第11話

休みには買い物に行ったり、勉強したり、本を読んだり色々する。



今日は昨日の事もあり、家でゴロゴロしている。



たまには何もしないというのもいい。



家にある花達の世話をして、お腹がすいたら何かを食べ、眠くなれば寝る。



「ダラけてる」



呟いて、自分で自分を笑う。



―――ピンポーン。



何か頼んだっけと首を傾げて、ベッドに倒した体を起こす。



セールスなら居留守を使おうと決めて、ドアスコープを覗く。



―――は? 何で?



向こうで、物珍しそうにキョロキョロしている人物がいた。



なぜ私の家が分かったのか。何を考えてるか分からない怪しい笑顔が印象的な、私にお人形さんにならないかと言ったあの人。



晶さん。得体が知れず、何をしでかすか分からないから、凄く怖い。



玄関に立って考えている間に、チャイムがしつこいくらい鳴らされる。



「おーい、拓斗の妖精さぁーん。おーい、いないのぉー?」



そう言いながら、チャイムが連発される。



「おかしいなぁ。さっき窓から姿見えたのに」



あまりにしつこいチャイムの音に、ウンザリしながらチェーンをつけたまま、玄関を少し開く。



「あ、やっぱりいた。やほーっ!」



「あの、うるさいです……しつこいし。近所迷惑なんで、叫ぶのもやめてください」



「だって、居留守使う方が悪いんでしょ」



ただニコニコしているのが余計に怖い。そんな彼に扉を開ける勇気がなく、隙間から様子を伺っていると、少し困ったような笑顔を浮かべる。



「そんな怖がらないでよ〜。別に捕って食おうってわけじゃないからさぁ」



「……私は……お人形さんには、なりません。ほんと怖いんで、帰ってください」



「あぁ、こないだの事気にしてんの? そんなに怯えちゃって可愛いね〜」



突然ずいっと隙間に顔が近づくと、私はビクついて体を後ろに下げる。



「そんな警戒しないでいいよ。何もしないってば。今拓斗を敵に回しても意味ないし、俺まだ死にたくないし」



つまらなそうな顔した後、ふくれっ面する彼。信用するわけにはいかないけど。



「今日はね、デートのお誘いにきたんだよ〜」



明るい声で楽しそうにそう言う彼が、まるで遠足前の子供のようで。



「お花、見に行かない?」



その言葉に、私は明らかに反応した。



「好きでしょ? あれ? 違ったかな? あの部屋で幸せそうに花見てたから、そうかと」



見られていたんだ。困った。



怖いのに、花を言い訳にされているようにも感じるけど、迷ってしまう自分がいる。



「ほんとに何もしないってば。花見るだけだって。俺花好きだから、せっかくなら可愛い子と見たいじゃん。ね?」



「……ほ、んとに、何もしない、ですか?」



「うん、約束する。俺、約束はちゃんと守るタイプだし。拓斗みたいに無理やりは好きじゃないし」



花が好きな人。私と同じように、花を見て喜ぶ人。1人だけ遠くにいる人物を頭に浮かべて、懐かしくなって微笑んでしまう。



―――『花はね、女の子を可愛くしてくれるのよ』



そう言って笑った顔を、今でも覚えている。両親の事すら思い出せないのに。



「俺が花を見たいからついてきてくれるって理由でもいいよ。駄目、かな?」



そんな子犬のような目で見ないで欲しい。ほんとに困る。



あまり外に待たせるのも気が引けて来た。別に何かされたわけじゃないから、いいのかな。



行きたい。チョロいのは分かるけど、花に罪はない。うん。そうだ。



「ちょっと、待ってて下さい」



ドアを閉めて、素早く準備を済ませ、チェーンを外す。



扉を開くと、甘い匂いが花をくすぐる。



庭の小さな花壇の香りとは違う、甘ったるい匂い。



「じゃ、行こうか、お姫様」



そう言ってふわりと微笑む。



ああ、この人から香るんだと思った。



電車で一駅。駅から少し歩いたところで、大きな建物が見える。花をモチーフにした看板があった。



「わぁ、可愛いっ!」



壁一面に色とりどりの花の絵が書かれていて、カラフル。



「よし、じゃ、行こうか」



「え? あの、お金……」



「あぁ、ここ、俺の母親の知り合いがやってるんだ。だから俺は顔パス。行こ」



早速中へ入ろうと手を引かれる。



「おい、ちょっと待て」



手を引かれていない方の手が掴まれる。



「げっ。もう見つかったか。……てか早すぎでしょ。必死かよ……」



うんざりしたように呟いた晶さん。



「ほんと、お前は懲りねぇな。あんだけ体に教え込んだってのに」



見上げて、私は青くなる。



会長の顔は笑っているけど、目は笑っていなかった。



「鎖でも繋いで……閉じ込めてやろうか?」



「ンんっ……」



低く耳元で囁かれ、ゾクリとして小さな声が漏れて、言葉の意味に体が強ばる。



「はいはい、ストップ。あのさぁ、デートの邪魔するなら、帰ってくんない? どうせ来るんでしょ? 来るなら大人しくしててよ」



そう言って、お構い無しに晶さんは私の手を引いて中へ入る。



中は広々としていて、見た事のない花、色んな種類の草、コケなんかもあって、水が流れる場所まである。



癒しの空間。そんな言葉がよく似合う場所だった。



なんで会長がここにいるのか、晶さんは会長が来るのを知っていたのか、イケメン二人に挟まれて、なんでこんな晒し者のような状態でいるのか。



色んな考えが浮かぶけど、それすらどうでもよくなってくるくらい、素敵な場所だった。



室内を回っている間も、晶さんは色んな花の説明をしてくれたり、うんちくなんかを話してくれたりした。



会長は花を見ながら首を傾げたり、考え込んだりしていて、少し笑ってしまった。



もったいないとでも言うように、隅々まで散々花を愛でて、幸せな時間はあっという間に過ぎていく。



気づけば外は夕日に赤く染まっていた。



「今日は誘っていただいて、ありがとうございました」



「いえいえ。楽しんでもらえたかな?」



「はい、凄く楽しかったですっ!」



そう言って、私は笑った。



「また誘ったら、花一緒に見てくれる?」



少し不安そうに聞く晶さんに、私は頷いて見せた。



晶さんに背を向け、会長と共に歩き出した。



「さぁ……俺の可愛いお人形さん……早く俺のところに堕ちておいで……」



そう呟いた晶さんの言葉が、私に届く事はなかった。

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