱は収まった。
なんか、疲れた。
正式メンバーでもないから、先に解放された私は廊下をゆっくりと歩く。
「あ、可愛い子、みっけた」
声がする方を見ると、スマホを片手にしゃがみ込む晶さんが、ヒラヒラと手を振って笑う。
「帰ったんじゃなかったんですか?」
「う〜ん、そう思ったんだけど、待ってたら来るかなぁって」
晶さんといると、違和感がずっと付き纏う。
この人は、何がしたいのか。本心は、どこにあるんだろう。
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