第25話

樹君が辰巳君を生徒会へすんなりと入れた事がびっくりだったけど、辰巳君は想像していたよりよく働いた。



そして、辰巳君が友達も多くて、凄く人当たりのいい人だと言う事を知った。



女の子に告白されたり、プレゼントを貰ったりしている場面にも、よく遭遇したりした。



その度に「俺はあんたが好きだから」と念を押されて苦笑する日々。



好かれる事に悪い気はしないけど、私には応えてあげられないから。



「そんなにそいつが好きなのかよ」



唐突にそう言われ、お茶を吹きそうになった。



「突然、だね」



「まぁ、樹さんに色々聞いた。そんな奴のどこに惚れたんだよ」



面白くなさそうに口を尖らせて、辰巳君は手元の資料にホチキスを止めていく。



「どこがとかじゃなくて、私には、あの人だけしか考えられないから」



しっかり目を見て、牽制のつもりでそう言う。



スマホが震え、それを手に取って、そこへ映し出された名前に体が反応する。



「別に出てもらっていいけど?」



「ご、ごめんね」



一言断って少し離れた場所へ移動して電話に出る。



「もしもし」



『栞』



私の好きな人の、好きな声。



やっぱり好きだなぁって思って、顔が綻ぶ。



他愛ない、ただの様子を窺うだけの電話なのに、こんなにも心が躍り、乱される。



『栞が足りねぇ……抱きてぇ……』



「電話で言う事じゃないよ」



少し恥ずかしくて笑った。ほんとに直球な人だ。



『栞……会いたい』



「私も……会いたい」



寂しく呟かれ、私も同じように小さく呟いて、胸がぎゅっとなる。



胸の前で握りしめる手が、大きな手に覆われて、腕が私の体に回された。



体がビクリと反応する。



やめて。



嫌だ。



拓人と電話でだけど、繋がってるのに。



「ゃだっ、辰巳、く、ん」



スマホの口元の部分を隠して、なるべく小声で言って、強めに体を捩る。



「クソっ……んな顔で、会いたいとか、言ってんなよ……」



『栞?』



「え? あ、ご、ごめんねっ! な、なんでもな、いっ……ひっ……」



首を吸われて、驚きに声が出る。



『栞? どした?』



「なっ、なんでもっ、んっ……」



吸われて、舐められて、私の力なんて意味がなくて。



悲しくて、怖い。



拓人には絶対バレないようにしなきゃ。そればかりが頭を支配する。



できるだけいつも通りを装って、電話を終えた。



「辰巳君っ! 離してっ……」



「離すかよっ……クソっ……」



顔を後ろに向けられ、顔が近づいた。



駄目。キスなんて、駄目。何も奪われちゃ駄目だ。



手で辰巳君の口元を押さえる。それしかできなくて、何も出来ない。



私には、力がない。



この人を止める、力が。



精一杯の声を上げた。こんなに声を上げたのは久しぶりだ。



「いやっ! ぃやだっ! 辰巳君っ!」



「っ!?」



腕が緩んで、解放されて、辰巳君からできるだけ離れた壁にもたれかかり、座り込む。



「ひっ……っ、ふっ、っ……」



涙が止まらない。



子供のように泣きじゃくる私を、ただ黙って見ている辰巳君。



また小さく「クソっ」と呟いた。



「ごめん……頭、冷やしてくる」



そう言って部屋を出ていく音がしても、私の涙は止まらなかった。

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