第五章

第17話

今日はお休み。



掃除して、洗濯して、スッキリしてソファーに座っている私の膝には、拓人の頭が置かれていた。



ゆったりした時間が流れる。自分の部屋だというのに、緊張している自分がいる。



「何か、新婚みたいじゃね?」



ニヤニヤしながら言う拓人の言葉に、顔が熱くなる。



「おいこら、目を逸らすな」



「だって、は、恥ずかしぃっ……」



熱い目で見つめられ、ドキリとして目を逸らす。



後頭部に優しく、でも抵抗できないくらいの力で、拓人の顔に近づく体制になる。



唇が触れるくらいの距離まで行った時だった。



―――ガチャガチャ。



鍵が開けられる音がして、懐かしい香りと声がした。



「栞ーっ、ただいまぁーっ!」



高めの声が部屋に響く。慌てて拓人を見て青くなる。



「た、た、た、拓人っ、かか、か、隠れてっ!」



「あ? 何で? つか、誰?」



ワタワタと必死に拓人に訴えかける私を他所に、拓人は不機嫌な顔で私を見る。



膝から重みがなくなった瞬間立ち上がり、拓人を無理やり引っ張っていく。



「ちょ、おいっ……」



「しっ! お願いっ! 後でちゃんと説明するからっ……」



小声で拓人を引っ張って手短な部屋に、拓人を引っ張り込む。



「絶対出て来ちゃダメだからねっ! 静かに待っててっ!」



そう言って出ていく私の手を取り、拓人は私を引き寄せる。



「じゃ、お前、見返りに何してくれんの?」



今も名前を呼ばれて相手が私を探していると言うのに、状況が分かってないのかそんな事を言いながら、少し拓人の目が妖しく光る。



私の腰に手を回し、頬に指を滑らせる。



「ちょ、今は離してっ、お願いっ、分かったから、何でもするから、今はほんとにっ……」



「言ったな? 後で知らないっつっても聞かねぇからな」



ニヤリと嫌な笑顔で笑い、わざと音が出るようにいやらしく深いキスをして、私を部屋から押し出した。



顔が熱い。ほんとに酷い男だ。意地悪が過ぎる。こんな体が疼くようなキスをしてくるなんて。



「しおっ、ああっ! 栞っ!こんなとこにいたのねっ! ただいまぁーっ! 私の可愛い栞ーっ!」



「お、お、おかえりなさいっ!」



冷や汗を隠して、ぎこちなく笑顔を作って保護者である人物に顔を向ける。



拓人に負けず劣らずの長身で、少し細身の相変わらず綺麗な大人の人。



簡単に私を抱きしめる。甘い香りが私を包む。私の大好きな花の香り。私が花を好きになったきっかけをくれた人。



「うーっ! 相変わらず可愛いわーっ! もう寂しくて寂しくて、会いたくてたまらなかったわーっ!」



「わ、私も会いたかった。あ、あの、今日帰国したの?」



「ええ、さっき着いて、早く会いたくてサプライズもしたかったしっ!」



満面の笑顔が綺麗で、見惚れてしまう。綺麗にメイクをしていて、綺麗な色素の薄い髪も前よりだいぶ長くなっていて、肩の辺りで結っていて片方に垂らしている。



「ん? あれ? お客様、来てた?」



「へっ!?」



「栞じゃない香りがするわね……」



ドキリと心臓が飛び跳ねる。



「あ、あの、と、友達っ! 友達が来てた、から……」



「そう。ちゃんと友達もいるのね。栞は内気だし、引っ込み思案なとこあるから、心配してたのよ。でもよかったわ」



嘘を吐いてしまった事に罪悪感が生まれたけど、変に心配させたくもなかったから、グッと堪える。



「もっと話したいけど、疲れたからシャワー浴びて、少し寝るわね。また起きたらゆっくり話しましょ。色々聞きたいわ」



そう言って、私の頬にキスをする。



バスルームへ消えていき、シャワーの音が鳴ると、私は急いで拓人の元へ走る。



扉を開けると、スマホを見ていた拓人が私を見た。



「終わったか?」



「シャワー行ったから、今のうちに部屋……いや、今日は、帰ってもらっていい、かな?」



申し訳ないけれど、そういう選択肢しか思いつかなかった私に、拓人は無表情で立ち上がる。



「誰? あれ」



「私の保護者なの」



「親?」



「いや、私両親いないから。お母さんの弟。だから……あの、実は……叔父さん、なの」



拓人が興味なさそうな顔で「ふーん」と言った。



「驚か、ないの?」



「何で?」



「最初は、いつもみんな男の人っていう事に驚くから」



「どこをどう見ても男だろ。あれは女には見えねぇよ」



さすがというか、なんというか。私でも最初は女性だと思ったくらいなのに。どこまでも底知れない人だ。



「と、とにかく、今日は帰ってっ……わっ!」



腕を引かれ、あっという間に腕の中に収まる。



「紹介、してくれねぇの?」



「ちょ、その手、やだっ……」



お尻を揉む拓人の手がいやらしく動く。体を捩りながら拓人を見上げる。



顔を近づけて少し眉を下げるように聞く拓人に、ドキリとする。



「こ、心の、準備も、その、まだ……。それに、叔父さん、私の男の人……関係には特に敏感、だからっ……んっ……ゃだっ……」



片手でお尻を揉みながら、もう片方で太ももを撫でる。首筋に唇が滑る。



身を捩りながら、もがく私を面白そうに笑う拓人の肩を叩く。



「おねがっ、い、拓人っ……」



パッと体を離した拓人が、軽く触れるだけのキスをして、ふっと笑う。



「はいはい、分かった。今日は大人しく帰ってやるよ。このままお前が困ってるの見るのも悪くねぇけど、お前に嫌われちゃ困るしな」



頭をくしゃりと撫でられ、拓人はゆったりと歩き出した。



玄関でまたキスをされ、すんなりと帰っていく拓人の背中を見つめる。扉を閉める瞬間、こちらを見て「約束、忘れんなよ」と言われ、一瞬頭にハテナが浮かぶ。



そうだ、さっき咄嗟に〝何でもする〟と発言した事を思い出し、血の気が引くのを感じた。

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