第三章
第9話
花に囲まれてウトウトとしていた私の頭がカクンと下に落ちそうになり、目を覚まして、またウトウトする。
会長のいない隙に、花を愛でに来る。
初めてを会長に奪われた場所。
できる事なら、来ない方がいい場所。なのに、こんな素敵な場所を、あれきりにするのは勿体なくて、会長の目を盗んで来ているのだ。
もちろんそういう事のあった場所には絶対座らないと決めて、他の場所に腰を下ろして花に囲まれて幸せな気分なのです。
椅子から立ち上がり、少し歩いた所にある足元の小さな花を、しゃがみこんで指でツンとつつく。
―――キィ……。
静かな空間に、扉が開く小さな音。
体が固くなる。
会長は今の時間はいないはず。ちゃんと調べたから。
近づく足音に、私は逃げる準備をする。
―――ガザッ。
ぬっと私の視界に手が伸びる。そのまま花の中に引きずり込まれ、誰かに抱きすくめられる。驚いて悲鳴をあげそうになる私の耳に、小さく「しっ」と聞こえ、口を閉じる。
私の下に寝そべっている男子生徒が、口に人差し指を当てて微笑む。
「たぁ〜くとぉ〜? いないのぉ〜」
甘えた声を出す女の子。会長を探しているようで、キョロキョロと見回している。
私はその子を花の間から盗み見ていると、ふと首筋に何かが滑るのを感じた。
―――ペロっ。
舐められたのだと思った時には、声が出ていた。
「ひゃっ!」
「……? 拓斗? まさか、女と隠れてんのっ!?」
先程の女の子が怒ったように「最近全然相手してくれない」だとか、色々怒って騒いでいる。
こちらに近づいてくる。
「あーあ、バレちゃうねぇ……どうする?」
「あ、あなたが、変な事するからっ……」
小声で不満をぶつける私に、近づく足音。
「ここねっ!」
花を乱暴に避ける音がする。
「っ!?」
女の子が息を飲む音がする。
私は、目の前の彼に抱きしめられ、彼の唇が近くて、頬に息がかかる。
「何? 誰? せっかくいいとこなんだからさぁ、邪魔すんなよ……」
謝って去っていく女の子。私はホッと息を吐いた。しかし、彼は離してくれず、私のこめかみに顔を擦り付けてくる。
私は、なんでこんな人ばかりに出会うの……。
自分の運命を呪いながら、離してもらえるようにもがく。
でも、やっぱり力は圧倒的で、またも無駄に終わる。
そして、最大の悪夢が。
「何してる」
私の耳が、体が、この声を知っている。
すべての毛穴から、汗が吹き出す感覚。
明らかに怒りを孕んだそれは、私の体を震わせるには十分だった。
「栞……聞こえなかったか? 何してるのかときいてる」
「大丈夫? 怯えてるじゃんか、拓斗」
「お前は黙ってろ。その手を離せ。使えなくしてやろうか?」
低く鋭い怒った声。
怖くて振り向けない。
思い切り腕を引かれ、今まで抱きしめられていた腕から引き剥がされ、慣れた匂いのする腕に抱き寄せられる。
「こいつに触るな。こいつは俺のだ」
「へぇ〜……」
そう言って目を細めて笑う彼に、ゾクリと鳥肌が立った。
彼は、危ない。私の勘がそう言っている。
「でもさぁ、その子、拓斗の彼女ってわけじゃないんでしょ? なら、別に口説いたって問題ないよね?」
「……いい加減にしろよ、
怖い。こんなに怒っている会長を見るのは初めてだから。
「栞ちゃん、だっけ? 拓斗なんてやめてさ、俺だけのお人形さんにならない? 俺君の事気に入っちゃったんだよねぇ」
お人形さんという言葉に、身震いして、私は会長の服を握りしめて、会長の胸にしがみつきながら首を降った。
「あらら、怖がらせちゃったかな? まぁ、また会うもしれないし、その時改めて口説く事にするよ」
晶と呼ばれた人は、ヒラヒラと手を振って去っていった。
私は安堵のため息を吐いた。
「で? どうしたらあんな状況になるのか、説明しろよ、栞ちゃん」
見上げると、無駄に綺麗な笑顔の会長と目が合う。
「っ……ぇと……あのっ……」
待てよ。なんで私がこんなに責められないといけないの?
理不尽だと、少し不満に思い、眉が歪む。
「ん? なんだ? 不満そうだな」
「だって……私は、悪く……ありません……」
そう言って顔を背けてむくれる。
私が一番の被害者なのに、なんで私がこんな目に。それもこれも会長が悪い。
「怒ってんのか? おい、栞。こっち向け」
「ぃやです」
「栞ちゃーん」
返事なんかしてやるかと口をつぐみ、そっぽを向いていると、ふわりと会長の香りに包まれた。
「栞……可愛いから、あんまむくれんな……食っちまうぞ」
そう言ってそのまま首筋に食いつかれる。
「ぁっ! ぃっ、ンんっ……」
「何? 噛まれても感じてんのか? やらしいな、栞ちゃんは」
違うと否定し、私の腰に回された腕を外そうともがく。
「で? あいつに何かされなかったか?」
「え? いや、あの……」
首を舐められましたなんて、誰が言えただろうか。黙って首を振る。が、私はどうやら嘘が下手なようで。
「栞……嘘つくな。嘘つく悪い子は、今すぐここで犯してやろうか? とびきり痛くしてやってもいいが、どうする?」
「いやっ、やだっ! ごめんなさいっ!」
なぜ謝ったのか。でも、痛いのも、無理矢理も嫌だから。
「っ、く、首をっ……なっ、なめ……られ、ましっ……あンんっ……」
ちょっとだけ舐められただけなのに、会長の舌は全てを上書きするかのように、首を舐め尽くし、最後に唇をキツく吸い上げた。
「あの野郎。次会ったらどうしてやろうか」
怒りに瞳を揺らし、晶さんが去っていった方を睨みつける。
「んで、お前こんなとこで何してた?」
「……別に、特に何も……」
これはほんとだから。
「そういえば、女の子が探してましたけど、行かなくていいんですか?」
そう言うと、会長は私の顔をじっと見る。
私は不思議に思い、首を傾げて会長を見返した。
「俺を探す女はだいたい俺が知らない女だ。誤解するな。それに、これからそういう女がいても、お前は気にせず無視してろ。間違っても居場所を教えるなんて事するな、分かったな?」
有無を言わせない言い方で言われ、私は思った事を何も考えずに口にする。
しかし、それの何が駄目だったのか、帝王の逆鱗に触れたらしい。
「会長がモテるのも、女性関係が派手なのも知ってますよ? 私。学園の女子生徒で抱かれてない人はほとんどいないって聞きました。誤解するも何もないですよ」
会長が絶句している。
お前には関係ないと言われているようで、少しモヤっとした。だから、私の口は止まらなかった。
「せっかくわざわざ探してくれてるんですから、行ってあげたらいいじゃないですか」
我ながら嫌味な言い方になったとは思うけど、それでも自分がされてきた事に比べたら、このくらい言わせて欲しい。
沈黙で空気が冷たい。
いたたまれなくなってきた。
「……わ、私、帰ります」
背を向けて走り出した。はずだった。
「帰すと思うか? 俺さ、今すげぇムカついたから、このままお前攫ってくわ」
「さらっ……へ?」
手首を握りしめた会長の力が強すぎて、痛みで顔が歪む。痛いと言っても、会長が私の腕を離す事はなかった。
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