第一章

第3話

花が好き。



ふんわり鼻をくすぐる香りが好き。



緑いっぱいに囲まれたこの学園の高等部の前を通る度、早く中へ入りたくてうずうずしていた中等部の頃。



やっと、願いが叶った。



どこへ向かう時も、わざわざ遠回りしてこの道を通る。



そう、いつもの事。



――――のはずだった。



ふと目がそちらを見た。



「あれ? あんなとこあったっけ?」



背の小さな私には、そこが花と緑でよく見えなくて、隙間から見える景色と香りに惹かれて、足は自然とそちらへ向かっていた。



細い道を抜けてたどり着いた場所は、ガラス張りでドーム型の部屋のような造りになっていて、中には色とりどりの花が敷き詰められていた。



「わぁ〜……綺麗……」



感動と興奮で、胸が踊る。新しい発見にワクワクする。



扉にそっと触れ、中へ入るとふわっと色んな花の香りが鼻を刺激した。



「いい香り……」



ゆっくり進みながら、キョロキョロと見回して色々な花を目と鼻で楽しんでいると、微かな声が耳に届く。



他に誰かいるのかと声の方へと進んでいく。



あまり社交的とは言えないながらも、こんな素敵な場所で会える人となら、話くらいはできるといいななんて考えていた私の耳を、次は違和感が襲う。



「っ、あ……」



進んでいた足が止まる。



聞いた事のない声。女の人の声。時折苦しそうな息を吐くその人の声と共に、他にも小さく聞こえた声。



「これ、邪魔だな。脱げよ……」



近寄ってはダメだと思った時には、もう手遅れで、後ろに動かした足が枝を踏む音がやけに大きく響いた。



「……誰だ?」



そう言った男の人と視線がぶつかった。



体が金縛りにあったかのように動かない。



足が震え、泣きそうになる。



女の人は、乱れた服を押さえながら私の横を抜けて走り去ってしまった。



その人と私、2人だけになる。



「妖精?」



何か呟いた男の人が立ち上がる。



震える足をなんとか動かし、ゆっくりと後退る。



「ご、ごめ、なさっ……わ、わた、私……」



走り出そうとするのに、恐怖で動けない。



だって、あまりにもその目は鋭くて、冷たくて……



――――綺麗だったから。

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